賄いの代償
グロラビを取り敢えず3匹仕留めた後は、軽く血抜きをし、長い耳を纏めて持つ。
さっさと帰らないと親父さんにどやされる。
3匹持つと流石に走る事が出来ないから、ふぬぬと呻きながら背中に担いで歩く。
あっちの世界に居た時は、確かに身体能力が平凡だったが、ここで生活して狩りをしていると、ゲームみたいに強くなっていく。
魔獣を倒した時にの魔素が自分に吸収されて、身体能力が上がるのだ。
俺は魔素が視覚出来るせいで、自分に吸収されていくのが見える。
それを見た当初は俺も魔獣に変身しちゃったらどうすんだ! と不安に思って慌てた。
バス先輩に相談したら、何言ってんだって目で見られた。
まあ、大丈夫らしい。
魔素を吸収するって事は、この世界にどんどん順応していく事になる。
強い魔獣を倒せば倒す程強くなれるのだ。
子供の頃から魔獣狩りをしている者は、俺の年齢になる頃はかなり強い。
俺はまだこの世界に来て半年だから、それほど強くないし、大きい魔獣との戦闘は未経験だ。
そ、その内チャレンジしようとは思ってるけどな!
この世界の魔獣狩りをする猛者だって、強い敵を倒すには時間とお金が掛かるし生死が掛かっているから慎重だ。
それに危険職の冒険者みたいな職業を目指す者は少ないのだ。
冒険者達は、倒す予定の敵の情報を仕入れ、装備をそれ相応に整え、仲間の構成を考えて、足りなければ仲間を募り、万全な態勢で望む。
弱い敵ならソロでもいいが、強い敵を倒すにはかなりの日数と金が掛かるのだ。
空飛んだり転移で移動して無双、とかはお伽噺の中にしか無いらしいよ。うん。
魔法を使うには、魔法持ちの魔獣を倒して、その魔素を取り込まないと、自分が潜在的に持っている能力が開花しないらしい。
グロラビみたいな弱い魔獣は魔法を持ってない。
魔法を持つ魔獣を倒すまでが大変だから、強力な魔法を使う者が少ないのだとか。
俺は身体はまだ弱っちいけど、異世界特典らしき先天性技能を持ってるから、得しているって事だ。
精霊種のエルフの皆さんは、それぞれ相性の良い属性の精霊に力を借りて術が使える。
しかし、隠れ里に住んでいるエルフ達は滅多に人間の街に来ないし、街に住んでいたり旅をしてる変わり者のエルフはとても少ない。
魔獣狩りを手伝って欲しいと頼んでも、来てくれるエルフは極少数なのだからあてに出来ない。
そうそう。エルフが美しいという幻想はこの世界に来て崩れたけどな……。
いや、目鼻立ちの造作は整っているんだ。
だけど、宇宙人ぽいというか、かなり身体が細くて肌が薄い水色なんだよ。
具合悪いんですか? と、見た瞬間ギョッとして聞きたくなる肌色だ。
見慣れれば、どうってことないと思うけど。
獣人の皆さんは、毛深い……かな。
あ、でも女性は肉感的な方が多い。とっても。
ドワーフ族の皆さんに関しては金物や石を扱うのが上手だ。
この種族も人種と交流を殆どしないから、滅多に姿を見ない。
あちらの世界での空想上の種族達が存在する事に、最初は興奮していたけど、友達になる機会が無いんだよね。
その内、仲良くなって話してみたいなとは思う。
話すといえば、この世界に来て言葉が通じた事は嬉しかったし助かった。
これも異世界特典なんだろう。
トリップしてきた時に神や女神に会った覚えが無い俺は、何の使命も帯びてない。
何処の国に召還された勇者なんじゃないの? と、今まで読んだラノベやプレイしたRPGの内容を思い出して、もしや迎えが来たりして、なんて内心思っていたが、半年経った今も、誰も迎えに来ない。
ああ、まあ、勇者とかの器じゃないし、それに、この世界の魔王は俺がイメージした魔王じゃなかったんだ。
魔族という種族は最北の土地から出て来ない。そこに魔王が居るらしいと言われている。
国交が無いから良く分からないんだと。
昔々、人間はその北の土地を奪おうとして魔族と戦った際に、魔獣が大量発生してしまった。
それで人族は敵対するのを諦めたのだという。
魔族は今の所敵じゃないみたいだし、取り敢えず、身近な敵は魔獣なのだ。
俺に特典の先天性技能があるとは言っても、凄く強力ってわけでもない。
魔素が視覚出来る先天性技能持ちは、この世界の人族の中にも何人か確認されているみたいだし、俺だけが特別じゃないと知った。後ひとつふたつ狩りの役に立たなそうな技能を持っているが、それは追々。
兎も角、飯屋の下働きの平民にはなったはいいが、親も親類も彼女も居ないし、病気に罹って働けなくなったら、蓄えが無いと路頭に迷う事になる。
地道に頑張るしかない。
『レッドの鍋』に帰ってきた俺は、裏口から入り、店裏にある小屋、魔獣の解体小屋なんだが、にグロラビを持って入る。
壁に掛かっている解体時専用の前掛けをして、皮剥ぎと下処理を急いですると、直ぐに必要そうな部位を分けて、平たい籠に入れて重ね、解体小屋を出た。
早足で店に戻ると、バス先輩が待ってた様にそこにいて、肉の入った籠を受け取る。
「おっと、お疲れ。小屋の鉈を片付けて来い。ユーゴの賄いはそこに出来てるから」
「了解っ!」
昼時をとうに過ぎて腹が減っていた俺は、賄いという言葉にテンションが上がった。
この飯屋の賄いは量が多い。ほんとに食えるのかこれ、と驚くほどの量だ。
それに、料理の材料が見た事の無いものだと気持ち悪くて最初は食えなかった。
だが、肉はどれも美味い。
今ではこっちの世界料理に馴れて、親父さんの料理を躊躇無く食べられる様になった。
この国の主食はパンとナンが合体した食感のパンだ。
米は無い。が、似た様なタミという名の米の五倍位の大きさの穀物がある。
それを茹でたものを、この店ではサラダの添え物にたまに使うので、賄いに多めに入れて貰っている。
そのタミは案外値が張る。
だから最初は食べさせてもらえなかった。
働き始めて暫く経って、米に餓えた俺は、米に似たタミがどうしても食べたくなった。
頼んでみたら、それならと、親父さんが提案してきたんだ。
レッドの親父さんが提案してきたのは『狩り』。
俺はタミを食べたいが為に、魔獣狩りを承知して、その日の在庫がなくなると、毎日のように街の外の草原にグロラビ狩りに行っている。
街の門番と軽口の応酬する位顔見知りなのは、そういうわけなのである。
レッドの鍋のグロラビの肉は、新鮮で美味しいから、回転が早いし仕入れが安い、タダとも言うが、だから、肉料理の中でも一番安価で、若者に人気メニューなんだ。
解体小屋の掃除を終わらせて、裏庭の井戸の側で手を洗い、厨房に戻り片隅にある木箱へ座る。
賄いの椀の中には、俺の好きなタミが沢山入っている。
「いっただきまーす!」
俺は遅い昼飯をガツガツと勢いよくかきこんだ。




