初めての合コン
千尋は自分のデスクに座り、本来仕事中にしてはならないお菓子を、引き出しから取り出した。その中から、特別甘い飴を口に放り投げる。むしゃくしゃしながら、キーボードをとんとん叩き、入力をしていく。隣にいた、由香子はニヤニヤしながら千尋の脇腹をツンツン突く。
「何ですか由香子さん」
「あんた、部長となんかあった?もしかして、キスされちゃった!?」
千尋がむしゃくしゃキーボードを叩いていたのを、何を勘違いしたのか由香子は千尋に『どうだった?』と、何度も聞いてくる。そんな由香子に、ムッとしながら高速でキーボードを叩く。
「何よ、減るもんじゃないし教えてくれたって」
「由香子さん、今は部長の話しないで。喧嘩中なの」
「はぁ!?何で喧嘩になるの、まさか本当に呼び出しされてたんじゃ・・・」
由香子も鷹塚部長と同じ事を言う。どうしても、そういう方向へ持って行きたいのか二人の言葉に千尋は、思い出しただけで腹が立ち、無視を決めた。
「喧嘩の理由は良く分からないけど、だったら今日暇だよね?」
「由香子さん、今は仕事中です」
「何よ、喧嘩したからって八つ当たりするな。とにかく、今日は空けときなさい」
千尋の怒りなど怖くないとでも言うかのように、由香子は念を押して今夜付き合うようにしつこく言ってきた。鷹塚部長が、後からやって来て急ぎの仕事だと、何事も無かったかのように接し、それが余計に千尋を怒らせてしまった。やればいいんでしょ!と、心の中で鷹塚部長の悪口を思ったが欠点が見つからない為、淡々と仕事をこなした。
「さあ、千尋。あんたの為に、私が特別にいい人材集めたから楽しみなさい」
「ゆかちゃん、何言ってるのかわからないよ」
気にしない、気にしないと千尋の背中を押し、更衣室を出る。そこで、千尋の携帯が着信と共に振動を鳴り、短い着信だったのでメールだ。中身を確認すれば、鷹塚部長だった。
『千尋、今夜一緒に食事しよう。昼間の事を、会って話したい』
その内容に悩んでいれば、由香子が勝手に携帯を奪って返信してしまう。慌てて確認すると、今夜は由香子と合コンに行くから断ると書かれていた。
「ゆかちゃん、何で勝手に返信するの!しかも嘘まで書いて」
「嘘じゃないもん。これから合コンするの、だから早く行くよ」
由香子の勝手な行動に、返信内容だけでも誤解と打ち込もうとしたら由香子に携帯を没収された。ついでだと、電源まで切ってしまう。
――――――――
「こんばんはー。私、林田由香子でこっちが香坂千尋」
「どう、・・・も」
初めての合コンに、どうすればいいかわからず声がどもってしまう。そんな千尋に、相手の男二人は初々しいねと喜んでいた。由香子が言うには、高学歴で高収入のイケメン年下らしい。千尋は、どちらかといえば年上の方が、包容力があって安心するのにと思った。そんな事を思えば、鷹塚部長の事を思い出してしまい、没収された携帯が気になってしまう。
「あれ、千尋ちゃんは飲まないの?今夜は楽しもうよ」
「そうそう、明日はお互い仕事休みなんだしさ」
「ちょっと千尋ばっかり構わないで、私の事忘れないでよ」
三人で楽しそうに笑っているのを見て、すでに酔っぱらっているのだなと、何度も溜息が出てしまった。喧嘩したとはいえ、勝手に千尋が喧嘩と決めているわけであって、本当は鷹塚部長は悪くない。勝手に自分が、他署の部長から仕事を断らずにいたのが悪い。
由香子に没収された携帯がどうしても気になり、食事も何も手につかない。目の前にある唐揚げを、行儀悪いと知っていても箸で突いて、つまらないオーラ―を出した。時間も、合コンが始まって二時間隣で、由香子が行儀が悪いと見えない所の太ももを、笑顔で抓られ痛くて涙が出た。
「あれー、千尋ちゃん何で泣いてるの?」
「この子、酔うと涙脆くなるのよ。それに、今日彼氏に振られたんだから」
「ゆかちゃん、振られてない!勝手な事言わないで」
由香子も、合コン相手も酔ってテンションが高い。更に振られてもいないのに、勝手な発言で男二人は、千尋に飲んで飲んでと今夜は楽しんで嫌な事忘れようと酒を進める。
断っても、無理に飲まそうとしてしつこい。飲めないわけじゃない、ただそんな気分ではないから飲まないだけなのに、涙脆いと勘違いしていて飲まそうとしている。千尋が飲んで、涙を流す所が見たいようだ。
(酔っぱらいは性質が悪いし、更に何となく危機感感じるんだけど)
千尋が困って何とか飲まない様にしているが、一人の男に両手と顎を、器用に固定されてしまう。もう一人の男が、千尋の口に酒を飲まそうとした時だった。
飲まそうとしていた男の酒を奪い、一気に喉に流し込む人がいた。特大のビアジョッキを一気飲みに、周りも『おー!一気、一気』と歓声を浴びる。その誰かは、千尋が良く知っていて昼間喧嘩した部長だ。
「代理で飲んだが、文句ある?」
有無を言わせない雰囲気に、男二人はぶんぶん顔を横に振る。
「じゃあ、これで終い。この子は連れてくから、その手邪魔」
千尋を固定していた男の手を、振り解き金額が多いのでは?と、思う程の万札を数枚置いて千尋を店から出す。明らかに怒っている態度に、千尋は言い訳する。しかし、鷹塚部長は歩くだけで何も言わない、千尋は待ってと足で踏ん張った。その場に立ち止まるが、千尋の方を向こうとしない。
「部長・・・怒ってるのはわかります。謝るから、こっち向いて下さい」
「悪いが今は無理だ」
「どうして、あたしが悪かったんです。謝りますから、こっちを向いて嫌わないで」
「香坂君、今はただの部長としていたい。だから、話は終わりだ駅まで送っていく」
鷹塚部長の素っ気ない態度に、千尋は悲しくなってしまい部長の背中を叩く。
「どうして、ただの部長って・・・私の事飽きたんですか、嫌いになりましたか?」
お願いだからこっち向いて、彼氏として千尋の方へ向いて欲しいと懇願する。だが、絶対に千尋の方へ向こうとしない上、駅の方へ歩く。そんな鷹塚部長に、千尋は大っ嫌いと言ってしまった事に後悔する。そんな千尋に、ガラの悪い男が慰めると近寄って来た。いやらしく肩を抱き寄せようとするので、千尋は足を踏んで少し屈んで低くなった顔を、持っていた鞄で殴った。
当然男は、千尋に対し怒り襲い掛かってくる。鷹塚部長は、千尋が襲われそうになった所を危機一髪、その男の顔を思いっきり殴り逃げる。千尋の手を離さない様に、ぎゅっと握り暫く走った。
「部長、もう、だいじょ・・ぶだと」
はあはあ、お互い息を切らし走った為声が途切れ途切れになった。呼吸を整え、少ししてから鷹塚部長が声に出す。
「すまない」
「大丈夫です。私があんな所で、メソメソしたから・・・」
「いや、俺の事情で香坂君に・・・いや、千尋に迷惑を掛けた」
「部長の事情?」
顔を片手で隠しながら、千尋の方を向く。手で隠しきれていない所を見れば、真っ赤で鷹塚部長の目も気のせいか潤んで、眠そうな顔をしていた。
「部長あの、風邪でも引いたとか・・・なわけないですよね」
「流石に一気に特大ビールを飲んで、元々好まないせいか直ぐにこうなってしまった」
だから見せたくなくて、ただの部長としていたかったと。しかも、酒が回ると眠気が襲うのが知られたくなかったと教えてくれる。
「すみません私、何も知らなくて」
「俺が勝手に代わりに飲んで、こうなったんだ。千尋のせいじゃない」
だけど、限界だ。そう、最後に口にして鷹塚部長は、千尋に体を預け意識を手放してしまう。
「部長・・・どうしよう」
千尋一人では、数ヵ月前の時みたいに出来ず、途方に暮れる。
合コンって行った事ないから、どんな感じかわからないです・・・。