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今日の千尋は少しいや、かなり可笑しかった。妙にピリピリして近寄りがたい雰囲気を晒し出している。先輩と喧嘩でもしたのだろうか、俺には関係ないと思いたいのに未練があり過ぎる俺は、千尋が気になって余計なお節介だが心配してしまう。終業時間、帰り支度を皆しているのに千尋だけは帰ろうとしなかった。残業するような仕事を与えたつもりはないが、今日中に仕上げなければいけない急な仕事があった為、一時千尋を忘れ仕事に集中した。
ほんの少し残業をしただけで、問題なく片付きふと千尋のいる方を確認してみれば、一生懸命何か作業をしている風に見えた。俺は癖になってしまった眉間に皺を寄せ、急ぎの仕事が無いはずと頭の中で一週間分の予定を思い出し、千尋の近くまで寄った。
「香坂君、仕事は終わったのか?特別急ぐ仕事は無いはずだ早く帰りなさい」
「部長・・・すみません直ぐ帰ります」
慌てて帰り支度をする千尋、俺はこれ以上は一緒にいては駄目だと思い先にオフィスを出た。だが、エレベーターを待つ間千尋が気になってしまい、壁にもたれて待つ事にした。何処までも女々ししい俺は、溜息が出ながら自分を情けなく思った。千尋が来た事によって、送ろうかと口に出そうとしたら先に千尋から言葉が発せられ、突然食事にでも行かないかと誘われ驚いてしまう。
信じられず、疑う様な顔をしてしまった。それでも好きな女に誘われて、嫌な男はいないだろう・・・俺は数少ない知っている店に千尋を連れ入った。女をこんなむさ苦しい所に連れて来るなどセンスが無いが、こんな所しか知らないうえ、洒落た店で千尋と食事など余裕が無いとばれたら恥ずかしいだけ。
適当に注文して、酒は千尋だけ頼んだ。万が一、千尋が酔っぱらっても大丈夫な様に、俺は飲まずにいた。付き合い程度で、あまり酒を好んで飲まないのも半分含まれている。そして、飲み過ぎない様に忠告すれば、相談も上司の務めかと問われた。どうも突っかかる言い方に、俺が見ていない場所ですでに飲んでいて、実は酒が弱いのでは?と飲むのを中断させようとした。しかし、俺の言葉など無視して一気飲みしてしまい一瞬、いい飲みっぷりと感心してしまった。
全て飲みきって、追加する千尋は相談があると口にし、俺は嫌な相談な気がして眉間に皺が寄りそうなのを我慢する。内容は俺が忘れたくても、忘れられない文通の事だった。突然の音信不通の事など、俺は平然とした態度を出来ているだろうか?ばれない様、平然とした態度をとるのも疲れてくるが千尋は俺を見るたび、どんどんムッとした怒った顔をなる。
「部長は手紙を二回届けてくれましたよね?あれって誰だったんですか」
「さあな、半年以上も前の事など覚えてない悪いな」
忘れるはずも無い、俺が提案したものなのだから。だが、忘れたふりと知らないふりをしなければいけないのが、こんなに辛いとは馬鹿な俺だ。千尋は一瞬黙り、段々目つきが吊り上っていくのが見てわかり、探し人の俺が見つからないのを怒っているのかと思った。
「部長!いい加減にしてください」
「何だ突然」
「全部知ってるんですからね文通相手が部長だって事」
今なんて言った・・・文通相手が俺だと、千尋は知っていたのか?聞き間違いではない事を、千尋が立ち上がり大声で俺の事を責め立てていた。周りを見れば、突然大声で立ち上がって男に責め立てる女が目立つ為、此方をチラチラ窺っている。
「香坂君、話は分かった・・・分かったから先ず座りたまえ」
「いーえっ!話してくれるまで座りません」
「はぁ・・・」
俺が話すまで引き下がるつもりは無い態度を取り、再び大声を出そうとするので人の迷惑も考え、ばれてしまった以上全てを告白しようと口にする。
「全て話すから」
ぐっと我慢をしてくれたようで、俺はこんな事で緊張するんだなと内心余裕は全くなく、千尋が真剣に俺を見て話を聞こうとするのを確認した。
「何処で知ったのか分からないが確かに相手は俺だ」
「やっぱり」
「急にやり取りを止めてしま・・・」
俺が話している最中、何処の誰か知らないが千尋に話し掛けて邪魔される。千尋が睨みながら振り返れば、直ぐにご機嫌な態度になって正直気に入らない。話を聞く限り、ふわふわと笑ってる男が例の先輩らしく、その隣の男は千尋の弟で良く見れば、目元が似ている。弟が先輩と仲良く食事しているだけで、そんな些細な事にも嫉妬してしまった。家族ぐるみで、先輩は歓迎されてるんだと。
俺は三人の会話に入れず、会話も聞きたくない一心で飯を食べ席を立ち、千尋の分も支払った。追加分が出たら、先輩とやらが支払うだろう。千尋は慌てて俺の所に来て、待って欲しいと言っているが、それが無性に腹が立った。
「俺は先に帰らせてもらう。良かったな大好きな先輩に思いが伝わって」
「え?・・・ちょ、待って下さい部長、何か勘違いして」
俺はこれ以上話がしたくなく、出入り口にさっさと進み店を出た。
「くそっ!何が勘違いだ。あんなに喜んで、俺が見た事ない顔しやがって」
その辺の野蛮な人間の様に、近くにあったゴミを蹴った。しかし、適当に捨てられたゴミの中身に瓶が入っていたのか蹴った瞬間、爪先が痛く思わずしゃがみ込んでしまう。そんな情けない姿を、通り過ぎる男女のカップルがくすくす笑い、ダサいと馬鹿にされ更にイラついた。確かにダサいが、お前らに俺の気持ちなど分かるのか?と、三十四の男が言うセリフには情けない。
いつまでもしゃがみ込んでていては、見世物になってしまうと立ち上がり、俺はゲーム会社に勤める早川の職場に向かう。この時間なら、新作のソフト開発中だから平日は毎日深夜まで残業と、言っていたから居るはずだ。早川の所に行くより、家に帰るなりすればいいが真っ直ぐ家には帰りたくなかった。
―――――――――
「透、何その情けない顔」
「情けないのは知っている。少し俺に付き合え」
「俺、今とっても忙しいから無理」
「先週、ひと段落した言ったよな?数時間くらい問題ない付き合え」
無理やり、早川を連れ出そうとしたが逆に早川が会社を案内し、付いて来いと言われた。勝手に入っていいのか聞けば、誰もいないうえ社長に文句は言えないだろと笑う。早川は社長だったと思い出し、遠慮なく会社に入り込む。誰もいないと言う事は、新作はほぼ完成という事なんだろうか・・・早川の作るゲームは幅が広いが、主にアクション系が多い。今度もアクション系を出すのだろうか?
「これ新作のサンプル、試しにやれば」
「何のジャンルだ」
「エロゲー」
俺は物凄い速さで、渡されたソフトを早川に向けて投げつけた。間一髪のところで、早川が受け取り大事なサンプルを大切に扱えと、文句を言われる。投げてしまった俺も悪いが、そんな物を俺に渡す早川が悪い一体これを俺にやらして、何がしたいんだ。早川専用冷蔵庫からビールを出して一気に飲めば、千尋と先輩の姿を思い出し、沸々と苛立ちが蘇って好まない酒を次から次へ自棄酒した。そんな情けない俺の姿を、早川は黙ってみているので八つ当たりした。段々酒のせいで、意識が朦朧としてきて目が開けていられなくなった。
―――――――――
薄っすら誰かに引きずられている気がした。ほとんど何も考えられない状態で、引きずられるのに合わせて足を動かした。途中、放り投げれたのか体が痛く声が聞こえた。
「チャンスはあるかもな、俺は疲れたから後はお姫様に介抱してもらえ」
早川の声に似ているが、頭が朦朧として誰か分からない。直ぐに誰か俺の事を呼んでいるが、それも分からなかったが、何となく千尋の声に似ていて確認する。
きっと、目の前にいるのは俺の都合のいい夢だろう。千尋が俺の所に来るはずがない、だから夢なら好きなだけ愛を囁かせてくれ、夢の中の千尋だけは傍にいてくれ。俺は、夢の中の千尋に抱きついて何度も好きと言い、離さなかった。夢なら少しだけ、情けない俺を甘やかせて欲しいと思った。
***
異常に喉が渇いて、俺は水欲しさに目が覚めた。周りを見渡せば、自分の家の寝室と気付き一体どうやって帰って来たのか、全く思い出せない。覚えていないが、夢の中で千尋の良い夢を見た気がした。俺は、変態かよと思いながら、冷蔵庫に入っているミネラルウォーターを口につけがぶがぶ飲んだ。
飲んでいる途中、何か物体があるのに気付いて覗いてみる。そこには、ソファーで気持ち良さそうに寝ている千尋がいた。思わず、口に含んでいた水を吹き出しそうになるのを堪える。何で、千尋が俺ん家のソファーで寝ているんだよ。
「香坂君、香坂君起きたまえ」
「うぅ・・・」
「君はどうやって入って来たんだ」
一向に起きようとしない千尋の傍に寄り、俺はじっと顔を見た。化粧で誤魔化しているが、気のせいではないのなら隈が濃くなっているのは、俺のせいだろうな。そっと目元に触れて、暫くそのままの体制で千尋に触れ過ごす。あまりに無防備に寝ている為、危機感が無いのか?俺だって男なんだぞと、心配してしまった。
「千尋・・・俺は用済みだろう?」
そんな事言っても、千尋は聞いていないし聞いていても困る発言だ。なのに千尋はいつのまに起きていたのか、何が用済みなのか逆に俺に尋ねる。俺は気まずくなって、慌てて距離を取ろうとすれば手首を掴まれてしまう。離さないと、無言の圧力に俺は逃げる事さえ出来ない。俺の事を用済みじゃないと、思っていないと主張してくれているが、社交辞令としか思えない。思い出すだけで、胸が苦しくなって項垂れてしまう。
すると、千尋が言いずらそうに黙っていた事があると、告白してきた。俺が拾った手紙は千尋が中学の時のもので、年月が経った手紙で更に全く今は好意など寄せていなかった。渡せなかったのを悔やまない為に、次は告白出来る様にお守りとして持っていたようだ。
「つまり俺は勝手に先輩との仲を嫉妬した」
「部長?嫉妬って」
「君の手紙を見て凄く嫉妬した。だから少しでも俺に気が向いてほしくて」
俺は、拾った手紙をみて嫉妬した事や気が向いてほしいから馬鹿げた提案したと話す。最後、俺に出した恋文を俺が勝手に勘違いし、先輩と念願の恋人同士になったんだと被害妄想をしていたと言った。
「あの手紙は・・・師匠、部長に宛てた恋文です」
「俺に?」
「半年間も文通として恋文指導してくれた相手気になって悪いですか」
何だそれは・・・反則だろその言い方、可愛過ぎだ。照れた感じで俺が勘違いした事を、拗ねているのか分からないが、想いを伝えてきてくれた事がまだ、半分信じられなく千尋を凝視してしまった。そんな信じられない俺に、真剣に不安そうな声で好きだと言ってくれる。
「自惚れていいですか?両想いだと思っていいですか?」
切実に話す千尋が、俺の掴んでいた手首をぎゅっと力強く掴む姿に、俺は男として答えなければといけないと思った。こんな俺に、年下の千尋が告白してくれたんだ逃げていては駄目なんだと、掴まれた手首を解いた。一瞬、千尋が不安な顔になったが俺は大丈夫だと伝える意味も含め、抱き締めた。
「もっと自惚れなさい」
千尋の耳元で囁けば、俺の背中に手を回し同じように抱き締めてくれる。俺が逆に言いたい気持ちになる、俺でいいのだろうか?千尋が俺の事を好きと、自惚れていいのか・・・。これは、俺の都合のいい夢ではないだろうか不安になるが、千尋の温もりが現実だと教えてくれるので、もっと強く千尋の温もりと感触を感じた。
ついに部長編完結です。三ヶ月記念の作品で、千尋編だけ投稿して完結でしたがこっそり連載再開してしまった。短編のつもりが連載になり自分自身、書きたくて部長編を投稿。お付き合い編を書きたい気持ちがあるが、長編も出来ない・・・。そんな現状(汗)今の段階では、完結にしますが短いけど、もしお付き合い編が読みたい方こっそり教えてください。