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俺には好きな女がいる。どんなに仕事で叱ってもめげずに、俺を怖がらない年下で少々変わった子。仕事面ではとても努力人でもある、でも彼女には好きな男性がいると分かった。社内で鞄から落ちてしまった手紙を拾う、人の手紙を勝手に読むなど常識があるならば見ないだろう。だが、彼女・・・香坂千尋の落とした手紙と思ったら気になってしまうのが、惚れた俺の意志の弱さだ。あの時、何故見てしまったのか後悔する俺は元に戻れるなら、過去の俺に言ってやりたい『読むな』と。
手紙の内容は、初めの先輩様から始まった。彼女が書いたとは思えないとても、幼い字に少々文章力が欠けている告白文。それでも彼女が想って書いたと思われる、顔も見たことが無い先輩に酷く嫉妬した。どうにか俺に関心を持って欲しく、つい手紙の採点をしてしまった。こうすれば手紙は出せれなく又、自分の告白文が可笑しいと先輩に渡すのを躊躇すると思ったからだ。我ながらに馬鹿げた提案を思いついたと、笑うしかないが乗って来るかかは向こう次第。しかし、乗って来てもらわなければ俺が困る頼む、どうか興味を持てよ。
「香坂君、君宛に手紙が届いたぞ」
「・・・?ありがとうございます」
とても不思議そうな顔をする彼女は、早速中身を開けている。こっそり彼女の行動を、覗き見し緊張してしまう興味を持つだろうか?恥ずかしそうな顔をしたと思えば、急に面白そうな顔をし始める。先ずは、一つクリアしたと思っていいだろう。
念の為、偽名を使って良かった彼女は当然手紙の相手、俺を探していた。流石に八才も年上の俺と知ったら、気持ち悪いだろう。この年で部長の地位、自分で言う事ではないが顔も悪くないはず。しかし八才も年上では、俺は若く思っていても向こうからしてみれば、ただのオッサン。こんな馬鹿げた手紙のやり取りを提案した男など、知ったら嫌がるどころか彼女の中で変態オッサンと植え付けられてしまうだろう。
だからばれない様に気をつけた、どうやら家までは調べていないらしく安堵する。直ぐに手紙を出したようで、可愛いらしい封筒が俺の郵便受けに入っていた。先輩宛てとはいえ、少し緊張しながら中身の告白文を読み、唖然としてしまう。
『拝啓、先輩。私はあなたの事を考えたら夜も眠れず、毎日眠れる努力をしています』
ずらずら適当に書かれた文章が並んでおり、正直俺が先輩でこれを受け取っても想いは伝わってこない為、気付かないだろう。彼女は本当に好きなんだろうか?好きだから手紙を大事に鞄に入れていたのだろうが、まだ拾った時の手紙の方が心がこもっていた。
指導していくと言った手前、この手紙に対し何かしら意見を返さなければいけない。俺は長く書く事も出来ず『君は真面目に書いているのか?此れでは、相手に思いが伝わらない』そう、書く事しか出来なかった。そして問題がまだある、彼女の住所が書かれていない勿論調べれば直ぐに分かる。社内でやり取りしようとしているのかは分からないが、俺にとって危険。数日どうしようか迷った挙句、再び手紙が届いたという理由で、俺から私用は控える事そして、手紙にも返事が送れない事や私用でのやり取りは出来ないと注意をした。それからはちゃんと、住所も書かれて楽にやり取りが出来る様になった。何処の誰かも分からない相手に、住所を教えたり文通したり、少し自覚を持って欲しい所もあるがこれは俺が考えた事で、彼女に言える立場ではない。頼むから他の男にはしないでくれよ、切実に思う。
半年の間、彼女との文通は続いた。いつまでやり続ければいいのだろう、こんな事していてもいつか彼女、千尋は先輩へ想いを伝えてしまうだろう。もしかしたら知らないだけで、告白をしているのかもしれない。毎回適当な恋文に安心しつつ、不安は拭えない。
二週間ほど、千尋からの手紙は来なかった。当たり前だ、大きなイベントで千尋は雑用係と通常業務をこなし、忙しい日々を送っていた。それも今日で終わる為、数日中には千尋から手紙が届くだろう。ほら、今嬉しそうな顔している分かりやすい。だが、あんな顔を他の男の前で見せないでくれ、俺は怠けていると理由をつけ千尋の喜んだ顔を誰にも見られない様にした。俺の心配など知りもしないで呑気だ、いつまでも一緒にはいられない為、念を押し去る。イベントは終わり、千尋だけが会社に戻った。
誰かが、お疲れ会でもやろうと言っていたが、千尋がいない飲み会など意味がない。俺も会社に戻って、手伝ってやりたかったが、千尋の仕事に俺が手を出すわけにはいかない。最終チェックはしても、一人で仕事をこなし能力を伸ばす事も時と場合によるが、上司である俺の務め。可哀そうだが、一人で頑張ってもらうしかない。思いのほか時間が押し、残業する事になってしまったが無事に終わったようで俺が話し掛けても聞いておらず、何やら独り言をいって笑っているので不気味だった。
「香坂君・・・君の頭の中は一体どうなっているネジでも入っていて一本抜けているのか?」
我ながら好きな女に言う言葉ではないが、気付いてくれないのだから仕方ない。食事を誘っても、お疲れ会と勘違いして俺一人で行けと言われた。時間を考えれば、お疲れ会など分散して皆各自、勝手にやっている気付け馬鹿。夜の誰もいない廊下は、俺の声がやけに響く。あんなに慌てて、もしかしたら先輩と付き合う事になって、これからデートなのかもしれない。もし、そうなら俺はマジでマヌケだな。
普段はしないのですが、衝動的に部長側のストーリー書きたくなりました。こっそり更新&短い連載として再開させていただきます。