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文通からの恋  作者: 桐嶋リツキ
千尋編
2/9

2

 千尋は溜息が止まらない。由香子からの助言で、住所に来たものの中々相手に会えなかった。会社が終わってから、それらしき相手を待ち伏せしてみるものの全く会えない。郵便受けを見てみるが、名前がついていない為本名さえ分からない。呼び出しをしてみたが、オートロックで顔が見えるからなのか何回呼び出ししても居留守なのか無駄だった。そんな事を一週間続けてみたが、全く姿を現さないので生きてるよね?と疑ってしまうほどだった。


「何で、何で姿見せないのよ師匠」


 その日も終電ギリギリまで待ってみて、それらしき人は現れない為諦めて帰る。そんな姿をずっと見ている男が一人いた。駅へ向かう千尋を気付かれない様に、後ろから付いて行き無事に駅に乗った所を確認して自分の家の方向へ帰って行く。


「まったく、一週間も何やってるんだ」


 男は千尋の一週間の行動に困惑していた。千尋が諦めて家に帰るまで見守る事しか出来ず、手紙を出すのを止めてしまった事を後悔した。


 ***


 文通が途切れて二ヵ月。一度も手紙の返事は来ない為、千尋は諦めず相手の家に通っていた。もしかしたら引越ししたかもしれないと思いながらも、通い続けていた。初めは会社終わりに行っていたが、今は土日も出来る限り一日中マンション前に待ち伏せしていた。それでも現れない相手、本当に引っ越したのかもしれないと土曜の昼過ぎ途方に暮れていた時。


「そこのお嬢さん」

「・・・」


 初め自分に話し掛けられてるとは思わず、ぼーっとしていた。だが、目の前で中年の女性が千尋に大きな声で話し掛ける。千尋は驚き尻餅をしそうになったが、寸前の所で痛い思いはしないで済んだ。


「大きな声出してごめんなさい大丈夫?」

「は、い何とか」

「あなた一ヶ月位ずっとマンション前に・・・誰かのストーカーじゃないわよね」


 気に障る言い方ならごめんなさいと謝る女性に、あながち間違っていないので笑う事しかできない。理由を問われれば、どう答えていいのか知らない女性に本当の事言ったところで意味がないだろう。なんて答えようか迷っていれば、話すまで離さないつもりなのか・・・おばさん根性が滲み出ていた。迷った挙句、嘘だろうと本当だろうと千尋にとって現状が変わる訳がないと、女性に今までの経緯をちょっとだけ話した。恋文の指導は黙って、只の文通相手と言う事で。


「それで一ヵ月も待ってるの?一途ね」

「いえ・・・急に手紙が来なくなってしまったので」


 疑似恋愛だと自分でも分かってるつもりだ。しかし女性は何か勘違いしているようで、勝手に妄想を膨らまし千尋が言った言葉をかなり、自分の中で置き換えていた。遠距離恋愛の末、消息不明の彼氏を追いかけてきたと。


「で、誰なの?あのマンションなら私も住んでるし住人は知ってるから」

「本当ですか!実は本名を知らないんですけど」


 部屋番号を伝えれば、直ぐに女性は教えてくれた。千尋にとって思ってもみない相手で驚き、更にその相手はいつも千尋が来る土日は、朝早くから泊りがけで出掛けるらしい。何食わぬ顔をして毎日顔を合わしていたと思ったら、怒りが込み上げてくる。


 次の週初め千尋は何も知りませんよ、そんな顔をして仕事をしている。内心沸々と煮えたぎっているのだが、爆発寸前で拳を強く握り歯を噛み締めていた。そんな状態でいれば周りからは、近づくなとみえるようで誰も仕事以外極力話し掛けようとしなかった。そして終業時間、皆帰り支度をしていたが千尋だけは残業だと嘘をついて相手の帰る時間を待っていた。


「香坂君、仕事は終わったのか?特別急ぐ仕事は無いはずだ早く帰りなさい」

「部長・・・すみません直ぐ帰ります」


 千尋は慌てた様子で帰り支度するふりをした。鷹塚部長は千尋を待っていてくれていたようで、エレベーター横の壁にもたれている。


「部長、もし良かったら夜ご飯一緒にどうですか」

「食事を一緒に?」

「駄目ですか?以前、お疲れ会断ったので」


 あの時誘ってくれたのに、断ってしまった詫びも兼ねて食事でもどうか千尋は聞く。最初は千尋からの突然の誘いに、胡散臭そうな顔をしていたが最終的には渋りながらも承諾してくれた。


 ***


「こんな所しか知らないから文句は受け付けない」

「大丈夫です。むしろお酒いっぱい飲まないと・・・」

「・・?」


 鷹塚部長に連れて来られた場所は、中年男性ばかりの居酒屋だ。女性や若い者達は少ないようで、男だらけの場所に少し加齢臭が混じり、ちょっとだけ痒いふりをして鼻をつまむ。適当に食事を注文して、先にお酒を持って来てもらう。


「香坂君明日も仕事がある。程々にしておくんだぞ」

「部長まだ一滴も飲んでいませんよ」

「忠告をするのも上司の務めだからな」

「相談も上司の務めですか?」


 上司の務め、その言葉に千尋は突っかかる言い方をした。既に飲んで直ぐに酔っぱらったのかと思った鷹塚部長は、飲むのを中断させようとした。しかし一滴もまだ飲んでいない千尋は、鷹塚部長の行動にイライラが隠せず一気飲みしてしまう。


「ぷふぁ・・部長相談があります」

「相談?」


 お酒の追加を店員にお願いして、千尋は鷹塚部長に手紙のやり取りの事を相談した。突然音信不通になってしまった事などを話すが、鷹塚部長の平然としている態度に、益々千尋はムッとするが我慢。


「部長は手紙を二回届けてくれましたよね?あれって誰だったんですか」

「さあな、半年以上も前の事など覚えてない悪いな」

(嘘吐き男・・・とことん知らないふりをするなんて)


 千尋が怒っている理由、それはこの間聞いた中年女性からの情報だ。中々姿を見せなかった部屋番号の住人は、文通相手の正体それは今目の前にいる男。鷹塚部長本人で、どうして偽名まで使って知られたくなかったのか今もこうして何故、知らぬふりをするのか理解が出来ない。


「部長!いい加減にしてください」

「何だ突然」

「全部知ってるんですからね文通相手が部長だって事」


 もう少し黙って様子をみようとしたが限界だ。鷹塚部長の態度に千尋は、我慢が出来ず立ち上がって大声で鷹塚部長を責め立てた。その声の大きさに他の客が何だ?と、二人をチラチラ見ているが千尋はお構いなく同じ声量で鷹塚部長に質問する。


「香坂君、話は分かった・・・分かったから先ず座りたまえ」

「いーえっ!話してくれるまで座りません」

「はぁ・・・」


 溜息を吐く鷹塚部長に、千尋は再び大声を出そうとした。しかし、鷹塚部長が先に、言葉にした為ぐっと声を押え我慢する。

(言いたい事あるならさっさと話して)


「何処で知ったのか分からないが確かに相手は俺だ」

「やっぱり」

「急にやり取りを止めてしま・・・」


 鷹塚部長が話している最中、ある男に邪魔をされ中断してしまった。千尋は邪魔した相手を思いっきり睨みながら、振り返るとそこにいたのは中学時代の淡い恋心を抱いていた先輩。


「先輩!・・・と何であんたがいるのよ」

「何ではこっちのセリフだよ姉貴」

「ははっ、二人共喧嘩は家でしなよ」


 卒業してから十一年振りに会う先輩は相変わらず、優しい雰囲気を出して穏やかな人だった。何故か弟と一緒にいるのが疑問だったが、どうやら務めている会社の先輩後輩だったようで更に驚く。鷹塚部長の話が中断されてしまった分、先輩の登場に少しだけ浮かれてしまった千尋。その間、鷹塚部長は淡々と食事をして会計を済ましていた。


「あっ部長待って下さい」

「俺は先に帰らせてもらう。良かったな大好きな先輩に思いが伝わって」

「え?・・・ちょ、待って下さい部長、何か勘違いして」


 出入り口に進み去っていく鷹塚部長、千尋は自分が先輩との再会に浮かれて文通の事を聞かずにいたのを後悔する。あんなに怒っていたのに、今は鷹塚部長が怒っているのではないか凄く不安。これも疑似恋愛の症状なのだろうか?千尋は酷く落ち込んだ。


「姉貴の彼氏だろ?追いかけろよ」

「彼氏じゃなくて上司なんだけど・・・」

「でも、追いかけなくていいの?きっと後悔するよ」


 先輩の後悔の言葉に、凄く心に響いた。でも追いかけて何を言う?先程の文通に対しての続き?それとも、他に何か言う言葉があるのだろうか・・・。千尋が迷っているのに対し先輩が『好きなんでしょ』そう、言ってくれ疑似恋愛だと思っていたが、そうじゃない事に今更気付かされる。


「文通相手でいつ好きになったかなんて分からないんです」

「好きになるのに時間とか日にちとか必要?恋愛はいつの間にか好きになるものだよ」

「姉貴は考え過ぎ。好きと気付いたら即行動!早く行け」


 二人の言葉に背中を押してもらった様で、千尋は直ぐに靴を履き会計をしようとしたが鷹塚部長が払ってくれていた。先輩と弟にガッツポーズを見せて行ってくると、言葉を投げ掛け意気込んで店を出て行った。


「先輩は姉貴の事良いんですか?」

「淡い恋心の良い思い出だよ」


 ***


 真っ直ぐ家に帰ったかと思い、マンションの呼び出しを何度もしたが出ない。居留守かもと思い、見える位置に移動して部屋を見てみるが、明かりはない。

(まだ帰って来てないのかな)


 此処まで勢いで来てしまい鷹塚部長に会えなかった為、急に熱が冷めてきて、どうしようと不安になって来た。いつの間にか好きになったが向こうは、ただの文通相手しか思っていないのかもしれない。途切れてしまったのも、きっと飽きて面倒になったからなのかもしれない。色々考え頭の中が爆発しそうになり掛けてきた時、近くでバタンと何か倒れる音が聞こえる。


 恐る恐る覗いてみたら、鷹塚部長がゴミ置き場に倒れていた。慌てて倒れた部長の所まで行き、起こし上げるが起こした瞬間、酷くお酒の匂いがして眉間に皺を寄せてしまう。


「部長起きて下さい」

「こう、さか?・・・千尋、好きなん、だ・・・」

「え?」


 離さないと、千尋を強く抱き締めゴミ置き場で抱き合う形になる。たまに通る人達が、怪訝な顔で通り去って行くので千尋は、兎に角立って下さいと必死に起こそうとする。男の体を女が起こすなど無理に近い話だが、何度も何度も叩きお越し漸く立ち上がってくれた。このままでは再びその場に寝る勢いなので、可能な限りの力で鷹塚部長を引っ張って家に連れて行く。家に入り靴は脱がす暇はないので寝室を探し、その場に倒れこむ形で寝かした。スーツは無理なので諦め、ネクタイを緩め靴を脱がし玄関に靴を置いた。酔っぱらっている鷹塚部長は初めてで、話し合いなど出来ないので帰ろうとする。だが、オートロックのマンションでも家の鍵が開いていれば不用心だ。メモでも残し、鍵を郵便受けに入れようとしたがメモに気付かないで探しても困る。それに一々、郵便受けに取りに行くのも面倒ではないだろうか?あれこれ考えていたら、鷹塚部長が起きるまで待つ事に千尋は決めた。


「香坂君、香坂君起きたまえ」

「うぅ・・・」

「君はどうやって入って来たんだ」


 鷹塚部長が千尋を起こすが、一向に起きようとしないので鷹塚部長は困ってしまう。時刻は夜中の十二時を過ぎた所だ。自分がどうやって帰ってきたのか、何故千尋が家のソファーで寝ているのかが全く覚えていない。千尋と分かれて、情けない事にあまり飲まないお酒を自棄酒してしまい喉が異常に乾いた。水欲しさに起きたが千尋が寝ているのに気付き、飲んでいた水を吹き出しそうになった。


 化粧で誤魔化しているがくまが以前より目立っている。千尋の目元をそっと触れ、きっと自分のせいだと反省をした。暫く顔を見ていたが、あまりに無防備に寝ている千尋に危機感が無いのか?と心配をする。


「千尋・・・俺は用済みだろう?」

「何が用済みなんですか?部長」

「香坂君、起きていたのか!?」


 千尋の目元に触れていたのが気まずくて、慌てて距離を取ろうとしたが千尋に手首を掴まれ固まる。離さないとでも言う様に、しっかり掴み起き上がる。


「私は部長の事用済みなんて思っていませんよ」

「しかし好きな先輩と上手くいったのだろう?」


 少し子犬が叱られた時のようなしょぼんとした顔に、千尋はきゅうっと胸が熱くなった。

(なんなの部長物凄く可愛い)


「その、黙っていた事がありまして・・・」


 鷹塚部長は最初から勘違いしていた事がある。千尋が黙っていた恋文は十二年前のものだった事、そして今現在全く先輩を好きでも無い事、お守りとして持っていた事を話した。話し終わった時、鷹塚部長の顔を覗いてみたがぼーっとベランダの方を見ている。


「あの・・部長?」

「つまり俺は勝手に先輩との仲を嫉妬した」

「部長?嫉妬って」

「君の手紙を見て凄く嫉妬した。だから少しでも俺に気が向いてほしくて」


 あんな馬鹿げた提案をしたと、告白してくれた。そして最後に貰った手紙が凄く先輩への思いが詰まっていて、だから返事が書けなかったそう教えてくれた。思いが詰まった手紙に勝手に、先輩と恋人同士になれたんだと思ったらしい。


「あの手紙は・・・師匠、部長に宛てた恋文です」

「俺に?」

「半年間も文通として恋文指導してくれた相手気になって悪いですか」


 疑似恋愛してると思っていたが、やっと自分の気持ちに気付いた今なら、最後に出した恋文は部長を想って書いたと言える。少し照れくさくて、拗ねた言い方になってしまうが思いを伝えた。鷹塚部長は信じられないとでもいう様な顔で、千尋を凝視している。


「部長は私の事す、好きですか?」

「香坂君」

「自惚れていいですか?両想いだと思っていいですか?」


 切実な千尋の言葉に鷹塚部長は、掴まれていた手首をほどく。あっと思った瞬間、鷹塚部長は千尋を抱きしめて『もっと自惚れなさい』そう、耳元で囁く。

三ヶ月記念?やっと書けました。自分の中では少し長く感じたのでわけたけど・・・短編で良かったじゃんと今更思いました(汗)まだ次回の四ヶ月記念?はあるのだろうか内容が決まっていない・・・どうしよう(涙)


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