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文通からの恋  作者: 桐嶋リツキ
千尋編
1/9

1

「えっ!まだ文通相手と半年以上も続いてるの?」

「う・・うん」

「だって、あんたが落とした恋文を拾ったってやつでしょ」

「そうなんだけど、色々相談にのってくれて」


 だからってさぁ職場の同僚で、友人でもある林田はやしだ由香子ゆかこが言う。彼女に散々言われているのは香坂千尋こうさかちひろで、話は半年前の出来事から始まった。


 ◇◇◇


「香坂君、君宛に手紙が届いたぞ」

「・・・?ありがとうございます」


 部長から受け取った手紙は、普通の手紙で差出人も何も書いていない。何処かで見た記憶があり、記憶を辿りながら中身を開ける。中身の内容は、千尋が良く知っているものだった。それは、ずっと憧れていた中学の先輩へ宛てた古い手紙で、ずっと渡せないまま大事にお守り代わりにしていた手紙。次に恋をしたら、この手紙の様に渡せないままではなく、告白しなきゃと思えるように持っていたのだ。大人になった今も鞄の中に入れていて、仕舞いっぱなしだった事を、すっかり忘れていた。


 手紙の最後には名前を堂々書いていて、おそらく会社の何処かで落としたのだろう。誰かが調べて、わざわざ持って来てくれたに違いない。しかも、ご丁寧に自分の名前の下に先生に採点されたかのように、この文章は良くない。そう、書かれていた。ちゃんとした、文章が書けるように指導してくれるらしく、何故か新たに恋文を書けと。そして、一緒に書いてあった住所に送れと書いてあったのだ。


 まさか、手紙を拾って届けてくれただけじゃなく。手紙の駄目出しをされ、恋文の指導をしてくれるとは思わず驚いた。相手が誰かも分からず、こんな古い恋文を見られた事に少々恥ずかしかったが、何となく面白そうと書かれた住所に後日送ってみた。念の為教えてもらった住所と一緒に、書いてあった名前を何処の部署の相手か調べたが存在などしなかった。宛名が無ければ届かないので、偽名でも使ったのだろうか?そこまでして知られたく無い理由が千尋にはわからなかった。しかし送って数日、返事は中々来ないので冗談だったと思い諦めていた頃、会社に又もや手紙が届く。


「香坂君、私用での手紙は控えなさい」

「すみません」


 上司で部長の鷹塚たかつかに、お叱りを受けながらも受け取った手紙を早く読みたいとソワソワしていた。部長が去っていけば、早速中身を確認。

『君は真面目に書いているのか?此れでは、相手に思いが伝わらない』


 確かに、好きだった先輩でも中学の淡い恋。今更、先輩を思って書くなど無理だと思い適当に書いた結果がこれだった。それと千尋の住所が書いて無い事に、これでは返事が送れないと。先程部長からもお叱りを受けたのと同じように、手紙の相手からも会社で私用での手紙は出来ない、そう書かれてあった。そう言えば自分の住所を書かずに送ったと今更気付く。会社で、叱られながら手紙のやり取りするよりかは、自分の住所を書いて送った方が良さそうだ。千尋は、仕事が終わり家に帰るなり、早速手紙を新たに書く。今度は小説や漫画での内容を参考に、そして次の日ポストに手紙を出した。早く届いて、早く返事が来て欲しいと願いながら。


 ◇◇◇


 改めて、事の成り行きを細かく話した千尋。由香子は、聞いている時は静かだった。

「それで、今に至ると・・・馬鹿?ねえ、あんた馬鹿でしょ?」

「ゆかちゃん、何度も馬鹿って言わないでよ」

「普通、恋文の指導とか言って半年以上もやり取りする!?」

「だって・・・面白そうだったし現に面白くて」


 今は会社の女子更衣室。仕事が終わり週末でもある為、久々に由香子が飲みに行こうと誘われた。家で手紙を書く為、断わる説明をすれば何度も馬鹿にされる羽目になる。


「大体、相手は何者?同じ会社内なんでしょ?どうして名乗らないのよ」

「さあ?」

「さあ?じゃない!もし、ストーカーならどうするの」

「ははっストーカーって。半年以上も文通しか、してないんだよ」


 大袈裟だよ。笑いながら、由香子に大丈夫だと心配しない様話す。確かに初めは、気になって質問をしたことがあった。だが、返ってきた返事は千尋のお粗末な恋文に同情しただけで、本来は関わる事がない。そう書かれており、結局何処の誰かは、教えてくれなかった。しかし、相手の名前が偽名だった事になんて呼べばいいか分からず、勝手に師匠と呼ぶことにした。師匠と呼ぶ事を手紙に書けば凄く嫌がっていたが、他に呼ぶ名前が思いつかないのだから仕方がない。未だ恋文の駄目出しをされ、思う相手がいない千尋は大変だったが返って来る返事が面白くて楽しんでいた。


『こんなドラマみたいな告白、男は好まない』

『此れは君の本心なのか?だったら残念だ』

『夢見過ぎ』


 毎回短い返事だったが、千尋に対しちゃんと返事くれている師匠に、律儀な人だと印象を持った。時々、下手なイラストも交えて書くと必ず、ふざけるなと返ってきて面白い。


「千尋いい加減やめなよ。それに、あんた騙してるじゃん」

「騙しては・・・」

「相手庇うつもりないけど手紙中学のでしょ?十二年経ってるじゃん」

「確かに手紙は中学二年の時で、今二十六才だから・・」

「茶化すな!そもそも勘違いした相手も悪いが、あんただって黙ってるから悪い」


 信じられないと、文句ばかり言われ強制で飲みに連れて行かれる。本当は、由香子の失恋の愚痴を聞かされるだけの飲み会だった。二件、三件と店を回り漸く解放された時には、深夜だった。最後は、ホストに豪遊してやると、酔っぱらって入ろうとしていたのを必死に止めた。やっと諦めたと思えば、道端で急に気持ち悪くなって吐いてしまう。やっとの思いで、由香子を送り届け帰宅した。


「はあ、こんな時間に恋文なんて考えられないよ」


 千尋は独り言をつぶやくと、友人の世話で疲れて直ぐに寝てしまった。眠る直前に、明日はお休みで良かったなと、そのままスーツもメイクも落とさず夢の中に落ちていった。


 ***

「おっはよう千尋」

「由香子さん・・おはよう」

「なに辛気臭い顔してるのよ」

「私は疲れているのでございますよ由香子さん」


 週初めの月曜から疲れている千尋。そんな千尋に対し、冷たく扱う由香子に少々腹を立てた。


「金曜の仕事帰りに飲みに行かされた私の気持ちを考えて!」

「別に問題ないじゃない仕事帰りのお酒」

「散々愚痴を聞かされ世話をした私に感謝の言葉ないの?」

「大袈裟ね・・土日は休めたでしょ」


 散々世話をかけたにしろ週末はゆっくり出来たはず。なのに、月曜の朝から辛気臭い顔をされ、由香子は文句を言う。自分は酔っぱらって吐き、千尋によって無事家に辿り着いて週末は快適に過ごしたのだ。散々飲んで、散々発散して心身共に休息したのなら良いだろう。だが、千尋の週末は散々な目にあって終わる。


「土曜は疲れて夕方まで寝て日曜は弟に連れ回されて終わった」

「別に大した事じゃないわね」

「大した事ないわけない!折角次の恋文考えようとしたのに」

「くだらないわ。そんな事で辛気臭い顔、月曜の朝からしないでくれる」


 くだらないを連発する由香子。千尋にとって今は、恋文という名の文通相手の師匠だけが、癒しなのだ。かなり騙している?部分は多いが、それでも大人になっての癒しなど初めてだった。


「ゆかちゃんには分からないよ。しかも二週間は大きなイベントがあって手紙書く暇ない」

「そんなの分かりたくもない。イベントだって千尋は手伝い係でしょ?」

「手伝いという名の雑用係で皆の嫌な事を私は押し付けられるの」

「じゃあ断れば」

「無理なの分かってるくせに」


 意地悪な事をいう由香子に、千尋は子供みたいに頬をぷーっと膨らまして拗ねる。そんな千尋に由香子は、思いっきり頬を叩く。その叩いた衝撃で、膨らました頬がぶぶーっと派手に音がして周りから何事だと見られてしまう。千尋は恥ずかしくて由香子に怒りつつ、背中に隠れて少しでも皆の視線を避けようとした。


 ***


 二週間が経とうとしていた。結局、通常業務とイベントの雑用係で忙しく恋文は未だ書けていなかった。そんな忙しい日々も、今日で終わる。大事なイベントが終われば千尋は通常業務だけになり、今迄通り恋文という文通を再開できる。早く今日が終われば良いのにと、喜びが顔に出てしまい上司の鷹塚部長に怠けてると叱られてしまった。鷹塚部長は、仕事に関してとても厳しい人で有名。千尋は少し他の人と違う人種なのか、鷹塚部長は全く怖く感じない。むしろ、自分の仕事能力が高く身に着くので、尊敬をしてるぐらいだ。


「香坂君、君は人の話を聞いていたのか」

「はい。怠けてるですよね?」

「はあ・・分かっているのなら手を動かしたまえ」


 呑気な千尋に怒る気も失せたのか、間違いだけはしない様念を押し去っていった。イベント会場で来場者数を計算、予想の人数と実際の人数の差を確かめる。それが終われば会場の片付け更に、集計した紙を会社に戻ってパソコンに打ち込む。来場者の似たような意見も添えて、鷹塚部長の社内メールアドレスに送信した。これで今日の業務は終了、予定より遅れ残業してしまう羽目になったが金曜の夜。これからは、たっぷり時間があると気持ちを切り替えさっさと帰り支度をする。


 言葉にするなら気分は最高と、叫んでいるだろう千尋はかなり浮かれていた。にこにこ笑顔で不気味にぼそぼそ独り言を言っているさまは滑稽だ。後ろに人がいる事も気付かないで、手紙について何を書こうか悩んでいる。


「香坂君」

「ふふふっ楽しみだなぁ、早く帰りたいな」

「香坂君・・・君の頭の中は一体どうなっているネジでも入っていて一本抜けているのか?」

「?・・・ぶ、部長どうして此処にいるのですか!?」


 漸く部長の存在に気付き、千尋は慌てて部長の方へ体を向け『お疲れ様でした』と、言葉にしてお辞儀する。鷹塚部長もお疲れと言葉を掛けてくれ千尋はそのまま帰ろうとしたが、鷹塚部長に引き止められた。


(折角帰れるのに何の用事!いくら部長でも許さないぞ)

 心の叫びを思いっきり顔に出していたようで、鷹塚部長にすまないと謝られてしまった。上司に謝らせるなんて滅多にない事だが、鷹塚部長が悪いわけでは無かったので千尋も反省した。


「あのぉ何か御用でもありましたか?」

「用というか大した事ではないが食事でもどうかと思ってな」

「食事ですか?お疲れ会なら私はいかないので部長だけどうぞ」


 そんなどうでもいい話かと思い、千尋は鷹塚部長に参加しないから帰る事を伝えさっさと早足で会社を出た。そんな千尋をずっと見つめる鷹塚部長が一人寂しく独り言。


「気付け馬鹿。お疲れ会なんて間に合わない時間だ」


 会社の誰もいない静かな廊下が、鷹塚部長の声を響かせる。

 上司の鷹塚部長の誘いを断って家に帰宅した途端、この間買ったばかりの封筒と紙を出して書き始める。最初は妄想の中での恋文だったが、次第に師匠の事が気になり始める。どうして半年間も恋文の指導などしてくれるのか?何処の誰なのか、急に誰かもわからない相手に恋をした気分で心臓が早くなってきた。千尋は文通相手に疑似恋愛をするようになっていた。

(うわぁ何だろう恋したみたいに気になってしょうがない)


 ***


「うわぁ一人辛気臭い奴がいる」

「ゆかちゃん・・・私フラれたぁ」

「はあ!?あんたいつの間に好きな人出来て告ったの」

「師匠で恋文の返事が来ない」


 何だ文通相手かと、つまらなさそうに由香子が毎度お馴染みの、くだらないを連発する。千尋は気になってしょうがない師匠に、疑似恋愛をしているようで溜息を吐く。最後に手紙を出してから一ヵ月が過ぎ、どんなに遅くても二週間以内に返事がきていた。それが一ヶ月も来ないのは可笑しい、その間二度ほど恋文とは違う心配の手紙を出したが、それも返事が来ない。そのせいで益々相手が気になって、千尋は夜も眠れなくなってきた。


「じゃあ、教えてもらった住所でも行ってみたら」

「住所?」

「あんた手紙のやり取りする時教えてもらったんでしょ」

「住所・・・そうだよ住所ゆかちゃん頭いい!」


 急に元気を取り戻した千尋、単純な千尋に由香子は住所が正しければの話と、心の中で呟いた。早速行きたい所だが、今は平日の昼間。悶々としながら千尋は、いつもの二倍仕事を早め定時に帰れるよう集中した。

小説家になろうに初めて投稿してから三ヶ月が経ちました。そして今回も記念短編としてまとめようとした結果・・・三ヶ月記念?という名の短編ではなく少し長くなってしまったの連載になってしまいました。連載と言っても残り一話投稿する程度の短さです。

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