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UNKNOWN  作者: 春夏秋冬
1/1

プロローグ


彼らは二人足並みを揃え、これから3年間通う高校へ向かっている。

下を向きながら歩いていると、コンクリートで舗装された道が縦にスクロールする。

色褪せた道のところどころに大小様々な亀裂が見え、そこはかとなく陰鬱な気分にさせられた。

下を向くのをやめ、空を見上げると、春らしい穏やかな日差しが差し、晴れやかな青空が広がっていた。

だが、そんな爽やかな風景を眺めても、彼の気分が晴れることはなかった。


「なあリフ」


右から暢気な声が聞こえる。


「何だ?」

「やっぱ春はいいよな。俺春すきだわー」


リフの中学からの友人である彼は同校で唯一同じ高校に進学した生徒だ。

リフというおよそ本名へと結びつかないあだ名を編み出したのも彼の仕業である。

その中学から高校までは距離が遠いため、ほとんどの生徒が進学の選択肢からはずす。

そんな中彼らがこの高校へと進学を決めたのには各々理由があった。


「やっぱ大変だよなー、家からそこそこ離れた高校に通うのは」

「まあそうだな」


春の温かい陽気に包まれ軽くまどろんでいるため、会話の返事も生返事になってしまう。

足を進めているうちに、ちらほらと周りに同じ制服を着た学生が見え始めた。

周囲からの視線を感じる。

昔からの影響か、つい視線には敏感になってしまう。

単なる自意識過剰なのだとしたらそれで終わりなのだが、そうではない自信がリフにはある。


「お前めっちゃ見られてんじゃん。モテ期到来かー?」

「珍しいものには目がいくからな。見世物小屋の商売が成り立つわけだ」

「もうちょっとマシな例えをしろ…」


友人の軽口は無視する。

リフの父は国際結婚をした。つまりリフは俗に言うハーフというやつだった。


「でも見られちゃうのもしょうがないよな。お前パッと見は完全に外国の方だから。ほんとにアジア系の血入ってんのか疑わしいぜ」

「髪の色の影響がでかいかもな、一番目に入る。別にただ何気なく視界に止まっただけだろうから全く気にする必要なんてない」


気にする必要はない。と口では言っているが、正直に言うと気にしている。

ハーフであることに負い目を感じたことなんて一度もない。負い目を感じることですらない。

全く気にする必要なんてないのだが、それを気にしてしまうのには勿論理由があった。

遠い高校に進学したこともそれが原因の一つだった。


「まあこれからは普通の学校生活を送れるはずだよな。昔のことはもう忘れちまえー!」


リフは小学生の頃からいじめに遭っていた。

この見た目のせい……とは言い切れないのだが、小学生のいじめなんてきっかけは些細なものだ。

ただし、その出来事はリフにトラウマを埋めつけるには十分だった。

小学から中学へ繰り上がっても、同級のメンバーはほとんど変わらずであった。

そのため、中学へ入ってもリフへの嫌がらせは続いた。

そうして人間不信になりかけているときに隣を歩いている彼に出会った。


「お前実際のところ見た目はかなり良いほうだと俺は踏んでるぞ。上手くいけば充実した高校生活がおくれるんじゃないか?昔のことは皆知らないんだし」

「俺はもう平穏に暮らせればそれでいいです」


他愛もない会話をしているうちに、目的地にたどり着いた。

もう少し遠いかと思っていたが、存外近く感じたように思う。

これならば、毎日通ってもあまり苦にならないだろう。


「いやーやっぱ遠いなここまで、近くの高校の部活推薦受ければよかったかなー」

「そうか?意外と近くて密かに喜んでいたのに」

「マジで?俺体鈍ってんのかな?」


校舎の玄関方面を見ると、生徒と、生徒の保護者らしき人物でひとだかりができている。

おそらくクラス分けが発表されているのだろう。

嬉々としている生徒、微かに当惑の表情を見せる生徒、皆、三者三様の表情をしていた。


「なあエンジ」

「ん?」

「何だか春らしいな」

「そりゃー春ですもの」


エンジというあだ名は作者不明だ。

彼がそう呼ばれているのを耳にし、リフも自然とそう呼ぶようになった。


「俺たちも見に行こうぜ」

「…あの群集の中に入るのは気が進まん」

「じゃあ俺がちゃっちゃと見て来てやる。ありがたく思えよ?」


得意満面の表情でそういい残し、エンジは武将の如く勇猛果敢に群集の中へと身を投じ、やがて見えなくなった。

一人残され少々手持ち無沙汰になり、何ともいえない気まずさを覚えたが、それはすぐに消え去った。

先ほどから感じている視線とは違った視線を感じる。

到着までの道中で感じていた視線を一言で表せば"好奇"

今感じている視線を一言で表せば……


"監視"


それが確かである根拠など全くないのだが、なんとなくそう感じた。

周囲には人が多く、どこから見られているのかまるで検討がつかない。

リフが正体不明の視線と格闘しているうちに、エンジが戻る。


「いやーよかったよかった。俺もお前も同じ7組だったわ」

「一先ず安心だな。知り合いが同じクラスにいるのといないのじゃ大分違うからな」


あの視線のことは忘れることにした。

見知らぬ土地での高校生活を前に少し浮き足立っていたのだろう。

今思い返してみると、大げさに考えていた自分が馬鹿らしくなってきた。

そして、何事もなかったかのように二人は入学式の会場である体育館を目指す。



体育館に入ると、既に半数ほどの生徒が着席していた。

席の前に、1組から順に組の書かれたプレートが設置してある。

並びは3列ごとになっていて、7組は右から7番目に位置していた。


「どうする?もう座ってるか?」


式が開始するまで少し時間があった。


「ああ、そうしよう。その方が後々楽だ」


人が増えてから席に座ろうとするのは骨が折れるだろう。


「そうだな。じゃ、また後でー」


気の抜けた声を出して、エンジは前方の席に腰を下ろした。

後に控えている校長の祝辞で彼の首がリズムよく縦に揺れている姿が容易に想像できる。

校長の話に感心しているわけではないということは言うまでも無い。

リフも席に着き、周りを見回してみる。

会場内には入学式ならではの緊張感が漂っている。

会場となっている体育館を見ると、比較的新しく、今はシートが敷かれているが、光沢を帯びているフローリングが透けて見えるようだった。

瞬間。


また"あの"視線を感じた。


忘れかけていた感じが戻る。

ただ、今回はすぐに消え去った。

一体何なんだ。

様々なことを思案するが、今のところどうすることも叶わなかった。

他の生徒が抱いている不安とは違った不安を覚えながら、リフの高校生活は始まった。



滞りなく入学式を終え、各クラスの教室へと移動する。

リノリウムの廊下を歩きながらリフは物思いにふけっていた。

何やら周囲の生徒の様子がおかしい。

漠然とだが、何かに怯えているような気がする。

いくら思案しても答えは出ず頭を掻く。

すると、近くを歩いている生徒がビクっと体を震わせた。

─どうしたんだ?

もう一度頭を掻くふりをする。

やはり近くを歩いている生徒が、先ほどよりも大きく震えた。

………嫌な予感がする。

こんなはずではなかったのにと、リフはこの先待ち受けているであろう展開に辟易する。

廊下の窓から外を眺めてみると、依然として春の爽やかな陽気が続いている。

リフの心情とは対比的なそれに対し、僅かに鬱積するが、それは全く以って無駄な八つ当たりである。

またもや気がつくと1年7組の教室に到着しており、リフは窓側から2列目最前列に位置する席に座った。

早々に席替えがあることを切に願いつつも壇上に立っている担任の話に耳を傾ける。

担任は白髪交じりの壮年の男で、少し頼りなさそうな印象を受けた。

やがて、教師の挨拶も終わり、生徒が順に自己紹介していくことになった。

エンジはテレビCMに出ても遜色ないほどの元気で溌剌とした自己紹介をし、クラスメイトからの好印象を勝ち取ったようだ。

彼のように自己紹介ができればいいのだが、それはリフにとっては少々ハードルが高すぎた。

『高すぎるハードルはくぐればいい』とよく言うが、この場合どうしたらいいのかよくわからない。

だが、無難なことを言っていれば問題は無いはずだ。

………現在自己紹介している男子生徒だが、急に寒いギャグを放った。

これぞまさに事故紹介というやつだろう。彼のようにはなりたくないと思いつつ、最初の犠牲が自分ではなかったことに安堵した。彼には悪いが。

まあ、最初の自己紹介のことなんて、1ヶ月もすれば大抵は忘れ去っているものだ。

リフは脳内に"無難"の二文字を思い浮かべ、それを刻み込んだ。


「では、次の子自己紹介をお願いします」


自分のひとつ前の生徒が自己紹介を終え、先生がリフに促す。

リフは席を立ち、結果的にいえばイメージの通り無難に自己紹介をすることができたといえる。

自己紹介を終え席に着こうとした瞬間、教室内が少しざわついた。

耳を澄ましていると口々に、やっぱりか、うそでしょ、などという穏やかではない単語が聞こえてきた。


「み、みなさん静かに。では次の方どうぞ」


担任が少し慌てて注意し、自己紹介が続行される。

その後、自己紹介、諸連絡と終了し、今日のところは解散となった。

帰り支度を始めていると、廊下からささやかな喧騒が聞こえた。

廊下方面を見ると、教室の入り口付近にちょっとした人だかりができていて、一人残らずこちらを見ていた。

その中の男子生徒が口にした言葉を、リフは聞き逃さなかった。


「あれが"現代の白い悪魔"か……」


聞き覚えも身に覚えもある忘れられない異名が確かに聞き取れた。


「な、なあリフ…これって…」


エンジが引きつった表情で近づいてくる。

言うまでも無く彼もわかっているだろう。リフの過去の噂は母校から離れたこの高校に通う生徒にも知れ渡っているようだ。

"現代の白い悪魔"とは、リフの噂を聞いた誰かが、リフの姿を見て名づけたのだろう。

限りなく白髪に近いノルディックブロンドに、色白の肌、瞳は冬の空を思わせる淡い水色。

エンジの言うとおり、アジア系の血が入っているようにはとても見えない養子をしている。


「噂ってのは怖いねえ…まさかこんなところにまで広まってるなんて」


『人の噂も七十五日』と言うが、リフの噂はかなり前に語られ始めた。

リフが小学生だったころのこと、あることがきっかけで同級生7人に怪我を負わせたのだ。

その噂は瞬く間に学校中に知れ渡り、リフに近づこうとするものは誰もいなかった。

弁明など出来る筈も無い。


その噂は噂ではなく。紛れも無い事実だったからだ。




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