気前のいい店
ある日の夜、サラリーマンの山本と西田は、会社帰りだった。既に一軒、会社近くの飲み屋で酒を飲んでいる。
「いやねぇ、二人揃って千鳥足なんて……」
すれ違ったおばさんが言った。しかし、二人には届いていない。
「まだ一軒行くだろっ。ヒクッ」
「当然だぁ。まだまだ飲めるぞぉ〜」
二人はいつになったら帰るのだろうか。今は午後十一時だ。
「山ちゃん。今日の部長はひどかったなぁ」
西田が話しかけた。
「あぁ、営業ミスを俺らの所為にするなんてなぁ」
西田も同意した。
「まぁ、気にするこたぁねぇ」
「そうだなぁ。んじゃ、あと一軒だな」
二人はそう言って、少し歩いた。すると『檸檬』という飲み屋を見つけた。
「なんて読むんだ?」
山本が聞いた。
「馬鹿っ。『れもん』だ」
西田が言った。
「飲み屋らしいな」
山本は看板を見て言った。「ここにするか」
「あぁ」
二人はそう言って店に入った。
「いらっしゃいませ」
店に入るなり店員が言った。中は飲み屋と言うよりバーのように見えた。二人はカウンター席に座った。
「ご注文は?」
バーテンらしき人物が言った。名札には『店長 小田』と書かれていた。
「何があるんだい?」
山本が聞いた。
「うちは、何でも揃えているよ。なんせ今日が——」
「はい?」
「いや何でもありません」
店長は首を振った。
「何飲む?」
西田が山本に聞いた。
「俺は……適当におすすめみたいな感じので良いや」
山本が小田に言った。「じゃあ俺も」西田が続けた。
「はい。ただいま」
小田はそう言うと一分足らずで、飲み物を二人の前に置いた。
「定番ですが、ジントニックです」
と言われても、二人はあまりピンと来なかった。二人ともその手の酒には飲み慣れていないのだ。
「いただきます」
二人は同時に口に運んだ。
「うまい」
二人は心の底からそう言った。
「ありがとうございます」
小田は丁寧に頭を下げた。
「他に……焼酎でもあるかな?」
山本が聞いた。するとカウンターの奥から一人の男が飛んで来た。名札には『マネージャー 坂田』と書かれている。
「すみませんね、お客さん。うちは見ての通りバー。焼酎なんてもんは置いてーー」
「わかりました。すぐ準備します」
坂田の声を遮って、小田が言った。
「何言ってんだ小田。ここに焼酎なんて……」
「大丈夫です。なんせ今日で……あれなんスから」
山本と西田には二人の声は耳に入らない。しばらくして、坂田は引き下がり、小田が焼酎を持ってきた。
「うまいなぁ」
山本は小田に言った。
「ありがとうございます」
小田はまたしても頭を下げた。
「店長さんも飲みましょうよ」
西田が言った。
「わ、私ですか? 今勤務中ですから……」
「固いこと言わなくていいでしょう。さあさあ」
二人に勧められ、小田は焼酎を飲んだ。
「美味いっすねぇ」
小田が言った。
「さあ、どんどん行きましょう!」
小田はさらに飲み続けた。
気前いい店だーー。山本はそう思った。
しかし、三十分がすぎ、なお小田は飲み続けている。
「大丈夫ですか? そろそろ控えないとまずいんじゃ……」
「へーきですよ! どーせ今日なんスから」
結局その後も飲み続け、二人が店を出たのは午前一時を過ぎていた。もちろん二人は帰ってこっぴどく叱られた。
次の日も大変だった。二日酔いは当然のこと。酔いの所為で営業ミス。取引先から取引停止、とまで言われた。二人は、謝り続け何とか助かった。
この日もやけ酒になることになる。二人は昨日の店『檸檬』に向かった。しかし、そこにあるはずの店はなかった。
「おかしいなぁ。ここで合っているはずだけど……」
「どこかで、道を間違えたか?」
しかし、どこにも『檸檬』はない。
少し歩くと、昨日と同じ景色があった。
「ここだよ」
山本は指を差した。しかし、その店はシャッターが閉まっていた。
「紙がかかっているぞ」
西田はその紙を読み始めた。
「お客様、各位にお知らせ致します。誠に突然ですが、檸檬は閉店致します。実は昨日最後に来たお客さんが、通算千人目でした。最後に焼酎を頼まれた方です(笑)ご来店、ありがとうございました。店長 小田……」
手紙を読んだ西田は黙り込んだ。
「昨日が最後だったんだ……」
山本が小さく言った。
「あぁ……やけに気前が言いわけだ」
西田は頷いた。
「今日は帰ろう」
「そうだな」
二人はそう言って歩き始めた。
二人の頭には笑いマークだけが、消えずに残っていた……。
あまり笑えないかも……笑