パート7
再び真里菜を落ち着かせて、また幸について新しく分かった事の説明。
でも今度は俺からではなく、本人からの説明だ。
「…………ペコリ(初めまして、私、幸といいます)」
「え、えっと……あたしはこいつの幼馴染で、浜端真里菜です」
真里菜も幸に釣られて、お辞儀をしていた。
「私はこのアパートの管理人で、佐藤香里です」
そして香里さんも。俺はさっき風呂に入る前にすでに言ってあるので、これで全員の自己紹介が終わったわけだ。
「じゃあさっそく、香里さんが買ってきてくれたシュプランのケーキでも頂こうか」
「なんでそうなるのよ!」
スパーンッ、と頭を叩かれた。なぜだ。
「まだこの子について何も聞いてないでしょ!? なのになんでもうケーキ食べようとしてるのよ!」
「いや、真里菜。幸の視線を見てみろ」
「え?」
「………………」
じーっ。
真里菜が見てみると、幸はさっきからずっとケーキの匂い(主に苺とか)がするシュプランの箱を見ていた。
「な?」
「そう、みたいね……」
なんだか真里菜は一気に脱力していた。まあ無理も無いだろうけど。
なにはともあれ、みんなケーキでも食べれば幸についてもあまり質問とかしなくなるだろう。
幸がどうしてあんな所で倒れていたのか。
その理由が、ただの一般人には到底想像さえ出来ないほど、壮絶な理由なのだから。
ほんの少し前、俺が幸を風呂に入れようとした時だった。
突然喋れないはずの幸が話し出したのだ。いや、正確には頭の中に直接響くように聞こえてきた。
「…………(あ、あの……)」
「ん?」
「………………(どうして、幸を助けてくれたり、いろいろしてくれるんですか?)」
俺の目をしっかりと見ながら、この子の声がした。多分、映画やSF小説なんかであるテレパシーみたいなものだろう。
俺は内心そんなものが実在している事に驚きながらも、この子にきちんと答えてやった。
「んー俺ってさ、昔から不幸な事がよく起こるんだよ。さっきみたいに鍋に足を入れちゃって転んだりとか。まあ俺の不注意のせいなんだけどさ」
「…………」
「だからなのか、俺以外が不幸になるとこってあんま見たくないんだよ。もし不幸になりかけていたら、俺はそいつを助けてあげたい。何をしてでも。もちろんそれは幸、君も含めてるつもり」
「………………(え、あの、なんで私の名前……)」
「さっき自分のことを幸って言ってただろ? あとそのテレパシーみたいのは俺とかにしか使わない方がいいぞ」
「…………(え、あ、はい)」
顔の表情はまったく変わってないから分かりにくかったけど、聞こえてくる声は思いっきり戸惑っているのが分かる。その様子がおかしくて、俺は少し笑ってしまった。
「…………?(な、何か可笑しかったですか?)」
「ああ、いや、なんでもないよ」
そう言いながら、俺は風呂がちゃんと沸いているかどうか確認する為に、風呂場の中に入る。この前、いざ入ろうとした時に栓が抜けていて、かなり悲しい思いをしたことがある。
けど今度はちゃんと栓はしてあって、風呂もちゃんと沸いている。
じゃあ早く幸を呼ぶか。いま裸で待ってるから、寒いと思うし。
「幸、もう入って――」
そこで一歩後ろに足を引いたのがいけなかったのか。
ちょうど足を置いたところは濡れていたみたいで、俺はそのままズデーンッ! と派手な音を立てながら、また転んでしまった。
「…………!(だ、大丈夫ですか!?)」
すぐに心配してくれた幸が声を掛けてくれた。俺は心配させまいと、すぐに立ち上がろうとする。
「大丈夫大丈夫。ただ転んだだけ……ってうわ!?」
だけど焦っていた俺は、すぐにまた足を滑らせて再び転んでしまった。くう、これはかなり恥ずかしいぞ……。もしかすると笑われてるかもしれない。
けれど、それは全部俺の思い過ごしだった。
「………………」
何故か幸は、目から大粒の涙を流していた。