パート55
「さ、ち……?」
扉を開けたその向こうにいたのは、まだ洗濯物を畳んでいるであろう幸と瓜二つの少女。
俺の過去に初めてあった、あの幸だった。
「違うわ、私は『ユキ』よ」
「――――え?」
けれどそれをあっさりと否定されてしまった俺は、間抜けな声を出してしまった。
「とりあえず、中に入って下さい。詳しい話はきちんとしますので」
「え、あ、はい」
訳の分からないまま、俺は管理人室の中に入っていった。
中は俺が借りている部屋より少しだけ広くて、けれど家具などは必要最低限のものしか置かれていなかった。部屋の中心にはちゃぶ台が置いてあり、そこの上にはシュプランのケーキが置いてあり、幸……じゃなくて、ユキがすでに食べ始めていた。
「ふぁにしてるのよ、ふぁやくすわりなふぁい」
「あ、ああ……」
つまりこれは、ケーキを食べながら話をするという事か。いろいろと疑問が沸いてくるけど、今は従うしかなさそうだ。
「ふう……。とりあえず、言う機会がなかったから今言うわ。久しぶりね、幸一君」
「……久しぶりという事は、やっぱり君はあの時の公園であったあの子でいいんだよな?」
「ええ。正直、覚えててくれてたなんて驚いたけど」
実際の所は、幸と出会ってからうっすらと思い出したんだけれど。
でも、ユキはあの頃に出会ったときとはまったくと言っていいほど容姿に変化がない。まるで成長していないかのように……。
「さてと、どこから話そうかしら……。いろいろと話すことが多すぎて、何から言えばいいのやら」
「まず、君は今までどこにいたんだ? それから名前――もともと君の名前はユキじゃなくて幸じゃなかったのか? 偽名なのか?」
「ちょっと待ちなさい。私はそこまで記憶力はないんだから、一斉に質問しないでくれる?」
「……悪い」
湧き上がる様々な疑問を吐き出さないように、俺はケーキを一口食べて落ち着かせる。
「その事を説明するには、わたしについていろいろ話さないといけないわね……。私の正式名称は『実験体S』。あなたに拾われた幸って子と同じ、あの男によって研究体として使われた、いわゆる捨て子よ」
「実験体……! それに、捨て子だって!?」
「ようは、社会としては存在しない子と言った方がいいかもしれないわね。そういう子ばかりを集めて、あの男は実験に使っているのよ」
さっきから出てくるあの男というのは、おそらく五島の事だろう。
「そして拾われた私は、体のあちこちを弄られてとある体質を植え付けられた。それは『不幸を無力化する体質』よ」
「不幸を無力化って……それって、確かあいつの目標のじゃなかったか?」
――もし、この世界に不幸というものが無くなるとしたら。
脳内で五島が言っていた言葉が再生される。話だけを聞くと、確かにそれは誰でも考えたことはあるかもしれない。
けれどその内容は、とても許せるものではなかった。
「ええ。でもあの男の目的は『不幸を消すこと』。私のはただ『無力化』させるだけ」
「……悪い、どういう意味だ?」
「分かりやすく言うとするなら、そうね。不幸という元はそこに有り続けるけど、しばらくの間だけそれが起こらないようにする事が出来る体質、ってところよ。炭酸ジュースとかあるでしょ。何もしない限り炭酸はそこに有り続けるけど、振ったり衝撃を与えたりすると炭酸は抜けてしまう。それと同じよ」
分かったような、分からないような……なんとも微妙な例えだな。
「元々、不幸というものは何かのきっかけがない限り起こらない物なのよ。全ての現象には理由があり、原因があるのよ」
「どこぞの偉人が言ってた気がする台詞だな……」




