パート53
「………………?(……幸一、さん?)」
「いいか幸。よく聞いとけよ」
俺は幸を抱きしめながらゆっくりと、はっきりと聞こえるように言ってやる。
「いつ、俺がお前のことを迷惑だって思ったんだよ。ふざけんな! 俺は……俺はお前が来てから楽しかった! 毎日、充実していた! きちんと――幸せだった!」
心の底から、俺は幸に対して思っていることをぶちまけた。
「俺がよく不幸な目に遭うのは昔からだし、そんなのは慣れてる。だから幸が気にするようなことなんて一つもないんだ。これは全部俺だけの問題で、幸は関係ないんだよ」
「…………」
「幸のさっき言ってたことは全部、俺はまったくと言っていいほど気にしない。俺が気にするのは、幸がきちんと、幸せと感じてくれてるかどうかだけなんだよ」
「…………!(そん、なの……!)」
動かせなかったはずの腕が俺の背中に伸びてきて、強く離さないかのように俺を抱きしめてきた。
「…………!(幸せじゃないと、思えなかった……! 思っちゃいけないはずなのに、幸せだとしか、感じられなかった……!)」
「それでいいんだ……お前にだって、幸せになる権利があるんだ」
人は誰しも、幸せになれる権利を持っている。
不幸のどん底にいた俺が、幸せは必ず裏切ると決めつけていた俺が、今こうして幸せだと大声で言えるぐらいに幸せと感じれるようになった俺が、ここにいるんだから。
だったら――俺と同じ不幸を抱えてる幸が幸せになれない理由が、どこにある?
「帰ってこい、幸。また菊恵先輩に頼んで、ケーキ食べさせてもらおう」
宙に浮かんでいた鉄くずが、地に落ちる音がした。
「……ふぅん? これはまた興味深い結果になったというか……」
幸の暴走が収まる様子を、遠くから眺める姿があった。
「いや、ある意味予想通り? まあ収まってもらわないと僕自身も助かったというべきかな」
視線の先にあるのは朽ち果てた工場。壊れた壁の隙間から見えるのは、今もなお泣き続ける小さな少女とそれを抱きしめる少年。少女による起こされた現象はすでに収まっており、その二人に近づく少年の友達二人。
それを見ながら――五島は微笑んでいた。
「うーん、これはまた新しい実験を考えておかないとなぁ」
片手にはメモ帳。そしてもう片方でペンを走らせながら、今後どうするべきかを記録し続ける。
「まさかこんな所に天然物が存在してるだなんてね……。今すぐあの田中幸一を監禁でも――」
「――そんな事を、させると思うどす?」
「…………させない」
そんな五島の後ろに、二人の少女が立ちふさがった。
洋介に工場の外で待機しろと言われていた、斎京菊恵と田中京香だった。
「……おや。まさか今の独り言を聞かれていただなんて」
「うちもよー事情分っとらんけど……お前はんだけは、見逃しとったらあかん」
「………………」
今にも飛びかかってきそうな二人を前に、五島は両手を上げててまいったと言わんばかりに、苦笑した。
「さすがにそんな事は出来そうにないな。これだけの仲間がいれば、手出しはなかなかに難しい。だから……」
自分が追いつめられているにも関わらず、大胆不敵な笑みを顔に浮かべる。
「また、今度にでも研究させてもらうよ。それまでお元気で」
そう呟くと同時に、五島の姿が一瞬で消えた。
「…………!?」
「なっ――」
急いで辺りを見渡しても、五島の姿はどこにもない。
目を離したわけでもない。目が乾燥をするのを拒絶するために、必然的に起こしてしまう瞬きをした瞬間、さっきまでいたはずの五島の姿が忽然と消えた。
「……とりあえず、全部終わったどす?」
「…………その、はず」
しばらく警戒したが、周りには誰にもいないことを確認した二人は、もやもやとする気持ちを抱えつつもみんながいる工場の中に入っていった。




