プロローグ
某時刻、とある施設にて。
「駄目です! 実験体Fの動きを止めることが出来ません!」
「どうなっている!? 実験体とはいえ、相手はただの少女なんだぞ!?」
警報が鳴り響いている部屋では、白衣を着た研究員があわただしく動いていた。
「何故止められないんだ!」
「そ、それが……本日は警備員の数がもっとも少なくなる日で、さらに逃亡防止のシャッターやシステムなども点検していたため、今この施設は逃げる事が容易くなってしまっているのかと……」
「なんだと……?」
なんとも悪運の強い奴だ。これじゃあまるで……。
「まるで、何もかも彼女の計画通りみたいだね」
「班長!」
部屋に入ってきた班長と呼ばれた男は、監視カメラに映っている映像を見る。そこには長くて黒い髪をなびかせながら必死に逃げている少女の姿があった。
「警備兵が少ないとはいえ、いるにはいるんだろう? 状況はどうなっているんだい?」
男の口調は慌てておらず、どこかでこの状況を楽しんでいるかのようだった。
『こちら捕獲班! あともう少しで……うわあっ!?』
「捕獲班? おい、一体何があったんだ!?」
『く……か、階段を降りて先回りしようとしたら、何故かワックスがこぼれていて全員階段から転げ落ちてしまった。しかも運が悪い事に足が変な方向に曲がってる奴もいる! 頭を打って気絶している重傷者まで出た!』
「そういえば、階段付近は本日清掃だったはずです……。おそらく清掃中に警報がなったため、そのまま放置されていたかと……」
「何故だ!? 何故こうも不幸な出来事が続くんだ!?」
「おそらく、それが彼女の力なんだろう」
このままだと逃げられてしまうというのに、班長だけは笑みを浮かべていた。
「何故警備兵が少ないのか? それは今日が祝日だからだ。そんな単純な理由に見えるが、ここでは彼女にとってまったく関係ないことだ。そもそも彼女は今日が祝日だということも知らないだろう。
そしてシャッターやシステムの点検についてもそうだ。これもウイルスがたまたま発見されたことにより、全て停止しなくてはいけなくなった。
そして最後に清掃でそのままにしてあったワックス。なんとも我々に不幸な出来事が起きているな?」
「ま、まさか……」
そんなはずはない。何故なら彼女は不幸そのものなのだ。周りに撒き散らすのではなく、溜め込むしか出来ないはずの存在だ。
「もし、これが彼女の力だというのなら。この実験は成功したも当然だ」
「で、ですが班長。このまま実験体Fを逃がしてもいいのですか?」
研究員がおずおずと尋ねると、あたかも当然のごとく、班長は首を縦に振った。
「このまま逃がしたとして、これから彼女はどうやって生きていくんだろうね? 大いなる興味があるよ。今度はそれのテーマに研究していこう」
それだけを言って、班長はデータの解析をするために自分の部屋に戻っていった。
唖然とする研究員たち。
モニターの向こうでは、少女が施設を出ていくところだった。