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欅並木のゴーストパッチと、二重鍵(デュアルキー)の暗号

・・・

深夜の『三枝堂』。私は、没収したチートツールに残された「リプレイ攻撃」のパケットログを精査していた。

 三枝を模したあの悲鳴。その莫大なデジタルな残響の末尾に、二箇所だけ、チェックサムの合わない「不自然な空白パディング」がある。


「……これ、単なるバグやないわ。意図的に……誰かが後から差し込んだ、隠しインデックスや」


その空白をバイナリ・エディタで強引に展開すると、そこには三枝の署名シグネチャを巧妙に模倣した、けれど決定的に「冷徹な」暗号化アルゴリズムが組み込まれていた。


 そして、よく見ればデータの合間にZWSP(ゼロワイドスペース)が散りばめられている。


 誰かが、三枝のコードを『苗床』にして、何かを育てようとしている。その事実に、私の耳には不快な金属音のノイズが響き続けていた。


・・・

 翌日の昼下がり。大國魂神社の欅並木で、特定のベンチ周辺の空間が「反転」したような視覚ノイズが発生しているという報告が入った。

 現場に急行すると、そこにはすでに彼――ハンターが、鼻をひくつかせながら立っていた。


「……よお、店主。ここ、昨日のMMOと同じ臭いがするぜ。……それも、もっと『人工的な、消毒薬のような臭い』だ」


「……やっぱり。誰かがここに、MMOの暴走を現実リアルに物理デプロイするための『中継器』を仕掛けたんやわ」


ベンチの裏側に隠されていたのは、六角形のエンブレムが刻印された、見たこともない黒い基板だった。

 私がノートPCを接続した瞬間、画面いっぱいに「暗号化されたメッセージ・ボックス」がポップアップした。


・・・

『――この鍵を開けられるのは、光と音を同時に識る者だけだ。』


画面に浮かんだ、無機質な文字列。

 それは三枝の筆致に似ていたが、どこか挑発的で、私たちの「能力」を知り尽くしている者の仕業に思えた。


「……これ、二重鍵デュアルキーやわ。……私が『ロジック』を整えとる間に、あんたが『光(座標)』を指定せなあかん。……一秒でもズレたら、データは自己崩壊セルフデストラクトする」


「……やってみて、それを全力で合わせるしかねえだろ。……店主、俺を信じろ」


彼は、私の背後に回り込むようにして、私の肩越しに画面を覗き込んだ。

 近すぎる距離。彼の体温と、微かな「良い匂い」が私の五感を狂わせようとする。


「……ちょ、近いわ、アホ! ……集中できへんやろ……」


「うるせえ、画面見ろ! ……今だ! 花びらが、その『三行目』のポインタに集まってるぞ!」


彼の叫びと同時に、私の耳に「とろけるような和音」が響いた。

 私は、その和音が最も美しく重なるタイミングで、エンターキーを叩いた。


――カチッ。


暗号が弾け、画面に一通のテキストが表示される。

 それは三枝の声ではなく、もっと冷たく、けれど確かな意志を持った誰かからのメッセージ。


『――デバッグ完了。……君たちのスペックは、十分に基準値ベンチマークを満たしている。……続きは、次の舞台で。』


その直後、並木道に降り注いでいたセピア色の幻影が、一気に掻き消えた。

 残されたのは、静まり返った欅の葉音と、重なり合ったままの二人の鼓動だけ。


・・・

 彼はしばらくの間、私の肩に手を置いたまま、消えた画面を見つめていた。

 その手のひらの熱さが、解けなかった暗号よりもずっと、私の心に深く「書き込み(ライト)」されてしまったような気がした。


ふと、背後の暗がりに視線を感じて振り返る。だが、そこには風に揺れる欅の影があるだけだった。

 

「……あんたの手、あったかいわ。……バッファオーバーフローして、私の顔まで熱くなってるやん。……知らんけど。」


私は、彼の手を振り払うこともできず、ただ夕暮れの参道を見つめていた。

 私たちの知らないところで、誰かがこの「数値」を記録しているとも知らずに。

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