表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

武蔵国の厄払いと、大吉の再帰ループ

・・・

昨夜のMMOでの衝撃――あのShoutの残響が、耳の奥から離れない。

私は重い足取りで、府中駅前の再開発されたペデストリアンデッキを歩いていた。昼下がりの強い日差しが、寝不足の目に刺さる。


目に入るのは、ラグビー型の気温系だけだった。


「……腹減ったわ。思考回路が完全にデッドロックしとる」


そう独り言ちた瞬間、目の前に、見覚えのある猫背の背中が現れた。


「……よお。あんたも『らいおん』か?」


振り返ったのは、主人公ハンターだった。彼は昨夜の白魔道士の面影など微塵も感じさせない、いつも通りのぶっきらぼうな顔で立っている。


「……冗談やめて。今日は『紅』の辛みで、脳内のキャッシュを強制クリアせなあかん気分なんやから」


「またそれかよ。あそこの辛さは、せっかくの出汁のロジックをぶち壊しちまうだろうが。いいから今日は『らいおん』のネギの鋭さを味わえって」


結局、押し問答の末にどちらかの店へ転がり込み、私たちはカウンターで肩を並べた。

麺を啜りながらも、会話は自然と昨夜のことに向かう。


「……なあ。昨日のShout、聞いたか?」


「……聞こえたわな。嫌な『ノイズ』やったわ。……あれ、三枝のチャット……やなくて、くせそのものやった」


彼は箸を止め、どんぶりの底を見つめた。

「幸せに向かって前を向くには、あの日から進んでない時間を動かさなきゃいけない。……そうだろう?」


私は答えられず、ただ激辛のスープを飲み干した。


三枝……


・・・

欅並木の木漏れ日を抜け、私たちは大國魂神社の境内にいた。

依頼主は、この神社の神主。三枝が消えたあの事故の際、真っ先に駆けつけてくれた、私たちの事情を知る数少ない理解者の一人だ。


「……よく来てくれた。実は、奉納されたこの『みくじ筒』を鑑定してほしいのだ」


神主が差し出したのは、黒ずんだ漆塗りの筒だった。

一見、何の変哲もない。だが、私の耳には、筒の中から「ガチガチ」と歯車が噛み合わないような、不快な「金属音のノイズ」が聞こえてくる。


「これ、誰が引いても『大吉』が出るんです。だが、引いた者はその直後、まるで運命を吸い取られたかのように、大切な品を失ったり、事故に遭ったりしている……。だから、運が良いのか、悪いのか……」


「……最高の結果(大吉)を見せておいて、代償を毟り取るってわけか。えげつない仕様やわな」


私はルーペを取り出し、筒の底に刻印された術式をスキャンした。

ITエンジニアとしての視界が、物理的な筒の奥にある「論理構造」を暴き出す。


「……これ、『魔法的な再帰ループ』が組まれてる。……未来の幸運を現在に強制的に『インポート』して、固定しとるんやわ。……でも、参照元の未来が空っぽになるから、現実との整合性が取れんくなって、エラー(不幸)が起きてる」


「俺の目には、この筒から黄金の花びらが噴き出してるように見えるぜ。……でも、鼻が……鼻がひん曲がるほど、焦げ付いた嫌な臭いがしてやがる」


最高の結果。最悪の過程。

その矛盾した鑑定結果こそが、この「呪われた大吉」の正体だった。


・・・

私が術式のデバッグを試みようとした、その時だった。

筒の中に眠る魔力が、私の「青い珠」と、彼の懐にある「赤い珠」に共鳴し、暴走を始めた。


視界が歪む。

神社の境内が、あの日、三枝が消えた実験室の風景と重なる。


『――助けて、三枝!』


過去の自分の悲鳴が、再帰ループの渦の中から聞こえてくる。

この筒の術式は、あの日、三枝が私たちを救うために発動させた「自己犠牲のプロトコル」と同じ構成ロジックで作られていたのだ。


三枝は、自分というリソースを犠牲にして、私たちの「生存」という大吉を確定させた。

そして今、この筒もまた、誰かの幸せを犠牲にして、偽りの幸運を吐き出し続けている。


「なんで?なんで?なんで?なんで?なんでなん?」


「……っ、三枝! また自分を犠牲にするようなコード書いて……! ほんま、あんたはバカやわ!」


私は叫びながら、キーボードを叩くように筒の側面にある魔法文字を組み替えていく。

ループを断ち切るんじゃない。

「適切な待機時間ウェイト」と「例外処理エスケープ」を挿入し、過剰な幸運のインポートを停止させる。


「やってみて、全力で止めるしかねえだろ! 幸せを前借りしてまで手に入れるもんじゃねえ!」


主人公が、強引に筒の口を抑え込む。

彼の腕から飛び散る火花と、私の耳に響く絶叫のようなノイズが混ざり合い、そして――。


一筋の清涼な鈴の音と共に、暴走は収まった。


・・・

筒の中からは、一瞬だけ、三枝の笑い声が聞こえたような気がした。

呪いは封印され、筒はただの古い古道具に戻った。


神主から礼を言われ、私たちは拝殿を後にする。

夕暮れの大國魂神社。参道には、新しく結ばれた真っ白なおみくじが風に揺れていた。


「……大吉やからって、手放しで喜んだらあかんわな。……本当の幸せは、バグもエラーも抱えたまま、一歩ずつ進んでいくもんやわ。知らんけど」


「……ふん。俺がさっき引いた『末吉』のほうが、よっぽどいい匂いがするぜ」


彼は、鼻を鳴らして笑った。

その懐にある「赤」と、私の胸にある「青」。

二つの珠が、今は穏やかな、とろけるような甘美な音を奏で合っている。


「……いつか、このループを完全に抜け出すパッチ、見つけなあかんな」


夕闇に溶けていく欅並木を見上げながら、私はそう確信した。

知らんけど……と付け足すのを、今日だけは忘れたままで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ