蝉・ファイナル!?
数日後、タカシはネットで調べ上げて入手した『蝉対策グッズ』を携え、意気揚々と老木に挑む。今日も今日とて蝉は老木に集まり大合唱を繰り返す。
ジジジジジジジジジ!ミーンミンミンミン…ジジジジジジツクピーヨツクツクピーヨ!
「こいつら、コンビニの前で屯してるDQN集団かよ!くそったれ!…だが、それも今日までだ!!」
まずは『超音波式虫よけ装置』。コンセントもない木の周りでどう使えばいいのかわからず、電池切れで即終了。
次に『粘着テープ式トラップ』。木に巻きつけた瞬間、自分の服がくっついて動けなくなる始末。タカシは慌ててTシャツを脱ぎ捨てて窮地を脱した。
「くそっ、蝉め、笑ってやがるな!?」
蝉のジジジジという音に勝手に煽られている気分になるタカシ(38)。暑さと大合唱の五月蠅さで彼のイライラは頂点に達しようとしていた。先ほどのトラップでTシャツが犠牲になり、上半身裸の状態でタカシはワナワナと震えるだらしない肥満体を必死で抑える。
「よかろう。ならばこれでどうだ!」
最終兵器として、タカシは『蝉・ファイナル』という謎のスプレーを通販で購入していた。商品説明には「これを木に吹きかければ、蝉は二度と戻らない!」と大仰な文言。見た目も悪趣味な黒と紫色の怪しさ満点の不気味な色合いだが、他に有効な手段は今のところ思い当たらない。
タカシはスプレー缶を手に、老木に群がる蝉に向かって叫ぶ。
「覚悟しろ、貴様ら! これが俺の究極奥義だ!喰らいやがれ!蝉ファイナルフラーーーーッシュ!!」
ブシューーーーーーーーーッ!
スプレーの噴射口からは白い薬剤が煙状に飛び出し、辺り一面が白い世界に変化する。スプレーの中身が無くなるまで、タカシは一心不乱に蝉を攻撃し続けた。
白い煙が晴れ、視界が徐々に明瞭になったと同時に、なんと奇跡的に蝉の動きが止まり、大合唱がピタリと止んだ。
「…やった! ついに勝利したぞ!俺の生涯に一片の悔い無し!!はーっはっはっはっはっは!!見ろ、蝉がゴミのようだぁぁあああ!!」
タカシはどこかで見たような拳を天高く突き上げるポーズを決めつつ、某大佐の超有名な台詞を口にしながら聖域アパートに戻って缶ビールを開けた。
「ぐうううっ…キンッキンに冷えてやがる…っ!涙が出るっ!犯罪的だ…うますぎる…!」
やっと訪れた静かな夏の夜、最高の気分での祝杯。その甘美な味にタカシは酔いしれた。
* * * * *
翌朝、タカシが目を覚ますと窓の外は異様な光景が広がっていた。『蝉・ファイナル』の効果は抜群で、蝉の声は消えていた。だが、代わりに、木の周りに数多の不気味な黒い影が蠢いている。
「な、なんじゃこりゃあぁああ!?」
アパートの屋根まで黒く埋め尽くすカラスたちが、青い夏空を覆い隠すほどの大群で押し寄せてきていた。
老木には大量のカラスが集まり、ギャアギャアと騒ぎながら何かを啄ついばんでいる。目を凝らしてよく見ると、カラスが蝉を片っ端から食べ尽くしていたのだ。食物連鎖の地獄絵図の一端を見せつけられたタカシは窓の前で唖然とする。
「え、ちょ、待てよ!スプレーの効果って…これ?」
タカシが空になったスプレー缶を手に取ると、小さな文字でこう書かれていた。
≪警告:強力な誘鳥成分が含まれるため、カラスが集まる可能性があります≫
その日から、タカシのアパートは蝉のジジジジ大合唱から、カラスのギャアギャア大合唱に変わった。睡眠時間はさらに2時間に減り、結局タカシは何の成果も得られなかったのだ。
「来年こそは…俺の平和を取り戻す!!」
こうして、タカシは新たな闘志を燃やすのだった。
―END―




