芸人が小説を書く理由
芸人の書いた小説はなぜ売れるのでしょうか。出版業界を見ていると、たびたびこの現象に出会います。
代表例としてよく挙げられるのが、又吉直樹氏の小説『火花』です。2015年に発表され、第153回芥川賞を受賞しました。発行部数は300万部を超え、出版不況の時代において例外的とも言える大ヒットになりました。「芸人が文学賞を取る」という出来事自体がニュースになり、出版業界の象徴的な出来事として語られています。
しかし、よく考えると少し不思議な話でもあります。小説を書きたい人は日本にいくらでもいるのに、なぜ芸人の書いた小説は売れやすいのでしょうか。
まず大きいのは、やはり知名度です。芸人はテレビやラジオ、ネット番組などで既に顔と名前が知られています。書店に並んだとき、「誰が書いたかわからない新人の小説」より、「あの芸人が書いた小説」のほうが手に取られやすいのは当然でしょう。出版において最も難しいのは、最初の一冊を買ってもらうことです。芸人はそのハードルを最初から越えているわけです。
もう一つは、芸人という職業が持つ「物語感覚」です。ネタ作りは短いストーリーを作る作業でもあります。観客の反応を見ながら構成を調整し、テンポを整え、オチを作る。そうした経験は、文章を書くときにも意外と役に立ちます。会話のリズムや人物観察の鋭さは、むしろ職業的に鍛えられている部分かもしれません。
さらに、出版社側の事情もあります。出版市場が縮小するなかで、出版社は「売れる可能性が高い企画」を強く求めています。新人作家のデビューはどうしてもリスクが大きい。一方、芸人やタレントはすでにファン層を持っており、テレビ出演などを通じて宣伝効果も期待できます。つまり芸人の小説は、内容だけでなくマーケティングとして成立している企画でもあるのです。
最近の例で言えば、若林正恭氏(お笑いコンビオードリー)の小説『青天』が話題になりました。発売後に10万部の増刷が発表され、大きくニュースになっています。オードリーのファンはおそらく数十万人規模で存在するでしょう。そのうちの何割かが「読んでみよう」と思えば、それだけで相当な部数になります。
ここから見えてくるのは、オールドメディアの力はまだまだ健在だということです。テレビやラジオで長年人気を築いた芸人には、確実に固定ファンが存在します。そのファンが本を買う。この単純な流れは、出版というビジネスにおいて非常に強い力を持っています。
出版不況と言われる時代でも、本が売れる瞬間はあります。ただ、その多くは純粋な文学評価だけで決まるわけではありません。知名度、ファン層、メディア露出、話題性――そうした要素が重なったとき、本は売れます。
芸人の書いた小説が売れる理由は、案外シンプルです。すでに読者がいる人が書いているから。
出版の世界では、その一点がとても大きいのです。
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