書評「キン肉マン」
――「努力・友情・勝利」、そして和解という力
絶賛連載中の『キン肉マン』は、とてつもなく熱い漫画です。
1979年に連載が始まり、社会現象ともいえるブームを巻き起こした本作。超人プロレスという荒唐無稽な設定でありながら、物語の軸は驚くほど明快です。
努力・友情・勝利。
その三語を照れもなく真正面から描き切る胆力。そこが最大の魅力でしょう。
主人公キン肉スグルは、最初から強いヒーローではありません。むしろドジで泣き虫で、頼りない存在です。しかし敗北し、特訓し、仲間に支えられながら、何度も立ち上がる。その姿に、読者は自然と肩入れしてしまうのです。
友情もまた、単なる飾りではありません。ロビンマスク、テリーマン、ラーメンマン、ブロッケンJr.。かつて敵だった超人たちが、やがて信頼で結ばれる仲間になる。命を賭して助け合う姿は、今読んでも胸が熱くなります。
そして勝利。ただ勝つのではない。苦難を越えた末の勝利であることが重要なのです。
最近の漫画やアニメを見渡すと、ここまで直線的に「努力すれば報われる」と描く作品は、やや少なくなった印象があります。
努力しても報われない現実。理不尽な世界構造。共感や関係性を重視する物語。
それらは現代社会の空気を映しているのでしょう。だからこそ、『キン肉マン』の清々しさが際立ちます。理屈より魂。分析より叫び。勝利を諦めず、友情を裏切らない。
過去のエピソードにおいて、設定の整合性は緻密とは言えません。ですが、それを凌駕する“熱量”があるのです。そして、その設定の粗さを逆手に取った新解釈で40年ぶりに整合性を完成させてしまう。
そして読み返してみると、実はもう一つ、大きなテーマが流れていることに気づきます。
それは――和解です。
戦いは激烈です。残酷な描写もあります。試合の中で命を落としたかのように描かれる場面も少なくありません。
けれど本当に取り返しのつかない「死」は、意外なほど少ないのです。
実は死んでいなかった。別の形で蘇った。いつの間にか復活していた。
豪快と言えば豪快ですが、そこには明確な思想が感じられます。戦いはあっても、断絶はしない。対立はあっても、最後には許し合う。
かつて敵だった超人が、やがて理解し合い、共闘する。分かり合えなかった者同士が、拳を通して信念をぶつけ合い、最後には互いを認める。
戦いそのものが、一種の対話なのです。
現代で、「分かり合えない相手でも、酒を酌み交わせば分かり合える。」と言う人もいます。それを嘲笑する人もいます。
これは理想主義かもしれません。しかし、冷笑が広がる時代にあって、この理想を真正面から描き続けること自体が、むしろ強い姿勢なのではないでしょうか。
最近は、往年のファンだけでなく、新シリーズから読み始めた読者も増えていると聞きます。懐かしさだけでは説明できない広がりがあります。
それはきっと、「まっすぐな物語」への渇望なのだと思います。
努力はダサくない。
友情は綺麗事ではない。
勝利は目指していい。
そして最後は和解できる。
『キン肉マン』は昭和的で、暑苦しくて、とびきり人間臭い。けれどその熱さは、今読んでも色褪せません。
複雑な時代だからこそ、こんな一直線の物語が胸に刺さる。
努力・友情・勝利。そしてその先にある和解。
この四つの柱こそが、本作が長く愛され続ける理由なのだと思います。




