黒く染まった川⑥
「グオオオッ!!」
キメラが口を大きく開くと、滝壺の水が一気に勢いを増し、レーザーのように細長く絞り出された水流が轟音と共に放たれた。
「うわっ!?」
タイオンが思わず後ずさる。水流は滝壺の周囲の石や木を打ち砕き、飛び散る。
「うわぁっ!?」
ノアも踏ん張り、石に掴まって身をかわす。
アーサーは冷静に飛び、軽々と水流を避けた。
レヴィンは2人を庇うように立ち、掌から波動を放つ。
――バシュッッ!!
水流は波動に弾かれ、霧となって滝壺の奥へ飛び散った。
「ありがと…レン…」
腰を抜かしたタイオンが、小さく礼を言う。
「なんだありゃ…まるで水がレーザーみたいだ…!」
ノアは驚きと戦慄で声を上げた。
「油断するな…まだこっちを見ておるぞ」
アーサーの声に、レヴィンの目が滝壺の奥を鋭く見据える。
黒い水面の中で、キメラの赤い瞳がじっと光っていた。
「行くぞい!! レヴィン」
「はい!!」
2人は同時に跳び上がり、滝の水を切るように剣を振り下ろした。
斬撃が滝を再び割ると、黒く淀んだ水の中からキメラの姿がふわりと浮かび上がる。
黒く淀んだ滝壺の水面が、うねるようにぶくぶくと沸き立つ。
水の影から、キメラの異形の手が伸び、タイオンとノアを捕えようとする。
「うわあああ!?」
タイオンの悲鳴。
「やめろ…!」
ノアの叫び。
「む…いかん!!」
アーサーが咄嗟に腕を伸ばす。
「くひ…私の滝の水の中で息絶えるがよい…」
低く響くキメラの声に、空気が震える。
「喋った!!」
レヴィンは思わず声を上げる。
「今そんなこと…気にしてる場合かー!」
ノアは突っ込みつつも、力を振り絞って踏ん張った。
アーサー「お主ら聖騎士なら、切ってみい!!」
ノア「この影みたいのを!?」
アーサー「今後もレヴィンに守られっぱなしでいる気か!!」
タイオン「…!!!」
覚悟を決めたタイオンは、初めて剣を抜き、水の影のように揺れる束へ力強く突き刺した。
ノアも少し遅れて剣を構え、同じく影の束を斬りつける。
黒く淀んだ水が二人の剣に絡みつき、バチバチと霧となって飛び散った。
レヴィン「いいぞ…二人とも、行ける!!」
アーサーも剛腕を構え、次の一撃に備える。
レヴィンはキメラの頭上に跳び上がり、剣を振り下ろした――
しかし、硬い鱗が刃を受け止め、鋼の衝撃だけが腕に跳ね返る。
「くっ…!!」
金属音が滝の轟音に混ざり、辺りに響き渡る。
アーサー「わしの出番かのう?」
剛腕を低く構え直し、蒸気のような熱気をまとって立つ。
体からみなぎる力が空気を震わせ、威圧感が辺りに充満する。
「これで…一気に叩き割るぞい!!」
その瞬間、キメラは2人を諦めたように、黒い水の手のような影でレヴィンの足をがっしりと掴む。
「ぐあっ!?」
ノアとタイオンの悲鳴が響く。
レヴィンは真っ黒な水中へ引きずり込まれる。
キメラの手の力は強く、身体が水の中に沈むたび、黒い水が暴れ、周囲一帯も濁り、視界を奪った。
それでも沈みながら、レヴィンは必死に周囲を見回す。
(なんで…こんなに真っ黒にしたんだ…?)
そのとき、水中で何かがキラリと光った。
レヴィン「!?」
光を目掛け、彼はキメラの手を振りほどき、必死に泳ぎ寄る。
手に取った瞬間、キメラの体ごと水中から襲いかかってきた!!
アーサー「レヴィン!! 打つぞい!!」
剛腕に力を込め、アーサーの攻撃が今、放たれんとしている――。
レヴィンは波動を水面下に放ち、一気に水上へ浮上した。
息を吸い込み、黒い水をはじき飛ばす。
しかし、キメラの体も一緒に引き上げてしまったため、タイオンとノアは思わず悲鳴をあげた。
「うわあああっ!?」
「レン!!」
水しぶきと共に、黒く濁った水が滝壺の周囲に飛び散り、空気まで振動する。
アーサー「よし…わしの剛腕、受けてみい!!」
アーサーは深く踏み込み、全身に剛腕の力を集中させる。
蒸気のような熱気が体を包み、周囲の空気まで震え渡った。
「これで終わりじゃああ!!」
振り下ろされた拳が滝壺の水面を打ち砕き、波動の余勢に乗ってキメラに直撃する。
黒く濁った水が一気に飛び散り、キメラの体は水流ごと吹き飛ばされた。
滝壺の中での必死の抵抗も虚しく、異形の化け物は大きくのけぞり、力を失いながら水面に沈む。
やがて、ぷかあっと浮かんできたキメラは、レヴィンに向かって小さく「かえせ…」と訴えた。
アーサー「なんじゃそれは…」
レヴィンの手にあったのは、子供の髪飾りのような小さな品だった。
レヴィン「これ…隠すために真っ黒にしてたのかな…」
キメラはレヴィンから髪飾りを受け取ると、ぎゅっと大事そうに手のひらで包み込んだ。
キメラ「オレのこども…のもの…」
アーサー「そうか…お主の…」
すると、一気に黒く濁っていた水が、ゆっくりと澄んでいった。
だが、キメラの体はボロボロと鱗から崩れ落ち、砕けていく。
キメラ「人間…オレの子供…ここでさらって殺した…ゆるさ…ない…」
そう言い残し、キメラは朽ちていく。やがて水と一体化するように、静かに消え去った。
レヴィン「俺も…自分を隠すように、こんな自分じゃ選ばれないような真っ黒な装備を身につけて…顔も隠してきたから…
こいつも、子供の形見をここに残して…隠したくて、わざと黒くしたのかもしれませんね…わかんないですけど」
アーサー「うむ…そうかもしれんな…傷つけたくなかったのかもしれん…もうこれ以上は」
レヴィン「はい…」
アーサー「非力な子供を狙って、こんな場所で…解せぬのう…」
レヴィン「そうですね…」
タイオン「なんだか、そう思うと…可哀想なことしちゃったのかな…」
ノア「でも…俺達は任務で来ただけで…勝手に朽ち果てていったんだぜ…?」
語尾が弱まるノアの声には、どこか複雑な胸の内がにじんでいた。
黒く濁っていた川の水は、静かに元の透明な流れを取り戻していた。
波紋に揺れる光を見つめながら、四人はしばし言葉を失った。
アーサー「戻るとするか…」
レヴィン「はい…」
ノア「……」
タイオン「供養…してあげない?」
レヴィン「え…!?」
タイオン「お供え…何か置いて行こうよ…ダメ?」
レヴィン「いや…すっごくいい!!」
タイオン「僕の実家では、子供が水難事故にあった時、石を置いて食べ物も添えるんだ…」
タイオンは手頃な石を川のそばに埋め、手を合わせる。
「何がいいかな…」
レヴィンはポケットからお菓子を取り出す。上着のポケットに入れていたので、水に濡れず無事だ。
ふふっと笑い、レヴィンはお菓子をひとつ、いやふたつ、石の前にそっと置いた。
アーサー「親の分も置いとくか」
ごとっと巨大な岩を置き、アーサーも手を合わせる。
アーサーが手を合わせると、レヴィン、タイオン、ノアも自然と立ち止まり、同じように手を合わせた。
川のせせらぎと、かすかな風の音だけが周囲に響く。
四人と一匹の視線は、石やお菓子の置かれた場所に集中していた。
静寂が、黒く濁った水に沈んでいった命への哀悼を、自然と包み込む。
タイオンは小さく息をつき、ぽつりと呟く。
「少しでも、安らかであってほしいね…」
レヴィンも肩をすくめながら頷く。
「うん…これで少しは安心できるかな…」
ノアは語尾を弱めつつ、石に手を置き、静かに目を閉じる。
「俺たち…見届けることはできたんだな…」
四人がしばし手を合わせていると、川面に光が反射し、小さくきらめく。
まるで、消えた命がそっと微笑んでいるかのようだった。
供養を終えた五人は、しばし川沿いに立ち尽くす。
黒く濁っていた川の水は、滝壺の異型の影が消えた後、再び澄み始め、太陽の光を受けてきらりと輝く。
アーサーが深く息をつき、肩をゆるめる。
「さて…戻るとするかのう」
レヴィンも力を抜き、少し笑みを浮かべて頷いた。
ノアは川面を見つめ、ふと小さく肩をすくめる。
「…なんだか、やっぱり可哀想だったな」
タイオンはそっとレヴィンの横に歩み寄り、手をポケットに入れたまま静かに言った。
「でも…こうして手を合わせられた。少しは救われたと思うよ」
レヴィンは頷き、ポケットに残った小さな飴やお菓子を眺める。
「うん…俺も、そう思う」
アーサーが先頭に立ち、川沿いの道を歩き始める。
レヴィン、タイオン、ノアも後ろに続く。
ラミアはこの光景を見て、少し涙を浮かべていた。
アルバは少し後ろで、穏やかに歩いている。
川のせせらぎ、風の匂い、木々のざわめき。
何事もなかったかのような自然の中で、五人は静かに帰路についた。
心の奥に残る哀しみやもやもやも、歩くたびに少しずつ和らいでいく。
今日という任務の記憶は決して消えることはないけれど、仲間と共に越えたことで、確かにその重さは和らいだのだった。




