黒く染まった川①
玉座の間は朝の光に淡く照らされ、重厚な空気が漂っていた。
玉座に座る王を前に、聖騎士たちは一列に膝をつき、静かに整列している。
団長は右から膝をつき、列は乱れひとつなかった。
ベテランから若手のレヴィンまで、皆ぴたりと膝をつき、頭を下げている。
玉座の上の王は威厳ある姿勢のまま、低く重々しい声で告げた。
「諸君、今回の特別任務について伝える――」
王の言葉に、聖騎士たちは一斉に顔を上げる。
「黒く染まった川の噂を聞いた者はおるか?」
その問いに、列の中で互いに顔を見合わせる聖騎士たち。
「黒い川ですか!? 色が変わったんですか!? それとも元からですか!?」
声をあげたのは、若手のレヴィンだった。
王は玉座の上で眉をひそめる。
「最近、染まったようじゃ。誰か知る者はおらぬか?」
団長は頭を下げ、低く答えた。
「申し訳ありません…聞き覚えがございません」
列の中では、若手たちが互いに顔を見合わせ、低いざわめきが広がった。
王は玉座の上で静かに頷いた。
「ふむ…ならレヴィン、行ってくるのじゃ。最初に聞いてきたのじゃからのう」
「ええー!? それだけでですかー!!」
レヴィンは思わず声をあげた。
「レ…レヴィン1人でですか…?」
副団長になったばかりのアーサーが、少し眉をひそめながら尋ねる。
王は口元をほころばせ、ゆっくりと答えた。
「こやつだけでは危なっかしいのう…副団長よ、頼んでも良いか?」
「はい…もちろんです」
アーサーはすっと頷き、列の中で膝をついたままレヴィンを見守った。
副団長になって初めての任務――アーサーの心は自然と高鳴る。
レヴィンは小さく拳を握り、内心で喜んだ。
(よし、アーサーさんと組める! 頑張るぞ!)
王は髭を撫でながら思案を続ける。
「ふむ…アーサーとレヴィンがおるなら、タイオンとノアも同行させるが良い。
あと一人、いた方がいいかのう…少々遠いのじゃ。野営もしなくてはならぬしのう」
そして王の目がパッと輝いた。
「そうじゃ…! レヴィン、お主の弟子のラミアを同行させても良いぞ!!
おなごがおれば、野営でも調理やお主たちのまとめ役にピッタリじゃ」
「ええ…俺、そんな信用ないですかー」
レヴィンはちょっと不満そうに顔をしかめる。
王はきっぱりと答えた。
「ないのう…」
列の聖騎士たちは、思わず失笑した。
タイオンは思わず目を丸くした。
「女の子とお泊まり…!?」
ノアは隣で小さく眉をひそめる。
「お泊まりって…任務だぞ…」
早速、師匠に連れられたラミアが現れた。
姿勢を正し、深く一礼する。
「失礼いたします。今回の任務、よろしくお願いいたします…
師匠…アーサー様、タイオン様、ノア様」
声は穏やかで澄んでいるが、その奥にはきりっとした芯の強さが感じられる。
タイオンとノアは、その凛とした雰囲気と美しさに思わず動揺した。
王は玉座の上でラミアを見つめ、静かに言った。
「ラミアよ…一番頼りにしておるぞ…」
ラミアは少し驚き、顔を赤くしながらも深く頭を下げる。
「か…かしこまりました」
微かに笑いそうになるのをこらえ、きちんとお辞儀するラミア。
レヴィンは鋭く指摘した。
「今、笑ったろー!」
ラミアは慌てて首を振る。
「いえ…そんなことは…」
しかし背後から、タイオンの野次が飛ぶ。
「師匠ー!しっかりしろよー!」
少しむくれるレヴィンの頭を、アーサーはさりげなく大きな手で撫でて宥める。
「よしよし、レヴィン。タイオン、ノアも準備をしよう」
ーーー
5人は馬車の元に移動し、それぞれ荷物を運び始めた。
「今日は遠出だぞー! 頑張ろうなー」
レヴィンはお気に入りの白馬にハグする。
ノアが横目で観察する。
「へえー、そいつ大人しいな」
タイオンも感心したように声をあげた。
「綺麗な白馬だね」
レヴィンは得意げに胸を張る。
「だろおー! すげえ賢いんだー」
白馬も穏やかな佇まいで、鼻をレヴィンに擦り付けてくる。
「おーい…お前ら…」
アーサーに呼ばれ、3人が返事をした。
「今行きます」
しかし振り向くと、ラミアはすでに全ての荷物を積み終えていた。
さらに馬車の手綱までしっかりと握っている。
「もう、ラミアがやってしまったぞい…」
アーサーは苦笑いした。
「師匠…出発できます」
ラミアはきりっとした表情で告げた。
「どええ!! はっや!!」
レヴィンは目を丸くした。
「うわあ!? 何してんだよ!! レン! 女の子一人にやらせて!」
ノアは慌てて声を上げる。
「うわあー、ごめんね、ごめんね…!!」
タイオンも小声で謝った。
レヴィンは慌ててラミアに顔を向ける。
「ご…ごめんな…ラミア…重かったろ?」
「いいえ、問題ありません! 行きましょう」
ラミアはテキパキと完璧に準備を整え、手綱を握る手も乱れない。
アーサーは静かに呟いた。
「た…頼もしいのう」
ラミアが手綱を握ると、馬車の前輪がゆっくりと動き出した。
アーサーは馬車の揺れに合わせて地図を広げた。
「今日はここまで行って、そこで野営する」
太い指でとんとんと地図を叩き、目的地を指し示す。
タイオンとノアは地図に目を落とし、互いに小さくつぶやき合った。
「なかなか距離あるな…」
「結構深い森だね…」
馬車の中に風が入り、穏やかな時間が流れる。
「黒い川ってなんだろうなー、いたずらかなー」
レヴィンが窓の外を眺めながらつぶやく。
「さあのう…黒いというのは不気味じゃのう」
アーサーは落ち着いた声で答えた。
「またレン、当たり引くなよお?」
ノアが小さく苦笑する。
「あはは…レンはすごい強敵を引くからね」
タイオンも笑いながら、地図をちらりと見る。
「今日はアーサーさんもいるし大丈夫だってー」
レヴィンは拳を握り、心強そうに微笑む。
「私も足を引っ張らぬ様に、師匠をお守り致します!!」
外からラミアの声がはっきり聞こえてくる。
「お前な…弟子に守られんなよ…」
ノアが呆れたように言う。
「そんなことさせてねえよおー!」
レヴィンは慌てて叫ぶが、窓越しにラミアの毅然とした声が響き、車内に少し笑いがこぼれた。
⸻
「ラミアー、交代するよ」
森が近付き、ラミアが手綱をレヴィンに渡す。
「お願いします…師匠」
ラミアはレヴィンと入れ替わると、中に入り一息ついた。
し―――ん…
レヴィンが外に出た瞬間、車内は一気に静まり返った。
「……あ、あの、ラミア、寒くなかった?」
焦ったタイオンが、咄嗟に声をかける。
ラミアは微動だにせず、毅然と答えた。
「平気です!!」
ノアは窓の外を見つめながら、言葉を探すが、なかなか出てこない。
再び沈黙―――。
その静寂を破ったのは、外から聞こえる音程の外れた鼻歌だった。
「んー…♪」
タイオンもノアも顔を見合わせ、小さく苦笑する。
「は…!! アーサー様、飲み物をどうぞ…!!
タイオン様、毛布を…
ノア様、小腹は空きませんか?」
ラミアは、師匠の音程の外れた鼻歌で目が覚めたかのように、車内でもテキパキと絶え間なく動き回る。
座席の隙間を器用に縫いながら、荷物の整理や軽食の手渡しまで、手を抜かない。
「テントを張るのは、ここでよろしいですか?」
ラミアは地図を再び引っ張り出し、広く平らなスポットを指さす。
「うむ…任せるぞい」
アーサーは、もう面倒になったのか、ラミアに任せきりになった。
「ご夕食は何がよろしいでしょう…? 材料は沢山持って参りました」
ラミアは胸を張り、まるで何でも作れそうな勢いで続ける。
「俺、マシュマロのやつ食いたいー」
レヴィンが無邪気に言うと、ラミアはきりっと笑顔で答えた。
「そう仰ると思って、用意して参りました!!」
「釣りもしたいなー」
レヴィンは目を輝かせる。
「はい!! 釣竿もご用意しております!!」
ラミアはさっと手を差し伸べ、まるで何でも出てくる魔法のようだ。
ノアは感心しながらつぶやく。
「もう、なんでも出てくるな…」
タイオンも笑いながら、少し驚き気味に言った。
「師匠の先読み機能、万能だな…」
レヴィンがご機嫌に馬車を走らせていると――
ゴトッ…
何かがレヴィンに当たり、嫌な予感が馬車内の4人に走った。




