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厄災のアグニ⑤

⚠一部シリアス・緊迫描写があります

アグニはジリジリとレヴィンに近付く。

影が、ゆっくりとその足元を飲み込んだ。


「お前の体を差し出せば、リュウは助けてやる…」


レヴィンは俯いたまま、声も出さず涙を零す。

地に落ちた雫の音が耳の奥に焼き付いた。


もういい... 俺の体をーー


そう言いかけた瞬間、扉が勢いよく開いた。


エミリア「ダメえ!!」


ハリスに腕を掴まれながらも、エミリアは涙でぐしゃぐしゃの顔で叫ぶ。


「リュウくんもレヴィンも……もうやめて……! 二人でアグニを倒すんでしょ!?」



だが次の瞬間、アグニの炎がエミリアとハリスを呑み込んだ。


「エミリアさん……ハリス……!!」


レヴィンがアグニを睨み上げた時、その瞳は水色へと戻っていた。


「リュウさん!?」


「よく聞け……今すぐ俺を殺せ……今だけ俺の意識がある……エミリアはまだ息がある……助けてやってくれ……」


「リュウさんを……そんな……」


「頼む……レヴィン……おまえなら出来る……もう、それしかない……」


「ヤダ……嫌だ……俺にはできない……!」


ハリスは辛うじて意識を保ち、そのやり取りを見ていた。


「レン……リュウ……」


「これからまだまだ強くなる……俺が保証する……。

これ以上、人をあやめたくないんだ……。

俺を……皆を、助けてくれ……レヴィン……」


「………………」


レヴィンは泣きながら、震える手で剣を取った。


「ルナを……頼む……ぞ……レヴィン……」


「リュウ……さん……」


「やれ!!!!」


レヴィンは剣先を、リュウの心臓へと向ける。

だが――動かない。


その瞬間、リュウが強くレヴィンを抱き締めた。


震える手を包み込み、そのまま導く。


「――っ……」


強く引かれた腕と共に、剣が深く胸を貫いた。


「リュ――!!」


温かい血が、レヴィンの手を濡らす。


レヴィンは硬直したまま、目の前の現実を理解できずにいた。


「だから……力不足だと言った……だろ……。

だが、それで……いい……レヴィン……」


力が抜ける。


血の中へと、リュウは静かに倒れていった。


レヴィンは、ただ立ち尽くす。


剣を握ったまま。



ハリスは、焼けた体を引きずりながらレヴィンのもとへ向かった。


レヴィンは蒼白な顔のまま、微動だにしない。

血に濡れた剣を握り締めたまま、ただ立ち尽くしていた。


ハリスはその手にそっと触れ、剣を静かに離させる。


そして、リュウを見せないように、レヴィンを強く抱き寄せた。


「もう見なくていいよ……」


「リュウ兄……」


背後から聞き慣れた声がして、レヴィンの体がびくりと強張った。


ルナは――すべてを見ていた。


レヴィンはハリスにしがみつき、子供のように震える。


(リュウさんは……血は繋がっていないけど……ルナの、唯一の肉親だった……。

それを……俺が……殺した……)


溢れ出す心の声が、抑えきれないほどに震えている。


ハリスは何も言わない。


ただ、その頭を宥めるように、静かに撫で続けた。


ルナはゆっくりとリュウに歩み寄る。


その胸に手を当て、静かに確かめる。


もう、鼓動はない。


わずかな沈黙のあと、ルナは顔を上げた。


「……運ぼうか。教会に……」


それだけを言った。


レヴィンの肩が、びくりと震える。


ルナはそのまま、ハリスの腕の中でうずくまるレヴィンの前に膝を下ろした。


「ごめんね……最後まで一緒に戦おうって言ったのに……レンにだけ、辛い思いさせちゃって……」


レヴィンは顔を上げ、何度も何度も首を横に振る。


違う、と。


違う、と。


ルナは、静かに微笑んだ。


震える右頬に、そっと手のひらを添える。


「ありがとうね……アグニを倒してくれて」


だが、レヴィンの心は罪悪感で埋め尽くされていた。


ルナの「ありがとう」さえ、今は重い。


胸の奥に、鋭く突き刺さる。


「ごめん……僕たちは後から行くよ……」


ハリスが静かに言う。


「……わかった」


ルナはそれ以上何も言わなかった。


深追いはしない。


ただ立ち上がり、倒れているアディオとチェイズを起こす。


エミリアは病院へ。


そしてリュウは――教会へ。


淡々と、現実を運んでいく。


ハリスは、レヴィンの精神が崩れないよう、そっと異能力を使い続けた。


乱れた呼吸を落ち着かせ、震えを和らげる。


けれど――


レヴィンの奥深くには、消えないものが残っていた。


温かかったはずの血の感触。


剣を握った重み。


引き寄せられたあの瞬間。


それは、心の最奥まで染み込み、決して消えない痕となって刻まれていた。


――メンタルケア室に、重い沈黙が落ちた。


「……こういうことがあって……」


ハリスは静かに続ける。


「レンは、それ以来……自分のせいで誰かが危険な目に遭うことを、極端に恐れるようになった……。

そして……自分を赦せなくなってしまった」


誰も、すぐには言葉を返せなかった。


アーサー。

担当医。

団長。

タイオン。

ノア。


その場にいる誰もが、視線を落とす。


そして――自然と視線はひとつの場所へ集まる。


眠るレヴィンの、穏やかな横顔へ。


団長が静かに息を吐く。


「……そんなことになっていたのか。アグニとの戦いで……」


アーサーは俯き、拳を握った。


「わしは……アグニに体を取られるのが怖くてな……。

色々と言い訳をつけては、戦いを避けていました……。

情けない話ですじゃ……」


団長は目を閉じ、ゆっくりと首を振る。


「いや……実は私もだ。

当時は、もし自分が乗っ取られたらと思うと……恐怖が勝ってしまった。

結局、何も出来なかった」


再び、沈黙。


その重さは、レヴィン一人の罪ではないことを物語っていた。


タイオンは、眠るレヴィンを見つめたまま呟いた。


「それを……ずっと抱えて、生きてきたんだ……」


その目から、ぽろりと涙が零れ落ちる。


ノアは小さく鼻を鳴らした。


「……それでも、あいつあの明るさかよ」


担当医が肩をすくめる。


「明るいのは元々の性格だ。

……まあ、その性格じゃなかったら、とっくに壊れてたかもしれねぇな」


再び静寂。


けれどその空気は、先ほどまでとは少し違っていた。


レヴィンは“弱い”のではない。


壊れそうになりながら、立ってきただけだ。


タイオンは堪えきれず、顔を歪めた。


「すごいよ……本当に、すごいよ……レヴィン」


ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


拭っても、止まらない。


壊れそうになりながらも笑っていた背中を、思い出す。


誰よりも自分を責めながら、それでも誰かを守ろうとしていた姿を。


その寝顔は、今はただ静かだ。


けれど――


ここにいる誰よりも強かったのかもしれない。



ノアが腕を組み、静かに呟く。


「……それで、英雄称号で聖騎士になったわけか」


ハリスは苦く笑った。


「まあ…その後にも色々あって……結果的に、聖騎士になることになったんだ」



ーー翌日。


訓練所の広場を歩いていたレヴィンは、背後から声をかけられ足を止めた。


「レヴィン……昨日は……ありがとう」


振り返ると、タイオンが立っていた。

少し疲れは残っているが、その目は真っ直ぐだった。


レヴィン

「だ……大丈夫か!? 本当に……大丈夫か……?」


両腕を掴み、何度も確かめる。

その瞳は今にも涙がこぼれそうに揺れていた。


タイオン

「平気だよ」


腕を回し、軽く足踏みをしてみせる。


レヴィン

「よかった……」


心の底から安堵したように、息を吐く。


少しの沈黙のあと、タイオンがぽつりと言った。


「それでさ……俺、前はレヴィンのこと、ちょっと苦手だったんだ」


レヴィン

「え!? そうだったの!?」


本気で驚いている顔。


タイオンは小さく笑う。


「嫌いとかじゃない。ただ……世界が違う気がしてた。壁が厚いっていうかさ」


「壁……? なんで……?」


「レヴィンが……すごい人だって知ってたから」


「俺が……?」


タイオンはうなずく。


「うん。すごいよ、レヴィンは」


レヴィンは少し考え込む。

まだ実感は追いついていない。


その姿を見つめたまま、タイオンの目からぽろぽろと涙が零れた。


「……本当にすごいんだよ……」


レヴィン

「ど、どうしたんだよお!?」


完全にオロオロしている。


その時。


「いつまで二人で泣きべそかいてんだ。朝礼だぞ」


ノアが現れる。


呆れた口調だが、その目元には確かに泣いた跡が残っていた。


レヴィンは首を傾げる。


「……なんでみんな泣くんだ?」


ノアはふっと鼻で笑う。


「さあな。行くぞ、英雄様」


「やめろって!」


三人は並んで歩き出す。


王の待つ広間へ。


朝の光が、訓練所を静かに照らしていた。





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