厄災のアグニ③
レヴィンの視界に映ったのは、アグニに憑依されたリュウの姿だった。
目の前の光景を、頭がうまく呑み込めない。
「リュウさん……なんで…」声にならない声が喉を通る。心臓が跳ね、息が詰まる。
無情にもリュウは大剣を抜いた。無言。鋭く、静かに、しかし凄まじい威圧を放つ一振り。周囲の空気が一瞬で凍りつく。
アディオも二刀流を抜き、警戒を固めた。
レヴィンは立ちすくむ。倒すべき相手は目の前にいる――しかし、そこにあるのは、かつての優しいリュウの面影はなく、アグニの意思に染まった剣士の影。
心臓が、恐怖と覚悟で混ざり合い、ぎゅっと締め付けられる。
これが、戦いの始まりだ――。
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レヴィンの絶望を読み取ったハリスが、まるで弾かれたかのように中から飛び出す。
「リュウ…!!」声に焦燥と恐怖が混じる。
アディオは二刀流を構え、冷静さを保ちつつ警戒を緩めない。
「奴はリュウじゃない。アグニだ――!」
続いてチェイズ、ルナ、後ろに隠れがちなエミリアも身構える。
「リュウくん…」顔色が真っ青なエミリアを、ハリスは手で制止した。
「中に入っていた方がいい」
リュウはエミリアに目もくれず、レヴィンだけを見据えていた。
「なんで…なんでよお??」悲痛な声に、僅かに反応を見せるリュウ。
だが返ってきたのは、炎をまとった大剣の一撃――!
その殺意は、まっすぐエミリアに向かい、全員の視線が凍りつく。
「おい!!やめ…!!」チェイズの声も届かない。
エミリアは涙をこぼしながら目をぎゅっと瞑る。
――だが、体には何も起きない。
ルナが前に飛び出し、広範囲のバリアでエミリアを包み込んでいた。
「どうやら人格まで取られちゃったみたいだね…」冷静に告げるルナ。
ルナは仲間たちを見渡し、指示を飛ばす。
「エミリアとハリスは中に入って。私が家ごとバリアーを張るから」
戦力になれない自分を自覚しつつ、ハリスは泣きじゃくるエミリアをそっと宥め、家の中へ誘導する。
二人を見送ったルナの視線は鋭くアグニに向けられた。
「戦おう…皆」
その声には静かだが揺るがぬ決意が宿っている。
「……ああ」真っ先に返事を返したのはアディオ。
冷静に二刀流を構え、戦意を示す。
チェイズは一瞬戸惑いを見せたものの、ランスを握り直し、レヴィンの背中に軽く手を置く。
「行くぞ」
その短い合図に、レヴィンは我に返り、震える手で剣を構えた。
ルナは大きく息をつき、仲間たちを見渡す。
「防御は私に任せて!誰も死なせないから、思いっきり戦って!」
揺るがぬ決意と、仲間への絶対的な信頼がその声に込められる。
ルナの視線が、ふとレヴィンに向けられた。
その短い眼差しに、レヴィンの背筋がピシッと伸びる。
(ごめんね。リュウ兄のせいで、ここにきてまで苦しめちゃって…)
ルナは心の中でそっとレヴィンに謝る。
その思いは、無言の信頼と覚悟として二人の間に静かに流れた。
レヴィンは深呼吸し、気を取り直して剣を握り直す。
「ルナか…大人になったな?あの時のお前の親のバカさ加減には笑えたぞ?」
アグニの口から出るリュウの顔での挑発に、ルナの心は煮えくり返る。
私の故郷も、親も、助けてくれたリュウも――皆、皆こいつに奪われた。
胸の奥が熱く燃え、全身に怒りと悔しさがみなぎる。
「許さない…」
ルナの声には怒りと憎しみが凝縮され、凛と鋭く響いた。
その視線は迷いなくアグニを捉え、誰も傷つけさせないという決意に満ちている。
「リュウさんの体で、うるっせえんだよおお!!」
レヴィンは叫び、恐怖もためらいも振り切るように飛び出す。
胸の奥の怒りを全身に乗せ、アグニに向かって大剣を振り下ろす――
剣が軌跡を描き、空気が裂ける音が響く。
その姿に、仲間たちの目が吸い寄せられた。
ルナは覚悟を確認し、アディオは構えを固める。
戦慄と緊張が入り混じる戦場に、レヴィンの熱い決意が火を灯した――。
アディオも続く。
二刀流を構え、疾風の如く前に飛び出す。
大振りのレヴィンとは対照的に、細かく速い斬撃を連続で繰り出し、アグニ憑依リュウの動きを封じる。
「食いやがれ!大地の力だ!」チェイズが叫ぶ。
ランスを地面に深く突き立て、地鳴りを呼び起こす。
衝撃波が地盤を裂き、アグニを揺さぶる――
「ち…厄介な技を…」眉間に皺を寄せ、アグニが小さく舌打ちする。
衝撃波と連続斬撃の組み合わせに、普段冷静なアグニの目にも僅かな焦りが浮かぶ。
アグニ憑依リュウの大剣が炎をまとい、空気を震わせて振り下ろされる――
轟音と焼けつく熱波が三人に襲いかかる。
レヴィン、アディオ、チェイズ――一瞬、身をよろめかせる。
振り下ろされる剣の迫力に、視界が揺れ、呼吸が詰まる。
だが、ルナが壁のように広範囲の結界を展開し、三人を守る。
熱波も炎も、その内側には届かない。
「――あの女も、厄介だな…」
一番後ろに控えるルナの力に、アグニの表情がわずかに揺れ、眉間に皺が寄る。
「サンキュー!ルナ!」
レヴィンの口から出たのは、感謝と決意が混ざった力強い声。
笑顔は、周囲をぱっと照らすようだった。
ルナは柔らかく笑みを返す。
その一瞬で、アディオとチェイズの心も切り替わる。
三人の意気のあった攻撃と、ルナの完璧な結界が重なり、アグニ憑依リュウを徐々に押し込む。
窓から見守るハリスは拳を握りしめる。
「くそ…俺も何か加勢したい…!」
仲間に戦えないもどかしさと歯痒さが込み上げる。
アグニは一瞬立ち止まり、薄く笑った。
「なるほどな…ルナの結界は、一回使った後に5秒ほどタイムロスがあるのか」
ルナは思わず身を震わせる。
「え…」
アグニの視線はレヴィンたち三人に向けられ、鋭く光る。
「レヴィンは力が足りない。アディオは心が乱れやすい。チェイズは打たれ弱い?ほう…お前ら、欠点だらけではないか?」
リュウの記憶を悪用した冷酷な知識が、戦場に凍りつく圧力として降り注ぐ。
「リュウの記憶が、そう教えてくれてるぞ?
よくそれで、私に挑もうなんて思ったな?
リュウがいないと、お前たちは何も出来ないじゃないか――」
「あ…!」
ハリスは咄嗟に心話で、四人に語りかけた。
「挑発に乗ったらダメだ!
連携すれば、俺たちは大丈夫だ!
僕もここから危険を知らせる!
絶対勝とう!!そしてリュウを取り戻そう!!」
その声が、乱れかけた戦意とチームワークをぎゅっと引き締める――
仲間たちは再び、一丸となる覚悟を取り戻した。
「ち…っ!」
アグニは舌打ちし、眉間に皺を寄せる。
四人の心の結束が、敵に圧力として迫り始める――。
だが次の瞬間、アグニの赤い瞳はサファイアのように輝く――リュウ自身の瞳に戻った。
レヴィンと同じ色の瞳……。
「リュウさん??」レヴィンの声が震える。
「行くぞ…?お前ら」
リュウの声には決意と鋭さが宿っていた。
「は…嘘だろ?」チェイズが声を上げる間もなく、
リュウは目にも止まらぬ速さでチェイズの背後に回り、首に膝蹴りを叩き込む。
チェイズはたまらず倒れ込んだ――。
「チェイズ!!」レヴィンが叫ぶ。
「レン!!」アディオも声を上げる。
リュウの剣が迫る――!
アディオが咄嗟にレヴィンを突き飛ばすも、自身の背中に斬撃を受ける。
「アディオ!!」レヴィンが叫ぶ。
「無事か…レン」アディオは息を吐いた。
「ふ…守らねばダメだろう?何度も指摘してやったじゃないか、ルナ」
リュウの圧倒的速さに、ルナのバリアーは間に合わない――。
「ルナ!!頼む、アディオをエミリアさんのところに!!死んじまう!!」
「でも…」ルナは迷いの色を浮かべる。
「いいぞ?一対一で、いいじゃないか」
リュウは冷静に、しかし鋭く言い放った――。




