厄災のアグニ②
一同はアグニとの決戦で傷ついた体を、治癒能力を持つエミリアの自宅で癒していた。
決戦の焦げた匂いは服に染みつき、鼻の奥を刺す。
火傷や裂傷はどれも深く、戦いの苛烈さを物語っていた。
エミリアは重傷を負ったアディオとチェイズの治療を終えると、ぱん、と手を叩いた。
「さあさー、次はレヴィンの番だよおー」
手をわきわきさせながら歩み寄る。
「なんか企んでそう!!」
警戒するレヴィンに、アディオが素早く近づいた。
次の瞬間、自分より大きなレヴィンをひょいと膝の上に抱え込む。
「エミリアとてレンに何かさせんぞ」
そう言って、懐を腕でぐるりと囲った。
「もおー、ちょっとくすぐろうと思っただけなのにい」
「アディオくんがいたんじゃ鉄壁のガードですな」
ルナが楽しそうに笑う。
エミリアの手が淡い光を放ち、裂けた皮膚や焼け爛れた皮膚もゆっくり元に戻っていく。
「もう痛くない!」
レヴィンが嬉しそうに身を起こしかける。
「よかったね」
ハリスが安堵の息を吐く。
「本当によかったな」
アディオが柔らかく微笑む。
「お前のがズタボロだったろ」
チェイズが笑いながらアディオの頭を小突いた。
笑い声が部屋に満ちる。
その輪から少し離れた場所で、リュウは無言のまま立っていた。
「次はリュウくん、治療しよっか?」
エミリアが軽い調子で声をかける。
しかし、リュウは動かない。
「リュウ兄? どうしたの?」
ルナが首を傾げた。
「俺は必要ない。そんな軟弱ではない」
その一言に、空気がわずかに軋む。
アディオとチェイズの眉がぴくりと動いた。
「かけてもらったらどうだ? やわな体に見えるからな?」
アディオがあからさまに挑発する。
リュウは一瞥すらくれず、ふいと視線を逸らした。
「もおー、仲良くしなよー」
ルナが場を和ませようと笑う。
だが、その声はわずかに空回りした。
「リュウさん?」
レヴィンが首を傾げる。
リュウの表情は険しい。何かを思い詰めているようだった。
「なんでもない」
それだけを残し、踵を返す。
扉が静かに閉まった。
「リュウさ――」
「ほっとけよ」
チェイズの声が遮る。
一瞬足を止めたが、レヴィンは結局その背を追った。
レヴィンが外に出ると、リュウは玄関脇の庭園の前に佇んでいた。
夜風が、まだわずかに焦げた匂いを運んでいる。
声をかけようとした瞬間――
「覚悟は決まったんだろうな?」
振り返らぬまま、リュウが言った。
その声は、胸を貫くように鋭い。
レヴィンは一瞬、言葉を失う。
覚悟。
それは――仲間と、家族と、別れること。
「もちろんです……!」
レヴィンは俯いたまま答えた。
リュウは何も言わない。
「俺……リュウさんなら倒せるって信じてますから!」
顔を上げる。
まっすぐな瞳だった。
「一緒に、厄災を終わらせましょう」
そうだ。
厄災が終われば――
家族だって、友達だって、
ルナだって、
リュウさんだって。
みんな悪夢から解き放たれるんだ。
リュウはゆっくりと振り返り、微笑んだ。
その表情は、いつもの穏やかなものだった。
レヴィンはほっと胸を撫で下ろす。
「そうか……では、明日決着をつけるとしよう」
静かな声音だった。
レヴィンはごくりと喉を鳴らす。
「は……はい……!」
「なら今日は、明日に備えてたっぷり寝るんだ。いいな?」
「はい!」
「俺もすぐ戻る」
レヴィンは疑いもせず頷き、その言葉に従って中へ戻っていった。
扉が閉まる音が、夜に吸い込まれる。
リュウはしばらくその場に立ち尽くし、
足音が遠ざかっていくのを、黙って聞いていた。
やがて、リュウは闇の中へ歩き出した。
レヴィンは何も知らないまま、
深い眠りへと落ちていった。
―――翌朝。
リュウの姿は、どこにもなかった。
「……あれ?」
ルナが首を傾げる。
「リュウさんは? 朝の滝行でもしにいったのかな?」
レヴィンが呑気に言う。
「修行僧じゃないんだから」
「私の部屋にも来てなかったよ?」
エミリアがさらりと付け足す。
「は?? そういう関係なのか??」
アディオが食い気味に振り返る。
「さあ……?」
エミリアはにこりと笑う。
ちょうどその時、チェイズの作った朝食をハリスが運んできた。
「そうなの? 僕はてっきり」
エミリア「もうやだあー!」
アディオ「あいつコロス!!」
「朝ごはん食ったら、その辺見てくるよ。見張ってくれてたんだと思うし」
レヴィンはそう言って椅子に腰を下ろした。
「俺もいく」
アディオが即座に返す。
「仲がいいですなあ」
ルナがくすりと揶揄う。
「心配だもんねー、レヴィンが」
エミリアも楽しそうに乗った。
「当たり前だ。レンに何かあったら俺は生きていけん」
「重っ」
チェイズが即座に突っ込む。
「朝から物騒ですなあ」
笑いが起きる。
その中で――
レヴィンの手が、ぴたりと止まった。
……昨夜の言葉が蘇る。
――覚悟は決まったんだろうな?
朝食を終え、アディオと共にエミリア宅の扉を開ける。
その瞬間――
ちょうど、リュウがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「あ……今、探しに行こうかと思ってたんですよ!」
レヴィンは思わず駆け寄ろうとする。
だが――
腕を、強く引かれた。
「待て」
アディオの手は僅かに震えていた。
「え?」
リュウは――
ゆっくりと、口元を歪めた。
「レヴィンか……」
低く、擦れるような声。
「え……?」
一歩、後ずさる。
何かが違う。
目の奥で、赤い光が揺らいだ。
リュウは一瞬で間合いを詰めた。
気づいた時には、耳元に吐息がかかっている。
「そう驚くな……レヴィン」
低く、粘つくような囁き。
――違う。
リュウさんじゃない……!
「お前……アグニか……!?」
「ふん……何を言っている」
ゆっくりと顔を離す。
「俺はリュウだ……レヴィン」
その口元が、ゆっくりと歪む。
目の奥で、赤い光が燃え上がった。
「……死ぬ覚悟は決まったか?」




