トラウマ①
ーー聖騎士訓練所。
素振りの音とため息が、静かな空間に響いている。
「はああーーー」
大きくため息をついたのは、今年入団したタイオンだった。
「いやあ…副団長がしばらくこっちにいるって聞いたとき、正直憂鬱でさ…」
その言葉に、数人の手が止まり、頷く。
「タイオン、副団長からのあたり、ちょっとキツくないか…?」
声をかけられ、タイオンは肩を落とし、項垂れた。
「うーん…そうなんだよなあ。副団長がこっちにいるって聞いたとき、やっぱり憂鬱でさ…」
「遠征に行ってる方が、まだ気楽だったよなあ」
「うん。先輩たちは厳しいけど、理不尽じゃないし、面倒見もいいしな」
「だよなあ…でもさ、俺、副団長に嫌われてる気がするんだよな…」
タイオンはそう言って、また小さく肩を落とした。
「いっつもさ、俺に振ってくる依頼ってさ…ボランティアとか、清掃とか、虫だらけの場所とか、暑すぎるところとか…なんか、そんなのばっかでさ」
タイオンの愚痴に、周りから「ひでえ、なにそれ…!」と声が上がった。
「それに……レヴィンがいるだろ?」
その言葉が出ると、訓練所の空気が一瞬凍った。若手たちは思わず口ごもり、視線を床に落とす。
「レヴィンって、良い奴なんだけど…先輩達ってちょっとレヴィン贔屓って言うか、すごいことやった奴なんだろ?」
タイオンが言うと、周りも小さく頷く。
「……ああ、そうだな。俺たちと別格って感じだよな」
「うん。アーサーさんなんか特に、レヴィンにはやたら甘いし…」
言葉を交わす若手たちの表情には、少しだけ羨望と戸惑いが混じっていた。
「なんか…やりにくいんだよなあ」
タイオンは肩を落とし、素振りの手を止める。
先輩たちの視線は優しいけれど、どこか自分だけに別の期待があるような……そんな空気が、居心地の悪さを増幅させていた。
「仕方ないけどな……ごめん、愚痴っちゃって……別にレヴィンが嫌いなわけじゃないんだ。むしろ憧れるよ……」
タイオンは苦笑いを浮かべ、木刀をそっと床に置いた。
「……はぁ」
そう言うと、そのままトイレへ向かって歩き出す。
残された若手たちは、背中を見送る肩の力の抜け具合に、自然と微妙な同情と共感を覚えた。
ため息交じりに訓練所を出た若手たちは、自然と纏まって玉座の間へ歩き出す。
「……副団長のやつあたり、今日もキツそうだな」
「だな。こっちも気を引き締めないと」
ーーー
足音が床に響き、ざわざわとした空気が玉座の間に漂う。
訓練所とは違い、ここは格式があり、背筋が自然と伸びる場所だ。
若手たちは互いに顔を見合わせ、気まずさをかみしめながらも、ひとまず覚悟を胸に進んでいった。
玉座の前には、副団長が不機嫌そうに仁王立ちしていた。
「遅い!!! 若手はあと10分は早くついていないとダメだろ!!!」
竹刀をびしっと床に叩きつける副団長。その音に、若手たちは思わず体を強張らせる。
「タイオン!!! お前は王様に掛けるブランケットを持って来い!!!」
名指しで命令が飛ぶと、タイオンの顔が少し青ざめた。
「は、はい…!!」
タイオンが口ごもる間もなく、他の若手たちは肩をすくめ、互いに顔を見合わせる。
「ああ…また始まったな…」
副団長の高圧的な態度に、訓練所での鬱憤が再び押し寄せる。
だが、誰も文句は言えず、命令に従うしかなかった。
タイオンが扉に手をかけた瞬間、ベテラン勢とレヴィンの姿が視界に入る。
レヴィン「わっ!? ど…どうした!? タイオン…」
ぶつかる衝撃に、二人は思わず体を強張らせた。
「あ…ごめん…」
タイオンが顔を赤らめ、後ずさる。
だがその背後から、先輩たちの鋭い視線が一斉にこちらへ向けられる。
タイオン「王様へのブランケットを…」
レヴィン「もう立っていないとまずいぞ…?」
タイオン「でも…」
声を詰まらせ、顔色を青ざめさせるタイオン。
普段の副団長の圧迫も強烈だが、今はベテラン勢とレヴィンの注目まで加わり、胸の奥がぎゅっと締め付けられるようだった。
レヴィンはタイオンの視線を辿り、自分の背後へ目を向けた。
てんてんてん…と視線を移すと、その先にはベテラン勢の顔がずらりと並んでいる。
「うわっ!? おっかね!!」
レヴィンは思わず声をあげ、目を丸くした。
どこもかしこも、男臭くてゴツイ顔ばかりだ。
「なんでそんな顔を近付けて見てくるんですかあ…?皆おっかない顔なんだから、そんなに眉間にしわ寄せて並んだら怖いっすよ…」
思わず小さく後ずさるレヴィン。
「おっかない!?」
聖騎士たちが一斉に声を上げる。
「どこがだ…?」
アーサーは首を傾げ、お互いの顔を見合った。
「レヴィンーこのこの!!」
ベテランの一人が怒鳴ると、レヴィンの首を抱えてグリグリと引き寄せ、そのまま連れて行ってしまった。
「いててて!タイオンー、もう並ぼうぜー」
背後で弾むレヴィンの声が響く。
「でも…」
タイオンは目を丸くし、足を止めてしまった。
その様子を見た副団長のこめかみには、青筋が浮かんでいた。
「…おいお前ら、動きが遅いぞ!!!」
「何を騒いでいる…?」
その時、団長が登場する。
薄い水色の髪はきちんとまとめられ、凛とした雰囲気を漂わせていた。
空気が一瞬で変わる。
若手もベテランもぴたりと整列し、タイオンも流れに巻き込まれるように並ばされた。
団長は副団長をギロリと睨む。
途端に、副団長は肩を縮こめた。
団長は玉座の前に立ち、腕にブランケットを抱えていた。
「あ…!」
思わず声をあげるタイオン。
団長「どうした…?」
タイオン「あ、いえ…さっきお持ちしようと思っていたもので…恐縮です」
レヴィン「すげえ…気が利くな!! タイオン!!!」
その言葉に、団長は小さく「ほう…」と声を漏らす。
団長「感心だな、タイオン。私が忘れそうなときは頼むぞ…」
その瞬間、場の空気がふっと緩み、穏やかになる。
ただ一人、手柄を横取りされたと感じた副団長だけは、無言でタイオンを睨み続けていた。
団長はゆっくり歩み寄り、座る王様の膝にブランケットをそっとかける。
王様「すまんな…」
団長は小さくペコッとお辞儀した。
王様「さて…団長と副団長も戻って来たことだし…気を引き締めるのじゃぞ、レヴィン」
レヴィン「えー、なんで俺!? いっつも気持ちは引き締めまくりっすよ!!!」
どーんっと胸に拳を当て、胸を張るレヴィン。
ベテラン勢「引き締めまくったなら転けんなよー」
くすくすと笑い声が上がる。
王様「うむ…レヴィンはもうちょっと落ち着いて行動せんといかんぞ…団長、この前なんかね、わしの玉座に突っ込んで来たんじゃよ?」
レヴィン「わー!? 王様!?」
団長「なんと…よく注意しておきますね…」
その言葉に、場は笑いに包まれた。
王様の話が終わると、皆それぞれ依頼や仕事に取り掛かる。
団長「全く…お前は…」
と、レヴィンだけ呼び止めてお説教が始まった。
レヴィン「いやあ…なんか急いでたらカーペットごと走っちゃって…進もうと頑張ったんですけど、どんどん足がぐるぐる巻きに…」
団長「どうやったらそうなるんだ…」
額に手をあて、ため息交じりに呟く団長。
団長「もういい…行ってよし。気を付けて歩くんだぞ…」
レヴィン「はい…! どわっ!?」
言ったそばから、ぶつかるレヴィン。
ぶつかった相手は、またもタイオンだった。
レヴィン「あ…タイオンじゃん」
タイオン「レヴィン…今日はよくぶつかるな…」
レヴィン「あはは!! 本当だなー」
団長「笑ってる場合か! 私が見てるぞ」
レヴィンの笑いは、すぐに乾いたものへと変わる。
団長「少しはタイオンを見習え…王様への尊厳をもう少し持つんだ…」
また、お説教が始まってしまった…。
レヴィン「俺…めっちゃ王様尊敬してますよー!!」
ぱあっと満面の笑顔を見せるレヴィンに、団長は思わず一歩後ずさる。
団長「…もうよい、お前には話す気も失せる…」
レヴィン「あ…はは…」
タイオン「ははは…」
そんな様子を、少し離れた場所からじっと見つめる副団長。
副団長「ちっ…!! レヴィンとタイオンめ…団長に媚びやがって…」
拳を握りしめ、青筋を立てながら小さく舌打ちする。




