不思議な森と動物達
朝の王国はまだ少し冷たい空気が残っていた。
街の石畳には昨夜の露が光り、屋根の上には淡い朝日が反射している。――王国の一日が静かに動き出そうとしていた。
そんな中、レヴィンは白馬の待つ馬小屋に向かって歩いていた。
手には昨晩、リュウさんの格好をした女剣士が巻いてくれた、少し血の汚れの残るハンカチ。何度も洗ったが、まだうっすら赤い跡が残っている。
「…もう会うことも無いって言ってたのにな」
返す機会などない。少し肩をすくめ、ハンカチをポケットに押し込みながら馬小屋の扉を押すと、白馬がゆっくりとこちらに歩いてきた。
「待たせたなー。今日も元気そうだな!!」
レヴィンは馬の顔を撫でると、白馬は鼻を押し付けてきた。フサフサした毛が心地よい。
「はは!!くすぐってえー!!」
⸻
「さて…今日はあのドラゴンの様子を見に行くか…お前にも紹介してやるからな?」
最近、白馬に乗る練習をしていたレヴィン。
思った以上に大人しく、すぐに乗れるようになっていた。
「おお…お前、やっぱり賢いな」
馬に声をかけ、ゆっくりと鞍にまたがる。
白馬の背に揺られ、少し高くなった視点から森の風を感じる。
ひんやりした空気が髪を揺らし、フードの隙間から覗く瞳が森の緑をじっと見つめていた。
「おお…気持ちいいな」
軽く鞍を握り、揺れる背に身を任せながら森の香りを深く吸い込む。
普段の暗黒騎士としての凛々しい姿とは違う、柔らかい雰囲気が自然に漂う。
⸻
「よーし…チビドラはどこにいるかなー…」
木々の間から、見覚えのある小さな影が揺れる。
「おおっ、あれか…?」
白馬もレヴィンの気配を察し、耳をピクピクと動かす。
馬から降り、安心させるように撫でながら先導し、慎重に森の小道を進む。
「チビドラ…今日も元気かな?」
森の奥から足音が聞こえ、自然と笑みがこぼれた。
「んん…!?なんかでかくね…!?」
ドドドッと駆けてくるチビだったドラゴンは、すっかり背丈以上の大きさになっていた。
「おおおっ…デカドラになってる…!?」
レヴィンは思わず後ろにずれそうになる。
白馬もびくっと耳を倒し、身を低くして警戒する。
デカドラは見上げるレヴィンに向かって「ガウガウーーー!!」と元気に鳴き、尾を振る。
大きくなった分、振動が馬の背にも伝わり、レヴィンは思わず怯んだ。
恐る恐る手を伸ばすレヴィンだったが――次の瞬間。
ドーーーン!!!
勢いよく突撃してきたデカドラに、レヴィンは為す術もなく倒され、そのままベロッベロに舐められてしまった。
「ちょ!?待てって!?」
顔中唾だらけになり、思わず後ずさる。
チビドラの頃の可愛らしい「キュー」という鳴き声は、今や「ガウッ」という重低音に変わっていた。
傍から見れば襲われているように見えるかもしれない。
熱い歓迎ぶりが落ち着くと、レヴィンは近くの川で顔を洗う。
白馬も静かに水を飲み、涼しげな水面が朝の光を反射していた。
顔を拭き終えると、そっとデカドラの体に鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。
獣のような森の香りが混ざった、今まで嗅いだことのない独特の匂いが鼻をくすぐる。
「ドラゴンの匂いって…独特だな…」
思わず小さく呟き、頬に残るデカドラのぬくもりとともに、その香りを楽しむ。
白馬も興味津々で鼻先をクンクンと近づけ、同じ匂いを確かめる。
「匂うかなー?なかなか消えなそうな感じだなー」
「全く、でかくなってもまだ子供なんだなー」
膝にじゃれつくデカドラ。以前はすっぽり収まっていた体が、今ではかなりはみ出している。
デカドラは何か思い出したかのように、フードを引っ張る。
「な、なんだよ?どうした…?」
ズルズルと引っ張られ、力に負けてフードがずれ上がり、お腹がちらりと見えてしまった。
白馬が鼻先をデカドラの太い腕にドンッと押し当てると、デカドラはピタリと止まった。
「おお…?動物同士、意思疎通ができてるんだな」
言葉はなくても、行動で示している。
「さすがだな…」
レヴィンは白馬の首を撫で、落ち着いた足取りで後を歩きながら森の小道を進む。
デカドラは少し戸惑ったあと、ぴょこんと跳ねて膝に寄り添い、再び甘えた仕草を見せた。
「どっか案内してくれんのか?」
声をかけると、言葉が通じたかのように目を輝かせ、デカドラはドタバタと先陣を切って歩き出す。
レヴィンは服を直しながら、そんなデカドラを微笑みで見つめる。
「付いて行くか…」
白馬は落ち着いた足取りで横を歩き、森の小道を進む。三者の姿は、まるで長年の友達のような安定感があった。
デカドラは時折立ち止まり、振り返って「ガウガウ!!」と元気に鳴き、進路を示す。
茂みの中から、小さなリスのような生き物がピョコピョコと姿を現す。
デカドラを見つけると、チュッと可愛らしい鳴き声をあげてじゃれついた。
「うわ!?なんだこれ!? 超可愛い!!」
リス?モモンガ? 不思議な生き物だ。
レヴィンはそっと手を伸ばし、小さな頭を撫でる。
最初は警戒していた小動物も、デカドラとレヴィンの優しい手つきに安心し、徐々に体を預けてくる。
突然、ぶわっと体を広げて空中を飛び、くるくる回ってデカドラの頭に着地するモモリス。
「ほえー、デカドラのやつ、友達見つけたんだなあ…」
通信機器で調べると、モモリスはリスの見た目でモモンガの特徴を持ち、どんぐりや木の実を好む希少動物だという。
白馬もそっと鼻先を近づけ、存在を受け入れているかのように穏やかに立つ。
三者三様の姿は違えど、瞬く間に仲良くじゃれ合い、白馬はモモリスを守るように、デカドラは怪我をさせないように見守った。
「なんか面白いなー」
レヴィンは地面に腰を下ろし、三者の様子を眺める。
木漏れ日が三者の間に落ち、風が葉を揺らす音だけが森に響く。
その光景を見て、心がゆるむのを感じた。
「この森…なんか落ち着くな…」
小さな生き物から大きな存在まで、違う者同士が一緒にいる光景が、胸の奥をほんのり温める。
レヴィンはデカドラの頭を撫で、じんわり温かさを感じる。
「お前も、もう一人じゃないな?」
ゴツゴツした皮膚の中に、確かな温もりが伝わってくる。
デカドラは満足そうに低く唸り、頭を押しつけて甘える。
「ガウ!!」
少し考え込み、ふと胸に手を置く。
「でも…お前、どこから来たんだろうなあ…」
火も吹くし、凍りつく息も吐くし…戦闘用のドラゴンなんじゃ…
デカドラは「ガウ!!」と元気よく鳴き、得意げに胸を張る。
昔見た戦闘用ドラゴンの光景が、ふと頭をよぎった。
「まあでも、戦闘用のドラゴンは簡単に人になつかないか…」
使えないドラゴンは皮膚を剥がされ装備にされることもあった。考えただけで背筋がゾッとする。
思わずデカドラに抱きつくレヴィン。
「痛い思いなんて絶対させないからな…!」
デカドラは首をかしげ、「ガウ?」と応える。
顔を上げ、木漏れ日を見上げる。
「それにしても…この森、ホント不思議な場所だな…」
この前見た大蛇も、目の前のモモリスも、普通の森じゃまずありえない光景だった。
「生き物の種類も、行動も…なんか、人の手が加わってるみたいだ…」
白馬は静かに横に立ち、デカドラは膝に体を寄せる。
「でも…こうやって仲間が増えるのは悪くないかもな」
森の中、静かな風と鳥の声に包まれ、三者三様の存在が小さな安心と喜びをもたらした。
⸻
一頻り遊んだあと、レヴィンは白馬に跨り、デカドラとモモリスに「また来るからな?」と声をかける。
モモリスもチュッと鳴き、白馬も元気になった様子で胴体を撫でられる。
レヴィンは森を駆け抜ける白馬の背で、風を感じながら笑みをこぼす。
木の上から静かに見下ろす人物がいた。
ほほえみを浮かべ、胡座をかいたその人影は、そっとつぶやく。
「僕の森…気に入ってくれてるみたいだね。あの人は無害そうだから、排除しなくてもいいか…」
「この前…僕の森に侵入した異能者や山賊もやっつけてくれたし…」
「ふふ…しかしあの人、歌のセンスはないなあ…」
レヴィンは見られていることなどつゆ知らず、白馬に跨り鼻歌を歌いながら森を抜けていった。




