暗黒騎士指名の不吉な依頼②
レヴィンはハリスの部屋に向かう。
メンタルルームの隣の部屋だ。
扉の前で軽く息を整え、ノックする。
「……ハリス、ちょっといいか?」
中からはいつもの落ち着いた声が聞こえる。
「どうぞ…」
「よっ」
「何かあった?」
レヴィンは早速、封筒から依頼書を広げて見せる。
「フェルナンド…普通の貴族だよね。でも暗黒騎士を名指しで護衛って…怪しいな」
ハリスは眉をひそめつつも、落ち着いた声で答える。
「だろ!?王様のあんな怖い顔してさ…俺、そういうの苦手なの知ってるくせに…」
ハリスは思わず吹き出した。
「たしかに…」
「僕も護衛してるレンの後をつけるよ。心話がいつでもできるようにしておくから...」
「おおー!助かるよ!!さすがハリスだなー!相談して良かったぜー!」
ーー護衛任務当日、レンはいつもより念入りに顔を隠して城を出る。
フードを深く被り、マスクで口元を覆う。
今日は少し身を縮めて慎重に歩いた。
「……やっぱり気合入れすぎかな…?」
心の中で小さく呟き、背中を守るハリスの存在に少しだけ安心する。
それでも任務が始まる緊張は消えず、胸の奥が少しだけざわついた。
レヴィンとハリスは、待ち合わせ場所の近くの物陰に身を潜め、依頼主が現れるのをじっと待った。
「目印に緑の革靴を履いてるって書いてあったね...」ハリスが低く呟く。
「緑色の革靴か…」
レヴィンも視線を巡らせながらつぶやく。
「この辺でそんな靴を履くっていうのは、自己顕示が強い奴か、高貴さを自称してるようなものだと聞いたことがある」
周囲の人々が行き交う中、二人の視線は自然に足元に集中する。
少しでも異彩を放つ者を見逃さぬよう、慎重に観察を続ける。
物陰の先に、付き人を従えた一組の人物が姿を現した。
目を疑う間もなく、緑色に輝く革靴が視界に飛び込む。
「…あれだ!」
レヴィンの胸が高鳴る。思わず身体が反応し、ビュンッと飛び出してしまった。
「…あ、ちょっと」
ハリスが慌てて手を伸ばすが、間に合わない。
レヴィンの目には、もう緑の革靴以外何も映っていない。
依頼主らしき人物は、付き人と共にゆっくり歩を進める。
その自信に満ちた足取りに、レヴィンは一気に視線を奪われたまま近づいていく。
「…この緑の革靴…依頼主に違いない…!」
レヴィンは目を輝かせ、靴めがけて飛び出した。
だが近づいてよく見ると、単なる緑のスニーカーだった。
革靴でもねええー!!
慌ててブレーキをかけ、レヴィンは立ち止まる。
「えっ…」
「....」
小声でハリスが呆れ顔を向けながら呟く。
「ばかーーー」
その瞬間、レヴィンの黒一色の装備に黒いマスクで隠した顔が、周囲の視線を一身に集めてしまった。
レヴィンは視線を浴びながらも、何事も無かったかのように堂々とハリスの元へ戻った。
「すまん、ちょっと間違えた」
ハリスは眉をひそめ、怒りをこらえた声で叫ぶ。
「だいぶ違うよ!!!」
隠れる場所を少し変え、今度はハリスにフェルナンドを探して貰うことにした。
レヴィンは物陰で大きくあくびをしながらつぶやいた。
「ふあー…結構蒸れるんだよなー。メガネとか考えたけど、ぜってー曇る…」
ハリスは小声で呆れたように返す。
「うるさい…」
(誰のせいで今僕が探してると思ってんの...?)
追い討ちの心話付きだ...。
「ごめん…」
またしても怒られてしまった。レヴィンは肩をすくめ、仕方なさそうに息を吐く。
夕暮れの光が街路を淡く染める中、フェルナンドは付き人を従え、悠然と姿を現した。
深緑のベルベットのコートは肩から流れるように広がり、胸元には精巧な銀のブローチが光る。
そして足元には、ひときわ目を引く緑の革靴――落ち着いた深緑色に磨かれ、細かな装飾が施されたそれは、彼の高貴さを誇示するかのように輝いていた。
通りの石畳に足音を響かせながら歩くその姿は、街の喧騒に溶け込みながらも、確実に人々の視線を集めていた。
「あいつだ…」ハリスの瞳が鋭く光る。心を読むように集中した彼は、間違いなく目の前の人物が依頼主フェルナンドだと確認した。
「よ、ようし!!!行くぜ!!!」
レヴィンの声には興奮が混じる。思わず体が前に出そうになるが、ハリスが軽く手を上げて制する。
「あんまボロが出ないようにね…」
その助言に、レヴィンは心の中で小さくぼやく。
(なんちゅーアドバイスだ…でも、確かに真実だから仕方ない…)
レヴィンは迷わずフェルナンドとその付き人の元へ一直線に歩を進める。
フェルナンドはすぐに気づき、柔らかな微笑みを浮かべた。
「驚いた…本当に暗黒騎士みたいだね」
その穏やかな笑顔に、レヴィンは一瞬立ち止まる。
(あれ…思ってたより、良い人そう…?)
心の奥で警戒心と同時に、ほんの少しだけ安心感が芽生える。
付き人も上品に頭を下げ、フェルナンドの気高さを際立たせている。
「暗黒騎士です!よろしくお願いします...」
一瞬の静寂...。
(わあっ!?君は本当の暗黒騎士じゃないでしょ!?聖騎士でしょ)
とハリスの心話が飛んでくる。
「い、いえ...暗黒騎士と世間では謳われている聖騎士です」
なんだか変な自己紹介になってしまった。
「ふふ...ユニークな方だね?なんとお呼びすればいいかな?」
レヴィンは一瞬、どうしようか迷った。
本名を明かすわけにはいかない――
「えっと…じゃ、じゃあ…」
とっさに口をついて出た名前は――
「ハ、ハリスです!」
(おいいいいいいいー!僕の名前使うなあああー!)
ハリスの心話がまたも飛んできた。
フェルナンドはにこやかに頷く。
「ふふ、ハリスさんか。よろしくね」
「は、はい…」
付き人は少し首をかしげ、レヴィンの動揺に気づきかけるが、レヴィンは必死で平静を装った。
(…ハリス、ごめん。つい咄嗟に勝手に名前使っちゃった…)
(もおおおおお!!!)
フェルナンドは落ち着いた声で、しかし丁寧に語り始めた。
「実はですね、とある者に宝石をお渡しする約束をしておりまして…その方が指定した場所というのが、この禁断区域なのです」
付き人が箱を抱え、周囲を警戒しつつも、フェルナンドはさらに説明を続ける。
「物騒な獣や異能者の潜伏、さらには山賊の存在も噂に聞いております。ですので、腕の立つお方の護衛が必要でして…」
そして、少し笑みを浮かべながら、直接レヴィンに目を向ける。
「暗黒騎士様の噂は以前から耳にしておりまして…その名の通りの強さをお持ちだと伺っております。それで、あえてご指名させていただいた次第です」
レヴィンはその饒舌さに少し眉をひそめつつも、護衛対象としての緊張感が背筋に走った。
(…なるほど、確かに普通の護衛じゃ間に合わなさそうだ…)
レヴィンは付き人の動きを目で追う。
見たところ、ただの執事然としており、鍛えられた体つきではない。年齢もおそらく60代前後。
(なるほど…この人じゃ、確かに頼りなさそうだな…)
「フェルナンドさん…では、普段から専属の護衛はいらっしゃらなかったのですか?」
レヴィンの声は落ち着いていたが、問いの奥には疑念が滲む。
フェルナンドの表情が一瞬曇った。
「…?」
その一瞬で、レヴィンは何かを察する。
(貴族ならば、普通は専属の護衛がいるはずだ。それなのになぜわざわざ…暗黒騎士の俺を指名した?)
フェルナンドは少し顔を伏せ、静かに言葉を紡いだ。
「実は、以前の護衛に裏切られましてね…その結果、経済的にも窮地に立たされることとなり…お恥ずかしい話、金銭的な事情から宝石の受け渡しもままならなくなったのです。だからこそ、腕に覚えのある聖騎士様にお願いせざるを得ませんでした」
レヴィンは眉をひそめつつも、視線を逸らさずその言葉を受け止める。
――ハリスの心話がかすかに届く。
(嘘ではない…本当だ)
ハリスの声が確かめてくれることで、レヴィンは一瞬だけ肩の力を抜く。
(なるほど…事情は理解した。だが、だからといって油断はできない…)




