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宣戦布告

ーーガララッ

再びC組の扉が開く。


次に現れたのは生徒ではなく、腕に生徒名簿を抱えた30代くらいの女教師であった。

教師はそのまま教壇につき、カッカッカッと小気味よい音を立て黒板に文字を連ねる。


「みなさん、まずはご入学おめでとうございます。私はこれから1年間、あなた達1年C組のクラスを担当する森下(もりした) (いずみ)です。よろしくね」

どうやら黒板には自身の名を書いていたようだ。


---


それからは何事もなく軽いホームルーム、入学式と経て現在は帰路についている。


もう少しで家に着くわけだがここまで来るのにとても大変だった、自己紹介で私が”黒羽沙羅”とわかるや否や大量に押しかけてくる生徒。

多少、質問責めにあうことは想定していたがこれ程とは思いもしなかった。


今日は体力的と言うか精神的にかなり疲れた。

重い足取りの中、家に着き玄関を開ける。

いつもと変わらない家なのに違和感がある。

床、窓、天井とあらゆる所が綺麗だ、それこそ新築のように。

「あいつが掃除したのかしら」

今までの執事も掃除はしてくれていたがこんなにも見た目から変わるようなことは無かった。


それよりアイツに聞かないといけないことが山ほどある。

トントントンとリズム良くまな板を叩く音が聞こえる方へ向かうと、葛城の背中があった。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「うっ...」

先程までとのギャップにやはり内心ビビってしまう。


「あなた、学園でのあの態度はなんなの?」


「学園でのことは申し訳ございませんでした」

(……素直? でも心は動いてない)

胸の奥で何かがちり、と鳴る。


「あなた心の底から謝ってないでしょ?」

腰に手を当てジト目で下から覗き込む。


「……台本通りに演じている人に、アドリブで謝っても届きませんよ」


(台本?)

私の笑顔――“完璧”のことを言ってる?


「まぁいいわ、でも学園にもいるならついでに私の世話をしなさいよ!今日だって帰り大変だったんだから」


「申し訳ございません、お嬢様。朝は5時からお嬢様が学園に行かれるまで。

そしてお嬢様が学園にお戻りになられてから夜は24時までと契約させていただいております為、業務時間外となります」


「そのため、学園では私とは他人として関わらない事をお勧めいたします」

そう告げると再び、包丁を手に取り料理を再開し始めた。


「な、なによそれ」

契約上、勤務時間外だからというのはまだ分かる。が、私に関わってくるなとは何様よ!

クラス、いや学園の誰もが私と関わりたくて近づいてきているというのに!


やなり気に入らない。

沙羅は今後の作戦を練るため1度自室に戻り、どうしたものかと思案する。

早々に辞めさせる気でいたが色仕掛けも通じない、家中に仕掛けておいたカメラはいつの間にか全て取り外されていた。

(辞めさせたところで学校でも顔を合わせるためいくら私といえど少し気まずい...)

もはや一人暮らしは二の次で沙羅に対し冷めた態度を取る葛城を見返すことが目的となりつつあった。

「………………幸いアイツは執事としては完璧(悔しいけど)。あいつを私に惚れさせていい様に使ってやるわ、うふふ」


ーーコンッコンッコンッコンッ

計画しているうちに時間が経ったのか扉の廊下側からノックされる。

「お嬢様、お昼が出来上がりましたのでどうぞお召し上がりください」

扉越しに少しくぐもった声が聞こえてくる。


リビングにおりて見ると、どうやらお昼はパスタのようだ。

トマトとチーズが綺麗に並び彩られたカプレーゼパスタが見た目だけで食欲が増す。

口に運ぶと今朝に続き、味も申し分なく美味しい。


「ねぇ、葛城も隣に来て一緒に食べない?なんなら私が”あーん”してあげてもいいわよ」


「いえ、私は味見として既に少し食べておりますので大丈夫です」


そう、やすやすと来るほど甘い相手ではないか。


パスタを食べ終わったその後も、食器を洗う葛城に抱きついてみたり、際どい下着で家の中を歩いてみたりしたがどれも効果なし。


なんなのよ....あいつのストライクゾーンがボールというか、もはやデッドボールエリアにあるじゃないかしら。


◆◆◆◆◆


昨日はホームルームと入学式だけだったので授業は今日から開始となる。

今は4限目の英語の授業中である。

学園に来てから前の生徒を観察しているが何も喋らないこと以外は至って普通だ。

ただ友人はできてないようで休み時間中はずっと独りでなにかの本を読んでいる。


日本在住のカナダ人英語教師であるウィルソンがなにやら授業の方針について説明しているが何も頭に入ってこない。


やがて4限目の終了を告げるチャイムが響き、昼休みがやってくる。

いままで休み時間に1度も席を立たなかった葛城が席を立ち廊下へ出てどこかへ向かう。



教室内だと目立つ行動は起こせないが廊下だと目が減るため多少行動できる。

これはチャンスとばかりに沙羅も席を立ち葛城を追いかける。

そして葛城がトイレに入ったのを確認し出てくるのを少し離れた場所で待つ。


3分程して出てきた姿を目視し、ちょうど今通りかかったように装い前から歩いてくるターゲットにボディタッチする。


「かーつらーぎくん♡ 廊下で会うなんて偶然ね。そうだ!今日これから一緒にお昼でも食べない?」


大抵の男子なら速攻で首を縦に振るであろう、上目遣いで食事に誘う。

が、これまた予想もしない事態が沙羅を襲う。

彼の肩に軽く触れて止める。

彼は その手をほどき、半歩だけ下がって距離を取る。


昼休みの廊下にて対峙する男子生徒。

退けよ、目立ちたいだけの安っぽい女」

「……それと、俺の境界線に入るな」


低く冷たい声で言い放つ彼の目は笑っておらず、感情を削ぎ落とした瞳で私を見下ろしている。


「えっ...?なっ...///なんですってーーーーー!この私を安っぽい女呼ばわりして、許さない!許さない!許さないー!」


「卒業までに絶対にキミを落として謝らせてやるんだから!」

思わず宣戦布告のように叫ぶ。


その瞬間、周囲の空気がざわめいた。

(――落とす、って、そういう意味?)

(黒羽さん、マジで言ってるの?)

(相手、あの陰キャくんだよな……?)


後ろで他の生徒が囁いているのが聞こえる。

けど、もう引けなかった。


「覚悟してなさい、葛城深哉!」


「勝手にしろ。舞台に上がりたいなら台本を捨てろ」


彼はそう言い残し、背を向けて歩き去った。

残されたのは私と、昼休みのざわめきだけ。


クラスの女子が心配そうに覗き込む。

私はすぐに笑顔を作って首を振った。


「平気よ。」


そう答えてみせた瞬間、周囲のざわめきが少しずつ収まっていく。

――完璧な笑顔。


でも、胸の奥だけは、どうしても静まらなかった。


---


放課後の昇降口で靴を履き替えながら、沙羅はふと気づく。

下駄箱の端に、真新しいローファーが一足置かれていた。

名前を見ると――“葛城深哉”。

少し迷った末、手に取る。

彼の靴は泥ひとつ付いていなくて、几帳面に揃えられていた。

なんだか、それが余計に腹立たしい。


「完璧ぶってるんじゃないわよ……」

小さく呟いて、そっと靴を戻す。



その夜。

家に帰ると、リビングの照明が柔らかく灯り、香ばしい匂いが漂っていた。


テーブルには温かいシチュー。

そして、その隣で静かに本を読んでいる葛城の姿。背表紙には――『血の螺旋/九十九里 博彦』。付箋が幾つも覗く。


「……お帰りなさいませ、お嬢様。」


「…………」


彼の声は穏やかだが、昼の冷たさを思い出し、胸がざらつく。

何もなかったように接してくるその態度が、逆に腹が立った。


「ねぇ、昼間……なんで突き飛ばしたの?」


「お嬢様が“演じようとしていた”からです。他人を観客にして恋愛ごっこをするなら、相手は私じゃない」


「……『台本を捨てろ』って、どういう意味?」


「“完璧”って 役 を降りろ、って話です。」

彼は本を閉じて、ようやくこちらを見た。

その瞳には、怒りでも軽蔑でもない――ただ、深い“無関心”があった。

そして冷たく低い声で

「もし本気なら素の黒羽沙羅で来い」


「……っ」


一瞬、言葉を失う。


まるで、私という存在が彼の世界に“居ない”みたいに思えた。




けど――


その夜、ベッドに潜り込み、天井を見つめながら思った。


(ふふっ、いいわ。興味が無いなら、興味を持たせればいい。あなたの”脳”を私へ向けさせる)


黒羽沙羅の目が、月明かりの中で獰猛に輝く。


これは、単なる恋の駆け引きではない。

彼女にとって、それは――“戦い”の始まりだった。

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