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初めての期末試験

昨日の一件の後、学園ではとある噂で持ち切りであった。


その噂とはーー

《黒羽、白銀の両名が葛城という男子を取り合っている》



---


「ねえ、葛城くん。今日の放課後、私と“デート”行かない? 別に私が行きたいとかじゃないのよ。ただ、日頃の仕事ぶりを労ってあげようと思っただけ」

ホームルーム前、教室で葛城の後ろから声をかける沙羅。

周囲の空気が一瞬で張り詰めた。


「えー、ずるーい! 沙羅は帰っても深哉くんと一緒にいられるじゃん! 放課後くらい私に譲ってよ!」

莉鈴が負けじと叫び、教室中がざわつく。


「……うるさい。俺は本を読みたいんだ。出かけたいなら二人で行ってこい。」

ページをめくる指先がピタリと止まり、葛城はため息交じりに低く言い放つ。

その一言には、彼特有の静かな怒気がこもっていた。


「「うぅ...」」

沙羅と莉鈴は小動物のように押し黙る。


周囲の生徒たちはその様子を興味津々に眺めていた。

「あの噂やっぱ本当だったんだ」

「黒羽さんが自分から誘うところなんて初めて見た」

「いや、そもそも黒羽のほうから話しかけるだけでも異例だったんだよ」

「この間もB組の斎藤がこっぴどく振られたらしいぜ」

ざわめきが熱を帯び、瞬く間に教室が騒がしくなる。

つい先日まで“葛城×白銀”のカップル疑惑で盛り上がっていたのに、

今では“白銀×葛城×黒羽”という三角関係の噂に完全上書きされていた。


やがて、ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴り響き、

莉鈴は渋々教室を後にする。


入れ替わりに担任の森下がやってくる。

「今日は皆さんに連絡があります。もう既に入学して三ヶ月程が経ちましたね。

そろそろだと気づいている人もいるかと思いますが期末試験を実施します」


一瞬の静寂のあと、

「「え〜」」

とクラス全体がブーイングで埋め尽くされる。


「静かに!」

森下の一喝で空気が落ち着く。


「試験は来週火曜から四日間。午前中に一日三科目ずつ実施します。各教科、六十点未満は赤点です。補習が嫌な人は頑張ってくださいね」


その“六十点”という高いラインに、クラスの数人が青ざめた。


そう言うと、森下は各列の人数分まとめたプリントをそれぞれの1列目の生徒に手渡ししていく。

沙羅の手元にプリントが回ってくるのは必然的に一番最後となる。

視線を手元に落とし確認すると、そこには12科目――現代文、古典、数学I、数学A、物理、生物、化学、情報、保健、現代社会、世界史、英語――と書かれていた。(表記統一)


「1日3科目を4日か...そうだ」


沙羅はひらめいたように前の席をチョンチョンと軽くつつく。

迷惑そうな顔で振り向く葛城に向かって沙羅は提案する。

「ねえ、期末テスト勝負しない? 1日3科目の合計で競って、勝った方が“なんでも一つお願い”を聞く。それを4日間。どう?」


「やるメリットがない、一人でやってろ」

相変わらずの塩対応。

しかし沙羅は引き下がらない。


「な・ん・で・も、なのよ。あなたが勝てば給料貯めてもなかなか買えない、ホラー小説や映画だって買ってあげるわよ。あなたが”望めば”ね」

ホラーの単語を聞いた瞬間、葛城の目がほんのわずかに動く。


僅かな間の沈黙。

やがて本を閉じ、渋々頷く。


「いいだろう。受けて立つ。」


「ふふっ。やっぱりね」

沙羅は口角を上げ、余裕の笑みを浮かべた。


(申し訳ないけど、私“首席”なのよ。負ける気なんてしないわ)


勝負の内容より、勝ったあとのお願いを考える方が楽しい。

そんな表情だった。

(ホラー関連になるとやけに素直なのよね)



---


期末試験の数日前。

梅雨が明けきらない少し湿った空気のなか、学園全体がどこかピリついた空気を帯びていた。

教室を見渡せば、参考書を抱えた生徒たちが眉を寄せ、赤シートで文字を隠しては唸る。

そんな中――黒羽沙羅はいつも通りの表情で机に向かっていた。


「……ふぅ。やっぱりこの辺の文法問題は、前回の模試の方が難しかったわね」


淡々とノートを閉じる彼女の横顔には余裕の笑みが浮かぶ。

学年トップの座は譲るつもりなど毛頭ない。

対して、前方から聞こえてきたのは、男子たちの声だった。


「おい葛城、おまえずっと本読んでるけど試験大丈夫なのか?」

「あぁ、それなりにな」

「いいよな、自信があって、俺なんか赤点回避のために必死だぜ」


笑い混じりの話題に、沙羅はふと顔を上げる。

(……葛城くん、そんなに勉強できるのかしら)


つい先日、彼にノートを貸した時も、ページを開くなり首を傾げていたのを覚えている。

「字が綺麗すぎて逆に読めねぇ」なんて軽口を叩いていたし。

試験勉強に本気で打ち込んでいるようには思えかなかった。

(まぁいいわ、私の勝ちは揺るがないもの)



---


そして始まる4日間にわたる試験戦争。

教室には常に紙の擦れる音と、ペン先の緊張感が漂っていた。


沙羅は相変わらずの集中力で、ほとんどの科目を完璧に仕上げていく。

隣の席の葛城もまた、驚くほどの速さで答案を進めていた。


(速い……? しかも、迷いがない……)

問題を解くたび、沙羅の中に小さな焦りが生まれる。


最終日。

最後の科目は「現代文」と「古典」そして「英語」。

沙羅にとっては十八番だが、葛城の様子がおかしい。始まってまだ数分なのだがいつものペースでペンが走る音が聞こえてこない。


しかし今は勝つことを考えるべきと自身の答案用紙に集中する。

やがて、試験の終了を告げるチャイムと共に監視役の先生からペンを置くように指示が飛ぶ。

(やっと終わったわね...手応えは十分)


沙羅は今までにない手応えで試験を終えたのだった。



---


――結果発表の日。


廊下に貼り出された成績表を前に、人だかりができる。


「見て、黒羽さん一位だよ」

「でも今回、葛城くんもやばくない? 現代文と古典以外、満点だって!」


視線が交錯する中、沙羅と葛城が並んで成績表を見上げた。


「……3勝1敗、か」

葛城が淡々と呟く。

(理系・社会の三日間は俺、国語系の日はお前の勝ちだな) と短く付け足す。


「まさかあなたがそんなに勉強できるなんて思ってなかったわ。それにしても現代文と古典が20点未満って……」

「いつも本を読んでいるのに苦手なの?」


「本を読むのとは全く別物だろ」

目を逸らし、少しバツの悪そうにする葛城。


貼り出しの下段には、学年順位も記載されている。

首位は黒羽沙羅、葛城は総合五位。

掲示の個票には、彼の現代文と古典だけが大きく沈み、他は満点の赤丸が並んでいた。


沙羅の唇が勝ち誇ったように歪む。

しかし、その瞳の奥には――悔しさを隠しきれない光があった。


「悔しいけど、認めるわ。私の負け。あなた、本当に底が知れないわね」


「お前もな。あの早さで全教科上位に入れるやつは、そういない」


短い言葉の応酬。

しかしその一瞬に、二人の間にあった張り詰めた空気が少しだけ緩んだ。


「……で、勝負の報酬、覚えてるわよね?」

沙羅がいたずらっぽく囁く。


「そうだったな。俺の“お願い”を三つ、お前が聞く。俺はお前の“お願い”を一つ、聞けばいいんだろう?」


「ええ。もちろん、“なんでも”よ」


彼女の瞳が、意味深に笑った。

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