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お嬢様、嫉妬で不機嫌モード突入中! -その2-

放課後の教室を抜け出した沙羅は、足の向くままに歩いていた。

どこへ行くつもりなのか、自分でもわからない。

ただ、この胸を締めつける痛みから逃げ出したかった。


校舎裏を抜け、人気のない中庭へ出る。

夕陽が伸ばす影の中で、沙羅は立ち止まった。


(……馬鹿みたい。嫉妬なんて、する資格ないのに)


自分に言い聞かせるように呟く。

彼は執事で、自分は主人。それ以上でも、それ以下でもない。

わかっている。頭では、何度だって理解している。

けれど――心は、どうしても言うことを聞いてくれなかった。


あのとき。

「莉鈴」と名前で呼んだ瞬間、胸の奥がぐちゃぐちゃにかき乱された。

どうして、そんなに自然に名前で呼ぶの。

どうして、そんな優しい声を、私にはくれないの。

そんな感情が、喉までこみ上げた。


(もう、知らない。あんな人……)


そう言いながら、沙羅はベンチに腰を下ろし、膝を抱えた。

その横を、部活帰りの生徒たちが笑いながら通り過ぎていく。

強がることには慣れていた。

隠すことは彼女の得意技だった。


だが――その日は、どうしても誤魔化せなかった。


---


日も完全に落ち、屋敷に帰ると玄関の明かりはついていた。


「……帰ってるのね」


一瞬、遠回りしてさらに時間を潰そうかと思ったが、それも馬鹿らしく思えてやめた。

逃げたところで、明日も顔を合わせることに変わりはない。

階段を上がる途中、ふとリビングの方から包丁の音が聞こえた。

トン、トン、トン。

一定のリズム。葛城の癖だ。


(また……ご飯、作ってるの?)


「いらないって言ったのに」


小さく呟いて、沙羅はその場に立ち止まった。

だが数秒の沈黙ののち、足が勝手にそちらへ向かっていた。


リビングのドアを少し開けると、キッチンの光に照らされた葛城の姿があった。

エプロンをつけ、黙々と鍋をかき混ぜている。

その横顔は相変わらず整っていて、腹立たしいほど冷静だ。

まるで昨日のことなど、何もなかったかのように。


「……何を作ってるの?」


自分でも驚くほど、声が冷たかった。

葛城は手を止め、振り向く。


「お嬢様。お帰りなさい。今夜は煮込みハンバーグです。お好きでしたよね」


「……覚えてたのね。どうせ私、昨日食べなかったのに」


「そういう日もあります。お疲れだったのかと」


「違う! ……そういうことじゃないの!」


語気が強くなる。

彼の落ち着いた態度が、どうしても癇に障る。

まるで自分だけが感情的で、子どもみたいに思える。


「なんで、そんな平然としてるのよ。噂のことだって知ってるでしょ? 学園中で、あなたと白銀さんがどうこうって言われてるのよ!少しは否定しなさいよ!」

捲し立てるように言葉を紡ぐ。


「存じています。しかし、あくまで噂。放っておけばいずれ消えます。」


「……本当に何も感じないの?」


「感じる必要がありますか?」


沙羅は言葉を失った。

「なぜ」と叫びたかった。

けれど、それを言った瞬間、すべてが崩れてしまう気がした。


沈黙。

鍋の煮立つ音だけがやけに響く。


「……もういいわ。お風呂、先に入るから」


そう言って背を向ける。


葛城は黙ってその背を見送る。

鍋からは甘いデミグラスの香りが立ち上っていた。



◆◆◆


翌日。

学園での噂はさらに広がっていた。


「白銀さん、昨日も葛城くんと一緒に教室いたらしいよ」

「ほんと? それもう確定じゃん!」


廊下のあちこちで囁かれる声。

沙羅は無表情で通り過ぎるが、その背筋は硬い。

誰にも見せないように唇を噛む。


教室に入ると、莉鈴がにっこりと微笑んでいた。

もはや、なぜC組にいるのかは気にしない。

その視線の先には、当然のように葛城がいる。

沙羅の席のすぐ前。

まるで彼を挟んで、二人の空気が違う世界のようだった。


「おはよう、深哉くん」

「おはよう、莉鈴」


胸の奥がちくりと痛む。

昨日、あんなに名前を呼ばれて胸が高鳴ったのに、彼の口から他の女の”名前”が出ると嫌な気持ちになる。


そのとき、莉鈴が悪戯っぽく笑いながら言った。


「ねぇ、深哉くん。放課後、ちょっと話したいことがあるの。大事な用なんだけど。いい?」


「……構わないが」


(放課後……?)


沙羅の耳がその言葉を拾い、心がざわめいた。

手に持っていたペンが、カチリと音を立てて折れる。


---


放課後。

夕陽が沈むころ、屋上に沙羅は立っていた。

夏特有の湿った暖かい風が髪を揺らす。

屋上から見下ろす光景を、ただ静かに見つめる。


中庭で話す二人。莉鈴と葛城。

距離は近く、莉鈴が時折笑いながら彼の腕を軽く叩く。

周囲にいる生徒たちは羨望の眼差しを二人に向けるが、沙羅だけがその笑顔を苦々しく見ていた。

(……大事な話って...まさか.......)


胸の奥で何かが弾ける音がした。

気づけば、沙羅は走り出していた。

屋上を降り、階段を駆け下り、中庭へ向かう。

激しい足音が廊下に響く。


莉鈴が振り向いた瞬間、沙羅は立っていた。


「……沙羅?」

「あなたね、いったい何をしてるの?」


張り詰めた空気。

周囲の生徒がざわめきを止め、視線を集める。

莉鈴は一歩下がったが、すぐに笑みを取り戻す。


「何って、少し話してただけよ。ねぇ、深哉くん?」


「……ああ、そうーー」


「黙って」


その一言で、葛城の言葉が途中で止まった。

沙羅の瞳が怒りで揺れている。

言葉にできない感情があふれて、震える声になった。


「ねぇ、莉鈴。あなた葛城くんをどうしたいの?」

いつになく真剣な顔を見せる沙羅。

莉鈴が沙羅のこんな顔を見るのは何年振りだろうか、こちらもまっすぐ向き合わなくてはならないと思わせる眼をしている。


「元々は沙羅をからかうために利用させてもらってただけだった...。でも今は本気で深哉くんのことが好き。残されたこの3年間の自由を私は彼のために使いたいと思ってる」

そう語る莉鈴の表情にはいつものおチャラけた雰囲気は感じられない。


「あなたはどうなの?沙羅」


「わ、私は......」

心の中では答えは明確だ、しかし思うように言葉にして出せない。


「ふーん、言えないんだ。なら戦場に立つ権利すらないね」

莉鈴から告げられる部外者通告。

それを受け沙羅の中でプライドという感情の拘束具がガシャンと音を立て外れる。


「う、うるさい!す、好きよ!私も!執事とか、主人とか関係ない!葛城が好きなのよ!」

口からやっと吐き出した言葉。

元々は葛城を惚れさせて、向こうから告白させた上でこっぴどく振ってやるつもりだった。

それが蓋を開ければ立場が逆で沙羅が夢中になってしまっている。

周囲が静まり返る中、沙羅は拳を握りしめ俯く。

次にくる”一言”が怖い。


沈黙の中、葛城がゆっくりと口を開く。

「何か勘違いをしていないか?」


「え?」

それは予測していない”一言”であった。


「俺たちがここで何を話してたか知っているか?」


「それは...その...こ、告白でしょ」

恥ずかしいのか目をそらしながら答える沙羅。


「はあ、やっぱりな」

ため息とともに何かを理解したであろう葛城。


「な、なによ」


「ここで話してたのはお前のことだ。最近様子がおかしいから莉鈴に事前に相談していたんだ。何が原因か分からなかったからな。」


沙羅の全身から力が抜け、頭が真っ白になる。

やがて込み上げる行き場のない恥ずかしさ。

穴があれば入りたいとはよくいったものだ。

しかし、この場に隠れることの出来る穴など存在しない。

顔を耳まで真っ赤に染めた沙羅はその場に立ち尽くす。


「へ? ーーなら、告白は?」


「今のところまだするつもりは無いわよ。だって深哉くん、全然私の事見てくれないんだもの」

頬を膨らませ、怒る真似をしながらジト目で葛城を睨む莉鈴。


「それにしても、かなり盛大に宣言したわね沙羅」


「っ...///////」

その言葉に現実を突きつけられ足が震える。


辺りを見回すと先程よりギャラリーが増えている。この場にいる全ての生徒が証人となってしまった。

”黒羽沙羅が葛城深哉を本気で好きなこと”を。




中庭で莉鈴、沙羅、葛城の騒動開始直後に居合わせた生徒たち。「「「修羅場キターーーー!!」」」



そして沙羅の告白を聞いた際には

「「「執事????」」」

突拍子もない単語がいきなり出てきたため頭上にクエスチョンを浮かべる中庭の生徒たち。

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