お嬢様、嫉妬で不機嫌モード突入中! -その1-
莉鈴とのデートから帰宅した葛城の視界に入ったのは腕を組み仁王立ちをした沙羅の姿。
「ただいま戻りました、お嬢様」
「おかえり。で、どうだったの?」 ジト目で葛城を睨む沙羅。
「至って普通ですよ。例の噂が学園に広がることはないでしょう。それ以外に報告することは特にありません。」 靴を脱ぎながら応える手には高級ブランドのロゴが入った紙袋が握られている。
「ならそれはなんなのよ」 指さす先には葛城が持っている紙袋。
「これは莉鈴様からお礼にと頂いた服です。」
「へぇー、服をプレゼントしてもらったんだ」 どこか不機嫌な様子の沙羅。
(.............ん?待って...莉鈴?葛城くん今、莉鈴って言った!?) 葛城は莉鈴のことを今まで苗字で読んでいたはずだ。動悸が激しくなるのを感じる。 気になる、気になって仕方がない。 葛城になぜ”莉鈴”と呼んだのか問い詰めたいがプライドが邪魔をする。 そしてなによりーーー怖い。
「これから夕食の準備をいたしますので少々お待ちください」 帰宅早々に夕食の準備に取り掛かろうとする葛城。手には紙袋の他に野菜や肉などが入ったスーパーの袋も握られていた。 帰り道の際、スーパーで食材を購入したのであろうことがわかる。
「 ...いらない。」 ポツリと呟かれる一言。
「お嬢様?」
「いらない!あんたの作る料理なんかいらないわよっ!!」 激しい剣幕で怒鳴り、自室へと走り去る沙羅。
(違う。料理に怒ってるんじゃない――『莉鈴』って呼んだ声に、胸が焼けただけ)
声が勝手に強くなった。最悪。
その際、一瞬見えた瞳にはわずかに涙が溜まっていた。
「さて、どうしたものですかね」 葛城は買ってきたばかりの食材たちに視線落とし、呟いた。
◆◆◆
しばらくして、私はそっと階段を降りた。ラップの曇り越しに見える煮込みハンバーグ。
電子レンジの小さな音だけが鳴る。冷めても美味しい。……悔しい。
食器を洗って拭き上げ、テーブルの端に小さなメモを置いた。
『ごめん。ごちそうさま。』
◆◆◆
翌朝。
沙羅の部屋をノックするが中からの応答はない。
シンクには水滴の残らないフライパン、テーブルの端に折り畳まれた紙片。昨夜、食べたのだと分かる。
「このような時、連絡できないのは困りますね。連絡先は確認しておくべきでした。」 見当違いの反省をする葛城には、昨日なぜ沙羅が憤慨したのか理由が分かっていない。
いつものように朝食を準備し、部屋から出てこない主のためラップをかけてテーブルに並べる。
この日、葛城はいつもより早く家を出た。 主がいつもの時間に起きてこなかったことにより食後の片付け、洗濯など業務が減ったからであった。
いつもとは異なる時間での通学路。 葛城が登校する時間はいつもギリギリのため、通学中の生徒にすれ違うことは稀だ。 しかし今日は多くの人間が同じ服、同じ目的地を目指し様々に歩いている。 生徒が多いことに比例して葛城に向けられる視線も自然と増える。
「ねぇ、みてみて。葛城くんいるよ」 並んで登校中の女生徒2人。肩を叩かれた左の生徒が振り返る。 「わぁ、ほんとだ!いつ見てもカッコイイねー、眼福、眼福。」 なぜか葛城を見て手を合わせる。
少し先を歩く女生徒たちの不審な行動に内心首を傾げつつ、淡々と学園を目指す。
校門をくぐった葛城は、軽く息を吐いた。 朝の喧騒の中に身を置くと、不思議と家の空気が遠く感じる。
昇降口で靴を履き替え、廊下を進む。 その途中、後ろから人に追い越され見慣れた黒髪が視界の端に映った。 だが――彼女は一瞬こちらを見ただけで、無言で教室へと姿を消した。
(……無視、か)
思わず小さく苦笑する。 いつもなら「おはよう」と声をかけてくれる彼女が、今朝は目すら合わせない。 昨日の怒りがまだ収まっていないことは明白だった。
「まったく。面倒な....」 低く漏らした言葉は、誰に聞かれることもなかった。
教室に入ると、既に生徒たちの間にはざわめきが広がっていた。 廊下の向こうから足音が響き、C組の教室に近づいてくる。扉を開け自身もC組に所属しているかのように自然に入ってくるのは噂の片割れであるーー白金莉鈴。
昨日と同じ香りを纏ったまま、やや甘い微笑を浮かべて。
「おはよう、深哉くん」 「ああ、おはよう」
「今日は朝早いんだね」 「たまにはな」
「もしかして、私に早く会いたくて早めに来たのかな〜?」(にやにや) 久方ぶりに見る小悪魔フェイスで葛城を覗きこむ莉鈴。
「そんなわけあるか、自惚れるのも大概にしろ」
「むー、やっぱつれないなー」 腕を組み怒る仕草をするが、見た目だけなのは誰が見ても明白。 顔が嬉しそうにニヤついているからだ。 つまり、仕草と表情がアンマッチだった。
その穏やかな会話だけで、教室の空気がざわりと揺れた。斜め前の女子生徒が隣の友人に耳打ちする。
「ねぇ、昨日A組の子があの二人、一緒に歩いてたの見たって。しかも手を繋いで」 「マジ?あの常に能面みたいな顔してる葛城が? しかも白銀さんと!?...でもあいつ顔だけはいいもんな....はは」 男子生徒の瞳から光が消える。 「駅前のカフェでも見たって話、もうかなり広まってるよ。付き合ってるんじゃない?」
ひそひそ声が瞬く間に教室を満たしていく。 机の上に置かれた教科書を開けたまま、沙羅はピクリと手を止めた。
胸の奥が、嫌な熱を帯びていく。 プライドが「関係ない」と言い張るのに、心臓だけが裏切るように早鐘を打つ。ページをめくる指が震えて、紙の角がわずかに折れた。
ーーー 休み時間にトイレへと席を立った葛城は廊下を歩いていた沙羅に、偶然角で鉢合わせた。
「黒――」
(ごめん、って言うだけでいいのに――言えない。)
言いかけた瞬間、沙羅はスカートの裾を翻し、彼の横を通り過ぎようとした。目を合わせず、冷たく言い放つ。
「……どいて。通れないでしょ」
その声には、昨日よりさらに硬い棘があった。 葛城が困ったように眉を下げる。
「昨日の件、まだ怒ってるのか?」
「別に。執事が誰とデートしてようが、私には関係ないもの」
「あれはお前から持ちかけてきた案件だろうが」
「そうね、プレゼント交換までしなさいとは言っていないのだけど」 (それに名前も...)
感情を抑えた口調の裏で、喉の奥がかすかに震えている。二言目の発言は虫の羽音のように微かな声だったため、葛城には聞こえていない。 それを隠すように腕を組み、視線を逸らした。
「例の噂は立たなかったんだから問題ないだろ」
「別の噂は激しく広がっているようだけどね。もういい、どいて」
それだけ言い残して、彼女は再び歩き出す。 そのまま早足で廊下の先に消えた。
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以降も沙羅と葛城の間には一切の会話がなく、時は既に放課後。 教室にはカーテンの隙間から夕陽が差し込みつつある。 沙羅はカバンをまとめながら、隣の席の女生徒たちの会話にまた耳を止める。
「結局、葛城くんって白銀さんのこと守ってるんだよね。あの二人、お似合いだよ~」 「うん、まるでドラマのカップルみたい!」
――その言葉に、手が止まる。 笑顔を装いながらも、爪がカバンの持ち手を強く掴んでいた。 (あいつは……執事でしょ。私の)
唇を噛みしめ、音もなく立ち上がる。 教室を背に、沙羅は誰にも見せない顔で廊下を歩き出した。
今夜、メモじゃなくて言葉で言う。まずは、それだけ。




