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Where's your house? -その2-

-その2- で書ききろうとしたら長くなってしまいました。すみません。

放課後の夕暮れは、迷彩色のベールで街を包み込む。

人通りはまばらになり、商店街のシャッターが一枚、また一枚と閉まっていく。

そんな時間帯に、莉鈴はひとり、背を丸めて小走りしていた。


「――よし、見失ってないわね」


彼女の標的は葛城。

沙羅から、彼は校門を出てすぐのバス停から通学していると聞いていた。

だがこの日は、いつもとは違う道を選んで歩いていたのを、莉鈴は見逃さなかった。


彼女は素早く体勢を整え、制服のブレザーをぎゅっと閉じ、サングラスをかけて小声で呟く。

「白銀、これよりターゲットの備考を始める――!」


ただし、彼女のやり方は漫画的で、どこか抜けている。

真正面を忍び足でつけるのではなく、通りの反対側をスマホ片手に歩きながら、画面に視線を落とすふりをしつつ、耳と視界の半分を葛城に集中させる。


葛城はいつものように無駄のない歩き方をしていた。

背筋を伸ばし、一定のリズムで地面を踏む。

彼の動作には、一つひとつ、妙な品がある。


(どこか、いい家の生まれなのかな)

莉鈴は頬を膨らませながらも、どこかその背中から目を離せなかった。

やがて彼は駅とは反対方向――高台の住宅街へと進み始める。


「えっ、そっち!?」


思わず声が出る。

慌てて莉鈴は、物陰を使いながら追跡を再開した。


夕暮れの街は、だんだんと橙から群青へと色を変え始める。

風が冷たく、頬を刺す。

莉鈴は息を殺しながら、距離を取りつつ足音を消すように歩く。


(家まで尾行なんて、ドラマみたい……! うん、探偵白銀、出動中って感じ♪)


そんな自画自賛をしていたその時、前方の角で人の群れが立ち止まった。

部活帰りの学生たちが数人、談笑しながら通りを塞ぐ。

莉鈴は思わず立ち止まる。


(や、やば……!見つかったら、ただのストーカーじゃん!)


焦りながらも、人の隙間を縫って前へ進む。

視界の先、葛城の黒いバックパックがちらりと見えた瞬間、彼女は安堵した。


葛城はやがて、並木道の先――閑静な住宅街へと入っていく。

白い塀、石畳、庭木の剪定が行き届いた大きな家々。

街灯の灯りが柔らかく揺れ、あたりは一層静かになっていった。


(うわ、こっち系のエリアって……いかにも“お金持ちゾーン”じゃん)


足を止め、息を整えながら周囲を見回す。

どの家も門構えが立派で、外壁には装飾タイル。

軽く見積もっても、普通のサラリーマン家庭では住めそうにない。


葛城はその中の一軒――石造りの重厚な門柱を持つ家へと向かう。

門の横には、黒地に銀の文字が彫られたプレート。

その上に淡く光る文字があった。


「黒羽……?」


莉鈴の表情が固まる。

一瞬、背中を冷たいものが走った。


「……は?」


信じられないものを見るようにサングラスをずらし、目を凝らす。

確かにそこには、黒羽沙羅の姓が刻まれている。


(ちょ、ちょっと待って。黒羽?って、あの黒羽?沙羅の……?)


口を覆い、心臓が早鐘を打ち始める。

つまり、葛城が今入ったその家は――黒羽沙羅の家。


(まさか……いや、でも……これって、そういうこと!?)


頭の中で、花火のように疑問符が弾ける。

彼女は反射的にスマホを取り出し、ズームで撮影した。


しかしその瞬間――背後から足音。


「やばっ、誰か来た!?」


莉鈴は慌てて身を低くし、植え込みの陰へダイブ。

葉がカサリと揺れる。

サングラスを外し、息を殺す。


ーーコツ、コツ、コツ。


現れたのは、見覚えのある女生徒。

漆黒の髪を風に揺らし、整然とした制服姿――黒羽沙羅その人だった。


彼女は静かに門を開け、葛城が入った家へと入っていく。

気付かれぬようにカメラアプリを再度起動し沙羅が入っていく瞬間を――連写。

そして、ゆっくりと扉が閉まる。


莉鈴はその光景を見届けながら、口元を押さえて小声で叫んだ。

「……もう確定じゃん」


心の中で小さく拍手。

すぐさまスマホを構え、門周り、表札、外観、

“証拠写真”として保存した。


(ふふ、完璧♪ これはいい“ネタ”が入ったわ)


勝ち誇った笑みを浮かべながら、莉鈴は静かにその場を離れた。


――そして夜。


沙羅の部屋。

机の上には開きっぱなしの参考書。

スマホが一度短く震えた後、数回連続でバイブした。


「……C組の連絡かしら?」


手を伸ばして画面を確認すると、メッセージアプリの通知数は「6」。

一番上にある送信者の名前は――


【Shirogane RIRI】。


「この時間に……何かしら?」


指でタップすると、画面いっぱいに写真が展開された。

見覚えのある門構え。

石造りの柱、そして“黒羽”のプレート。

まさしく自宅だ。


さらに、添付された画像の中には――


葛城が家に入る瞬間、

そして自分がドアを開けている瞬間が、それぞればっちり写っていた。


「……っ!」


喉の奥から、冷たい息が漏れた。

悪意よりも先に、背筋を刺すような嫌な予感が走る。


(これは、かなり……まずいわね)


スマホを持つ手がわずかに震える。

莉鈴からのメッセージは、ただ一行。


>[沙羅たちって、もしかしなくても付き合ってる?]


沙羅は目を細め、ため息をついた。

「あの子らしい」、と呟く。


数秒の沈黙のあと、彼女は返信画面を開く。

しかし、指は動かなかった。


(どう返すべきかしら……下手に否定しても“動揺”に取られる。

 けど放っておけば、明日には学校中に広まる可能性もある)


机に肘をつき、額を押さえる。

短く息を吐き、タイプする。


>>[人の家を勝手に撮るの、感心しないわね]


送信。

それだけ。

けれど、言外に含まれる冷気は十分だった。


画面にはすぐ既読の表示。

だが返信は、来ない。


沙羅は静かにスマホを伏せ、天井を仰ぐ。

外では、風が梢を揺らしていた。




◆◆◆



翌朝の鳳華学園 校舎前にて。


「……さて、どんな顔してくるのかしら」


沙羅は鞄を肩にかけながら、校門をくぐった。寝不足のせいか、わずかに目の下に影が差している。それでも、その姿勢はいつも通り凛としていた。


一方、昇降口の前で――すでに待ち構えている少女が一人。


「沙羅、おっはよ〜♪」


いつも通りの明るい声。だがその目の奥には、どこか探るような光があった。


「……おはよう、莉鈴さん」


「なにその“さん”づけ〜? よそよそしいなぁ〜」


軽口を叩きながら距離を詰める莉鈴。沙羅はそのまま立ち止まり、真正面から視線を合わせた。


「昨日のあれはなに?」


「あー、あれ、びっくりしたでしょ? 私もびっくりだよ、まさか同じ家に帰るとはね〜」


「……尾行したのね」


沙羅の声は低い。だが怒鳴りはしなかった。むしろ氷のような静けさがあった。


莉鈴は悪びれる様子もなく、口角を上げる。


「そんな大げさに〜。ちょっと興味あっただけだよ。沙羅と葛城くんが、どこまで仲良しなのかな〜って」


「……興味?」


「うん! “恋のライバルチェック”ってやつ? だって〜、あんなイケメン、黙って見てられないじゃん♪」


沙羅の眉がぴくりと動く。鞄を持つ手に無意識に力が入る。


短い沈黙ののち、沙羅はため息混じりに切り出した。

「……どうすれば、あなたの胸の内だけで留めておいてもらえるのかしら?」


莉鈴は、わざとらしく口元に指を添える。

「じゃあさ。今週末、土日で彼を貸してよ♪」


「土日!? 二日もなの?」


「そう、二日。これは譲れない条件」


沙羅はほんの一拍考え、うなずいた。

「分かったわ。ただし“本人が了承したら”。それと、条件は三つつける」


「三つ?」


「① SNS・写真の投稿は禁止。② 返却は両日とも20時厳守**。③ 学校と屋敷のことは口外しない。緊急連絡先は共有するから、移動前に送って」


莉鈴は目を丸くし、すぐに笑った。

「お堅い〜。でも、いいよ。ちゃんと守る」


(本当は嫌。けれど、これが最善――今はそう判断するしかない)



---


昼休みの屋上。

風が通り抜け、校庭の喧騒が遠くに聞こえる。


「やっぱり、ここにいたのね」


沙羅が立っていた。けれど、その表情はどこか曇っている。


「どうかしたのか?」

ベンチに腰かけた葛城が、文庫から目を上げる。


「……少し、厄介なことになったの」


沙羅はそう言いながら、昨日の出来事と、今朝の莉鈴との交渉を簡潔に話した。


「つまり、俺とお前が付き合ってる。しかも同棲までしてる噂が出かねない、と」


「……そう。放っておけば拡散されるでしょうね」


葛城はしばし考え、そして穏やかに口を開く。

「放っとけ。真実はいつか自然に落ち着く。それに、今週観たいホラー映画がある。そっちの方が大切だ」


沙羅は彼の横顔を見つめ、静かに微笑んだ。

「……あなたって、本当に好きなのね」


そして声色を落とす。

「思い出して。イメチェン直後の騒ぎ。休み時間も、昼も、放課後もあなたは本が読めなかった。今回の噂が広まったら、あのとき以上が“二、三ヶ月”続く。私に好意を持つ男子たちも、黙ってないはず」


葛城の背中にうっすら悪寒が走る。

(それは……確かに困る)


沙羅は淡々と続ける。

「だから、二日“だけ”外に出して沈静化を図る。代わりに対価を出す。平日の放課後を一日“完全自由”にする。映画は私が前売りを手配。ついでに書籍代の上限二万円までなら負担するわ」


「……交渉が上手いな」

葛城は文庫を閉じ、しばし沈黙したのち、うなずく。

「分かった。二日だけ受けよう。ただし過度なスキンシップや写真は無し。時間は厳守。これが条件だ」


「合意。書面――じゃなくてテキストで条件を残す。いま送るわ」


沙羅はスマホを開き、三つの条件と対価を箇条書きで送信した。

――既読。短い「了解」の返信。


(ほんとは嫌。けど、今はこれが彼を守る一番ましな選択)



---


夜、白銀邸。

ベッドの上で莉鈴は仰向けになりスマホを弄っていた。

通知が届き、ポップアップが開く。


>>> [条件文]

・土日二日/返却 20:00 厳守

・SNS/写真投稿 NG(個人端末保存もNG)

・学校/屋敷の件は口外禁止

・緊急連絡先を相互共有

・本人同意前提

(対価)平日放課後の自由日×1、映画前売り手配、書籍上限2万円


>>> [本人了承済み]


莉鈴は小さく吹き出した。

「交渉、強いね……でも嫌いじゃない」


机に置かれた小さなクマのぬいぐるみを撫でながら、目を閉じる。

(明日は“勝負”――だけど、ちゃんとルールの中で)



---


翌朝。

沙羅のスマホに短い震え。


> [了解。スケジュール確定:土曜10–20/日曜10–20。緊急連絡先共有済み]


沙羅は小さく頷いた。

「……これで、まず一歩」


(本当に守るのは“彼”の静けさ――私のプライドじゃない)

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