Where's your house? -その1-
沙羅と葛城、そして後ろを軽い足取りでついてくる白銀莉鈴。
彼女の声は、秋の空気を切り裂くように明るかった。
「ねぇねぇ、「え?」じゃなくて葛城くんの家ってどこって聞いてるの」
沙羅は即座に眉をひそめる。 「送ってあげるって何よ。あんたはどこのボディーガード?」
「ちがうよ〜。可愛い女の子が心配してあげてるだけ♡」
「余計なお世話だ。」
「ねぇ、沙羅は知ってるでしょ? 葛城くんの家。あのー……どっちの方向?」
「どっちの方向もなにも、遠いの。すっごく遠いのよ! 徒歩とか絶対無理! なんなら県またぐ!」
「え〜? でもほら、制服の皺とか少ないし……毎朝けっこう近くから来てる気がするけど?」
「………………っ!」
沙羅の肩がピクリと動く。 横を見ると、葛城は表情一つ変えずに前を歩いていた。
その静けさが逆に焦りを際立たせる。
(や、やばい……! この子、勘が鋭すぎる!)
「おまえは人の家を詮索する癖でもあるのか?」
「詮索って言い方ひど〜い。ちょっと気になっただけよ。だって――」
莉鈴はふと、沙羅と葛城を交互に見つめた。 「キミたち、なんか距離近くない?」
「ち、近くなんかないわよ!」
「へぇ〜、そっかぁ。でもね、沙羅。
葛城くんの顔見てるとき、たまに“家族みたいな目”するんだよね。あんた。」
「……ッ!」
一瞬、空気が止まった。
沙羅の頬がわずかに赤く染まる。
葛城は、わずかに目線を逸らす。
「……気のせいだ。」
「そっか〜。でも、私、そういうの見るの得意なの♪」
莉鈴は笑顔で言う。だが、その笑みの奥にほんの一瞬だけ“探るような光”が宿った。
沙羅は慌てて話題を変えようと声を上げた。
「ほ、ほら! もう暗くなるし! 帰んなさいよ! A組の宿題まだ残ってるでしょ!」
「ん〜、あれなら今朝に終わらせたもん。」
(今朝、葛城くんの机でやっていたプリントがそのかだいだったか...)
「ちょ、ちょっとくらい“終わらせてない”って言いなさいよ!」
葛城が小さくため息を吐く。
「……騒がしい。」
「なに? もしかして“うるさい女”は嫌いとか言うタイプ?」
「嫌いではない。ただ、静かな方が好きなだけだ。」
「ふぅん……じゃあ、“私”はどう?」
莉鈴が尋ねる。
「うるさい。」
即答。
沙羅が思わず吹き出しそうになりながらも、口元を押さえて笑いを堪えた。
莉鈴は一瞬ぽかんとし、それからにこりと笑う。
「……ふふ。そう言われると、燃えるんだよね。」
その笑顔に、沙羅は背筋が寒くなるのを感じた。
(あ、この子……本格的に面白がってる)
その日の帰り道、三人は途中の交差点で分かれた。
莉鈴は手を振りながら、軽くスキップして去っていったが――
その背中が角を曲がったあと、一度だけこちらを振り返っていた。
ほんの一瞬。
けれど、確かにその瞳は“何かを見抜こうとする者”のものだった。
◆◆◆
翌朝。
沙羅は教室のドアを開けた瞬間、嫌な予感を覚えた。
――莉鈴がいない。
普段なら朝からC組に出没しては葛城をちょっかいに巻き込み、沙羅を疲弊させるのに、今日は静かすぎる。
(まさか……昨日の“帰り道の話”のせいで、変なことしてないでしょうね?)
不安を抱えたまま、午前の授業が終わった。
そして、昼休み。
スマホの通知が鳴った。
『黒羽沙羅さんですか? 白銀莉鈴さんが保健室で――』
「――――えええっ!?」
思わず立ち上がる沙羅。
クラスメイトたちが一斉にこちらを見る。
慌てて謝って席を立ち、保健室へ向かった。
---
保健室のベッド。
そこに、堂々と寝転がる莉鈴の姿。
ただし顔色は元気そのもの。
「……何やってるのよ。」
「サボりじゃないもん。……偵察♡」
「偵察てなによ。」
「“葛城くん観察記録”をまとめようと思って♪」
「やめろぉぉ!」
枕を掴んで軽く叩こうとした沙羅の腕を、莉鈴が笑いながらかわした。
「そんなにムキにならないでよ〜。でもね、やっぱり気になるの。
彼、ただの生徒じゃない気がするのよね。」
「……なに、それ。」
「んーなんていうのかな、立ち振る舞い?あれ、完全に“庶民”じゃない。」
「な……!」
思わず声が詰まる。
沙羅は慌てて咳払いをし、平静を装った。
「そ、そんなことないわよ!見た目がちょっと落ち着いてるだけ!」
「ふぅ〜ん……そうかな〜?」
莉鈴の口元が、ゆるく弧を描く。
(ダメ……! 知られると絶対に面倒なことになる)
沙羅は心の中で悲鳴を上げながらも、どうにか笑顔を作った。
「とにかく、あんたの“偵察ごっこ”はこれで終わり! 分かった!?」
「うん、分かった〜。もうしないよ。」
あっさりした返事に一瞬安心しかけたが――
莉鈴の瞳がわずかに横を向く。
(……“もうしない”って顔じゃないわね……)
---
放課後。
沙羅は一日の疲れを感じながら、鞄を肩にかけた。
葛城が隣で静かに本を閉じる。
「白銀は帰ったか?」
「たぶんね。ていうか、あの子どこでも出没するのよ。怖いわ。」
「俺は先に帰る。おまえはしばらくしてから帰れ」
「分かったわ。絶対あんたの“あれ”を知られたら、何言われるか分かんないもの。」
「安心しろ。余計な口は利かない。」
そう言いながら立ち上がる葛城。
その姿を見て、沙羅は少し頬を緩めた。
そうして葛城が下校する途中。
――街灯の影。
一人の少女が物陰に身を潜めていた。
髪を束ね、サングラスにマスク。
まるで変装探偵のような姿で、小声で呟いた。
「ふふっ……ターゲット、発見♡」




