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トリックスター

朝のC組。

いつも通り静かに席に着こうとした沙羅は――目を疑った。


「……は?」


葛城の席に、莉鈴が座っていた。

「ごめん、席ちょっとだけ借りるね。チャイム鳴ったらちゃんと戻るから」

周囲のクラスメイトにも手を振って、ぺこりと会釈する。


しかも、A組の課題かなにかなのか教科書を開きながらプリントに書込みを行っている。


「“量子”って……これ何? 宇宙の話?」


周囲のクラスメイトはヒソヒソとざわつく。

沙羅は額を押さえながら、ため息を吐いた。


「……あんた、なんでまたC組にいるのよ」

莉鈴はくるりと振り向き、いたずらっぽく笑う。


「だって、“彼”がいるクラスだもん♡ 見てるだけで退屈しないし?」


「退屈しないって、ここ学校なんだけど」


「うん、だから観察実験中♪」


そのとき、ガラリと扉が開く音。

静まり返る教室。

そして――葛城が入ってきた。


「……おはよう」

彼の無表情を見た瞬間、莉鈴の目がキラリと輝く。


「おはよ、葛城くん♡ 席、あったかくしておいたよ♪」


「……必要ない」


「え、つれない〜」


沙羅「出てけ」


教室の中でくすくす笑いが広がる。

莉鈴は肩をすくめ、スカートをひらりと揺らして立ち上がる。


「は〜い、もう出るわよ。……でもね、席の香り、ちょっと良かった♡」


「変態か!」

思わず突っ込む沙羅。


莉鈴はそのざわつきを背に、ひらひらと手を振った。

(やっぱり沙羅をからかうのは昔から楽しくて仕方がない)


◆◆◆


一限目の終わったあとの休み時間。

莉鈴はなぜかまたC組の教室にいた。

沙羅がノートを取っていると――後ろから甘い声。


「ねぇねぇ、沙羅。数式ってさ、心が通わないと覚えられなくない?」


「そんな理屈初めて聞いたわ」


「ね? だから、ちょっと“彼”に教えてもらおうと思って♡」


そう言うが早いか、莉鈴は葛城の机に身を乗り出した。

胸元からふわりと香るシャンプーの匂い。

クラス全員が息を呑む。


「ねぇ、“ここ”の書き方ってこうで合ってる? 手、取って教えて〜♡」


葛城は持っていたペンを静かに置き――

手を伸ばすより先に、すっと身を引いて距離を取る。


……が葛城の反射速度の方が上回り、手を引っ込められて空振りに終わる。

莉鈴は一瞬だけ目を丸くして、自分から半歩下がった。

「嫌だったら言って。距離、取るから」

からかう笑顔のまま、声色だけは真面目だった。


「黒羽の手でも触ってろ」


「そうよそうよ! ……え!?私の!?」

まさかの流れ弾についていけず乗りっこみのようになってしまった。恥ずかしい…


「えー、沙羅の手はいかにも女の子って感じの華奢な手で触っても面白くなーい。それに触ると不幸になりそう」


「そんな事ないわよ!!」

憤慨する沙羅。


(駄目だわ...いつもこの子のペースに持っていかれちゃう)


「あっ!そろそろ次の授業始まるから戻るね!葛城くんまたね♡」

スキップしながらC組から出ていく莉鈴。

そしてそれを見ながら「やっと帰ったわね...」小さく呟く沙羅であった。


(廊下に出た莉鈴は、学年LINEの管理役に短いDMを送った。

『悪意ある書き込みは消して。ルール守ろ』

返ってきたのは親指のスタンプ)



---


昼休みにて沙羅が弁当を広げた瞬間、向かいの机に“ピンクの弁当箱”がドンと置かれた。


「じゃーん! “愛妻”弁当〜♡」


「……は?」


沙羅が呆れる横で、莉鈴はにっこり微笑み、葛城に差し出す。


「味見して? 葛城くんの顔思い浮かべながら作ったんだもん♪」


「“愛妻”の意味も知らない猿なのか?」


「それくらい知ってるってばー、未来の嫁なんだから間違っていないでしょ♡」


「はい、あーん」

綺麗に巻かれた卵焼きを箸でつかみ葛城の口の前へと差し出す。


教室がざわめく。

沙羅は慌てて立ち上がる。

「待って! それを食べたら負けよ!」


「じゃあ、“口移し”でどう?」


箸が止まる。

クラス全員、固まる。


「冗談だってば。校則的にも人道的にもアウトだよね、分かってる」

莉鈴は卵焼きを自分でパクッと食べて、肩をすくめた。

「味だけ評価して。次は改良するから」


「……帰れ」

静かに怒気が感じられる沙羅の言葉にクラスメイトたちは固唾を飲む。


莉鈴は舌を出してウィンク。

「冗談よ♡ ……半分だけね」


「半分て何よ!?」

沙羅が思わず叫ぶと、男子は爆笑し、女子はドン引き。

莉鈴はそんな反応を楽しむように、卵焼きを自身の口に放り込み笑った。 



---


二度あることは三度ある。

放課後。

沙羅と葛城が並んで下校していると――背後から元気な声。


「待って〜! 二人とも置いてくなんてひど〜い!」


「あなたを置いていくのが自然なのよ!」


莉鈴はスキップでもしているような足取りで追いつき、にこやかに並ぶ。

「ねぇ葛城くん、歩くの早い~。ほら、手貸して?」


「必要ない」

変わらず淡々と返す葛城。


そんな言葉も無意味に葛城の腕に抱きつく莉鈴。

「触ってないもん。風が当たっただけ♡」


「どんな風よ!?」

(莉鈴が来てから完全にツッコミ役だわ...)


「そっか。じゃあ横で歩くだけにする」

莉鈴はぴたりと腕から身を離し、歩幅を合わせた。


莉鈴はクスクス笑いながら、葛城の横顔を覗き込んだ。


「……ねぇ、葛城くん。キミって、笑わないんだね」


「笑う必要がないからな」


「そっか」

 その言葉に、わずかに沈黙。

 莉鈴の表情は、さっきまでの茶化した笑顔とは少し違っていた。    「でも、いいんじゃないかな。それで葛城くんの今が楽しければ」

 ほんの一瞬だけ、真っすぐに彼を見つめる瞳


ーー意外だった

 莉鈴の今までの行動や性格を思うに”笑わない理由”を問い詰めると思っていたからだ。

その事に驚いたのは沙羅......だけではない。

葛城も同様に驚いていた。


「にひひ、そんな顔もするんだね」

驚き瞳を丸くした葛城を下から覗きながら笑う莉鈴。

いつもは小悪魔的な笑い方をする莉鈴だがこの時は慈愛に満ちた笑みであった。


「で、葛城くんの家はどこなの?私が家まで送ってあげる♪」


「「え?」」

日が沈みかけ辺りがオレンジに染まる中、珍しく沙羅と葛城の声が重なりあった。

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