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One Day,Somebody

作者: 粟生深泥


 ガタン、ガタン――


 一定のリズムで体が揺れる。どこかに座っている私はその揺れに身を任せる。


 ガタン、ゴトン――


 初夏、あっという間に暑くなった下界に対応するように、冷房が一生懸命働いている。うっすらと汗をかいていた体から熱が奪われ、少し寒い。

 すぐ傍に、温もりを感じる。ハッキリしない意識でそこに手を伸ばし、体を寄せる。


 ゴトン、ゴトン――


 まるでゆりかごの様に揺れる。すっと遠くなってきた意識に、私はその温もりに体を預けた。




 電車は、あまり好きではない。そもそも、公共的なスペースというのが好きじゃない。今日だって、飲み会じゃなければ原チャを使ったのに。昔から人ゴミが苦手なのだけど、それは大学生となった今も治らなかった。

 やれやれ、とため息をつく。ついさっきまで、部活の飲み会で終電にてようやく帰途に着けた。だいたい飲み会だってあまり好きじゃない。幹事なんてものになってなければ一次会でさっさと帰ったのに、二次会で他の連中の世話まですることになってしまってこの時間だ。電車で座ることが出来たのがせめてもの幸いか。

 休日の終電は、人が多い。それだけで俺としては結構神経を使うというのに。なぜか、隣の女が俺に寄りかかって熟睡してるのだ。隣の女――同じ部の同級生だけど――が、なまじっか可愛い部類に入る為、何となく視線を感じる気がする。

 自意識過剰ならいいのだけど、そうでもなさそうだ。それに、眠ったままそいつに腕を抱きしめられてしまった為、なんか色々とやばい。気を紛らわそうと正面の窓の外を見ようにも、地下鉄ではまるで効果がない。むしろ、神経が研ぎ澄まされる――。

 隣で爆睡してる女は、俺と一緒に今回の飲み会で幹事をしていた。ともに一年生。俺が選手で、向こうがマネージャー。なのだけど、今回共に幹事をするまで殆ど話すことはなかった。

 で、今回の飲み会を通してだいぶ仲良くなった――のだけど。二次会も終盤、そろそろお開きってときに俺に絡んできた。そして、返り討ちにしてしまったのだ。

「……なんで幹事が泥酔してるんだよ」

 俺に全体重を預けてきている女に、ぼそっと呟く。もちろん、返事はない。

 結局、俺がつぶしたような空気が流れ、責任を取れって形で俺がこいつの家まで連れて帰ることになってしまった。電車に乗るまでは首尾よく来たのだけど、座ってからすぐさま寝だしたのは予定外だ。そして、俺の家、反対方向。今日はネカフェにでも泊まるか……。

「……責任……とって……よね」

 むにゃむにゃと、寝言のように――寝言か――隣から声が聞こえる。だから、こうして責任をとって家まで送っているではないか。だいたい、電車でそんな言葉を発するのはやめてくれ。ものすごく――心臓に悪い。



 ガタン、という振動で目を覚ます。

「……あれ?」

 私、電車に乗ってる。さっきまで居酒屋にいたはずなのに――。ぼーっとする頭で記憶を辿る。確か、一緒に幹事やってた男の子に「幹事お疲れー」とお酒を持っていったとこまでは覚えている。

 その後から意識がない。この頭がグラグラする感じからしても――飲みすぎたみたい。

 それで、電車に乗っているというからには誰かにつれて帰ってもらっているのだろう。でも、私の家の周辺に住んでる人って誰もいなかったような――。

「起きた?」

 顔のすぐ傍から声が聞こえてくる。むにゃ、っと顔を向けると、すぐ傍に例の件の男の子。もしかして私は彼に送り届けてもらってる途中なのかな。寄りによってなぜ彼なの。というか、同級生の女の子たちは誰も私を送ってくれなかったの?

「とりあえず、腕を解放してくれないか?」

 ……腕?

 男の子の顔から視線を下げ、首、肩、腕――。男の子の腕を、私がガッチリホールドしている。ぼーっとしていた意識が覚醒。私はとっさにその腕を放して、距離をとった。

「ゴ、ゴメン。これには深いワケが。イヤ、ワケとかじゃなくてっ」

 すぐ傍に、きょとんとした顔の男の子。しばらくぼーっと見つめあって、男の子の顔が苦笑へと変わった。

「大丈夫、気分悪くない?」

「う、うん。もう酔ってない。大丈夫」

「ならいいけど……まぁ、酔ってる人ほど酔ってないっていうからなぁ」

 そう言って笑いながら、腕を組む。私は何となくその腕を見つめてしまう。そういえば、無意識になにか暖かいものに体を預けてたと思う。それはつまり――。

「えっと、ゴメン、腕……」

「まったく、初めて視線に殺されるかと思った」

 あぁ、もう、バカだ。大体、私は幹事なのになんでつぶれちゃってるんだろう。多分、二次会のお開きは全部彼が担当してくれたんだろう。もうこれは完全に嫌われる。折角、すこし仲良くなれたと思ったのに――。

「はいはい、ションボリしない。よかったんじゃないか? 今日まで頑張ったんだからさ、今日くらい羽目はずしたって」

 励まされると、余計に辛いです。



 気がつけば乗客の数は減っていた。立っている乗客はまばらで、開いている席さえちらちら見える。都市圏や住宅圏外を抜けたからか。でも、彼女が降りる駅まではまだしばらくある。

 で、当の彼女は、目覚めたのはいいものの自責の念か何か、すっかり気落ちしてしまっているようだ。そんなにへこまれると、さっきまでとは違った意味で心苦しい。なんか、俺が悪いことしてるみたいで。

 声をかけようにも、なんか、さっきから逆効果っぽい。あぁ、もう、どうすりゃいいんだ。

「……ねぇ、怒ってないの?」

「怒ってないって。むしろ、俺も手加減なしで飲ませちまったかなって反省してるし……」

 受け答え一つ一つに緊張してしまう。なんか、選択肢1つ間違えるとゲームオーバーになるノベルゲームみたいだ。現実である分、たちが悪いけど。

「……私以上に飲んだはずなのに、元気だね」

「幸か不幸か、人並みより酒には強くてね」

 俺の言葉をどう受け取ったのか、ふぅんと、どうとでも取れる頷きが返ってきた。

 二人で、しばらく無言。ガタンゴトンと電車は一定のリズムを刻みながら地下の空洞を進む。

 酒が入っているせいか、この世界がどこか現実ではないように感じる。変わり映えのしない景色の連続が、まるで知らない世界へといざなっているようにも思える。

 これまた酒のせいか、それでもいいかもしれない、なんて思ってしまう。もともと飽きっぽい俺。いつも、どこかに刺激を求めている。剣と魔法のファンタジーワールドなんてガキっぽいと思いながらも、心のどこかであこがれている。

 電車の速度が落ちる。次の駅まであとわずか。同じ事をひたすらに繰り返す。

「あれだったら、もうちょっと寝とけば? 駅近づいたら起こすから」

「うーん、いいよ、起きとく」

 一見、酔いは醒めてるようだけど。声のボリューム、でかい。全く、自分の声の大きさも把握できてないのか――なんて苦笑。そっか、と頷いて俺はまた変化に乏しい景色に目を向けた。



 段々と降りるべき駅まで近づいてきた。お客さんの数はすっかり減り、座席には余裕がある。そんな中、私達は隣同士。

 彼はどこまで送ってくれるんだろう。そもそも、彼はここまで来て大丈夫なのかな。さっき気付いたけど、多分これ、終電だし。

「今日、どうするの?」

「……どうする、ってのは?」

「帰り。うちまで帰れるの?」

 私の問いに、彼は視線を窓の外に向けたまま少し思案。

「タクシー使えば帰れないこともないけど、明日なんもないし、ネカフェかなんかに泊まるかな」

 あぅ、いよいよ真剣に申し訳ない。本当に、迷惑かけっぱなし。折角のチャンスに、なにをやってるんだろう。

「駄目だね、私。迷惑ばっかりかけて……」

「んなことないって。俺一人じゃ、幹事なんて無理だった」

 私はゆっくりと首を横に振る。多分君は一人でも大丈夫だったよって意味。そして、私が駄目なのはそこだけじゃないって意味。

「私、舞い上がるといつも失敗しちゃうの。ホントに昔っから。もう、イヤになっちゃう……」

 嗚呼、なに言ってるんだろう。こんなこと言っても困るよね。言ってから後悔、まだお酒が残ってるのかも。冷静な判断が出来ない。思わず俯く。

「舞い上がってた……って?」

 ギュッ、っと視線を上げる。すぐ隣の顔を至近距離で見つめる。ちょっとくらい動揺してくれたっていいと思うのに、きょとんとした顔が私を見ている。

「マネ業しながら、キミのこと凄いって思ってた。だけど、それを話す機会もなくて、いつかキミと色々話をしてみたかった」

 どこかやる気のなさそうな表情をしてるのに、いざ練習が始まると人が変わったように声を出し、全力で動く。練習が終わってから、さりげなく人にアドバイスなんかしてる。それから、またやる気のなさそうなキミに戻る。

 高校まで私も選手だったから、その切り替えが大変なのはわかる。だから、私と同じ学年のキミがそれをしているのは、本当にスゴイと思う。

「だから、キミが幹事をやるってなったとき、チャンスだと思った……大変だったけど、色々話せて楽しかったんだよ?」

 それで、舞い上がっちゃった。

 そこまで言ってから、顔から火が出るような思いがした。そういえば、ここって電車だ。いくら人が少ないって言っても――むしろ、少ないからこそ周りに筒抜け。もう、本当に駄目だ――。

 と、ポンと手が置かれた。私の頭の上に。

「俺も、楽しかったよ」

 すぐ隣に、へラッとした笑み。なんだろう、なんだかすごく泣きたくなった。

 どこか無機質な電車のアナウンスを背後に、私は目を彼の服の袖に押し付ける。

 ガタン、ガタンという心地よい電車の揺れは、私の意識をゆっくりと暗転させた――。



 再び眠りについた彼女は、目的の駅に着く直前にパチリと目を覚ました。

 てっきり酔いも醒めているのだろう、と思ってたけど。彼女は実はまだまだ酔っていた。やっと駅に降りただけど、そこからが大変だった。肩を貸して電車から降り、トイレに行くと言われて外でしばらく不安でやきもきしながら待たされ――出てくるのがあと1分遅かったら、俺は誰かに中の確認を頼んだだろう――やっと、駅から外に出た。

 初夏とはいえ、夜の空気は澄んでいて、ヒヤリとしている。

「寒くないか?」

「ん、大丈夫。むしろ、暑いくらい」

 街中からだいぶ離れた田舎道。まばらにしか街灯の存在しない薄暗い道を二人で歩く。肩を貸して、二人でひょこひょこと進んでいくのだけど、誰ともすれ違わない。

 よくわからない虫の音。本当に自然の中だ。多分、ここから大学まではバスで1時間半近くかかる。時には部活――マネージャーの仕事をするためにその距離を通ってきているのだ。

「さっき、俺のこと凄いって言ってたけどさ。そんなこと無い。俺はさ、自分の好きなことさせてもらってるだけだし……マネさん達がいなかったら、なんも出来ない」

 多分、俺は誰かを支える為に往復三時間の時間と金をかけることはできない。好きなことには熱中できるけど、それ以外のことにはすぐ飽きてしまう。そんな俺は、やっぱり凄くともなんともないんだ。

 そのまま数歩、ひょっこひょっこ。返事が無い。なんかまずいこと言ったかな、と慌てて隣を見る。

 笑ってた。今更ながらに、ドギマギしてしまう。電車で散々密着してたじゃん、と我ながらに突っ込んでみるのだけど、一度そう思ってしまうと止まらない。いやさ、冷静に考えると酔いつぶれた女を自宅まで送るなんてのは正常じゃないことで。ただ、それを考え出すとどうしようもないから、考えないようにしてたのに――。

「私でも、みんなの役にたってるんだね」

「もちろん。口に出して言うのは恥ずかしいけどさ……感謝してるよ。俺だけじゃなくて、みんな」

 えへへー、なんて隣で笑う。多分、意識はしてないんだけどひどく艶っぽい。あぁ、もう、こっちが意識するよ畜生。

 そんなことを思ってたら、更なる大型爆弾が投下された。

「私は、キミがもっと感謝してくれたらうれしいなー」

「……え?」

「イヤなら、無理にとは言わない。けど、もし良かったら、君が自主練するとき、手伝いたいなぁ……って、駄目かな?」

 虫の音は、より一層の高まりを見せた。





 ハッとして、目を覚ます。なんだかさっきからこの動作を繰り返している気がする。どうやら私は横になっているようだ。

 ――一体何処で?

 焦りのようなものと一緒にガバリと起き上がる。その途端、頭が鈍痛に襲われた。ものすごく、気分が悪い。意識こそハッキリしてるけど、お酒は完全に抜けていないようだ。

 それでも幸いというべきか、私は自分の家の中にいた。どうやらすでに朝のようで、カーテンの閉じていない窓から柔らかな光が注ぎ込まれている。昨日の飲み会の記憶が点々と蘇る。というか、部分部分飛んでいる。

 このままベッドで寝ていたかったけど、とりあえず、水でも飲もうとベッドから降りて、私は違和感に気付いた。床を踏むはずの足に不思議な感覚。妙な暖かさとやわらかさをもつ物体を踏んでいた。

 視線を下げると、そこにいるはずのない男の子の姿。私の足の下で死んだように眠っている。思わず悲鳴を上げそうになり、慌ててこらえた。途切れ途切れの記憶を一生懸命辿る。確か、彼に家まで送ってもらったという事実は覚えている。ちょいちょい恥ずかしいことをしたり言ったりしてしまったような記憶が蘇り、アタシのバカー、とか叫びたくなったけどそちらもどうにかこらえる。

 で、問題は。どのような過程で彼がここに寝ているのかわからないことだ。そもそも、家についてからの記憶が一切ない。

 どうしようか、と考えていると私が踏んづけてしまったせいか、彼がもにゃもにゃと動き――そのあまりに普段と違う無防備な状態に思わず笑ってしまいつつ――目を覚ました。

 ぼーっと、状況把握を3秒くらい行なって、その目が私を捉えた。

「あぁ、おはよう。どう、気分は?」

 そこには動揺の色も欠片もない。再起動の早さにびっくりしつつ、大丈夫とわたしは答えた。あんまり、大丈夫でもないけど。

 相も変わらず状況を掴みきれないでいる私をよそに、彼はむくりと起き上がると、始発で帰ろうと思ってたけど、起きれなかったか――なんて呟いている。

「えと……どうしてここにいるの?」

 結果、バカ正直に聞いてしまった。彼が私のほうを向くと驚いたような視線を向け――それから苦笑いを浮かべた。

「どっかの誰かが『電車もないし、この辺の店は全部閉まってるから泊まってけー』って聞かなくてさ。時間も時間だから近所迷惑だし、素直に従わせてもらったよ」

 唖然とする私をよそに、彼は悠々と立ち上がって伸びをする。

 なんとなく、昨日の飲み会――主に終わってからのことだけど――の記憶が蘇ってくる。

 腕ガッチリホールドとか。うぁ、夢だったらいいのに。あるいは、向こうが忘れてくれてたらいいのに。二日酔いの文字とは無縁そうな彼にソレを求めるのはムダだろうけど。

「気分が平気なら……今日暇?」

「うん、今日は何も予定はないけど……」

「ならさ、付き合ってよ」

 何気なしに放たれた言葉。それはあっという間に脳に達し、恐るべき処理速度でその言葉の意味を理解させた。

「つ、付き合うって!?」

「あれ? 忘れたとは、言わせないけどな」

 そう言って、ニッと笑う。え、嘘、私は昨日一体何を言ってしまったのだろう。忘れたって言いたい。ものすごく言いたい。言わせないって言われると言いたくなっちゃうじゃない――とか、そういう場合ではなくて。

 軽く息を吸って、続く言葉を待つ。

「んじゃ、昨日宣言したとおり――今日の自主練、よろしく」


飲み会の帰り、地下鉄の中。ぼーっと目の前でいちゃつくカップルを見てて思いついた――

なんて動機で書き始めましたが、中々書く時間をとれずに雲行きがどんどん変わっていきました。

現実にはいなさそうな彼らです。名前すら用意されていません。

でも、地下鉄の中、あなたが名前を知らない回りの乗客にもきっと物語は存在するんです。

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