プロローグ
美術館のオーナーが主催する夜の特別展で、展示されていた貴重な肖像画が突如消失。参加者は限られており、密室状態の館内。中には怪しい振る舞いを見せるゲストも…。若き探偵がその場で証拠を集め、見えない手が操る謎に迫る。
《微笑む貴婦人》──それは、近代日本画の巨匠・水原良平が晩年にひそかに描いた、いまだ一般に公開されたことのない幻の肖像画である。絹のように柔らかな光に包まれた一人の女性が、静かに、しかし確かにこちらを見つめている。その微笑みは、温かさと謎めいた陰影を同時にたたえ、見る者の心を捉えて離さない。
背景に描かれた淡い花々は、まるで夢と現実のあわいを漂うかのように霞み、画面全体には非日常の気配が漂う。女性の表情には、静謐な佇まいの奥に秘められた強さがあり、見る者の感性によってまったく異なる印象を与えるとさえ言われている。
繊細にして大胆な筆致、光と影の織りなす絶妙なバランス──そのすべてが、水原の画家としての到達点を如実に物語っている。しかし、この肖像画の真の価値は、芸術としての完成度だけにとどまらない。絵の背景や細部には、暗号とも取れる不可解なモチーフや意味深な象徴が潜んでいるという噂が後を絶たないのだ。
果たして《微笑む貴婦人》に込められた秘密とは何なのか──それを知る者はいまだ誰もいない。
本作は、Amazon Kindleにて電子書籍として出版されたものです。 デジタルの海の中で、あなたとこの物語が出会えたことに感謝します。