表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第8話:鏡の中のもう一人の妃──睡眠と覚醒を逆転させる毒

「……また“鏡”が笑ったのです」


 そう言って怯えるのは、第一皇妃・蘭妃らんひ

 もとより冷静で知的と評判だったその妃が、近頃は夜に一睡もせず、昼間に幻覚を見るようになったという。


 


「部屋に入ると、鏡の中の私が──微笑んで手を振ってくるのです。私と同じ顔で、私ではない“誰か”が……」


 蘭妃はうわごとのように繰り返し、目の下には濃い隈。

 煌璃が呼ばれたのは、そんな皇妃の異変を危惧した侍医からの密かな依頼だった。


 


 煌璃は妃の寝所に入り、香の痕跡、寝具、鏡の配置などを一つひとつ調べていく。


 


「……これは、“不眠による幻覚”だけじゃありません。

 身体は眠気を感じているのに、脳が“覚醒し続ける状態”が人工的に引き起こされている」


 煌璃は妃の髪から採取した毛根を調べると、そこに異常な代謝反応の痕跡を発見した。


「これは──“神経刺激系の薬剤”が微量、長期にわたって投与されています。

 しかも、体内で分解されにくく、昼夜のリズムを逆転させるもの」




 さらに、妃の化粧棚に置かれていた香油瓶の底から、微かに甘い刺激臭のある液体が見つかる。


 煌璃は即座に断定する。


「“蓮睡香れんすいこう”です。かつて戦場で兵士の“睡眠・覚醒リズム”を操作するために開発された薬物。

 香に混ぜると、一見安眠用の芳香に思えるが、長期使用で“精神疲労と幻覚”を引き起こす」


 


 この薬の成分は、本来なら禁薬扱い──だが、それがなぜ後宮に?


 煌璃は妃の侍女に尋ねた。


「妃様の香油は、月に一度“蓮華調香館”で新しく調合されます……。でも最近、届けに来るのは以前と違う者でした」


 


 煌璃は香油の容器底に刻まれた印を確認し、顔を強張らせる。


「また、この印……“麗月院”のもの。蘭英妃の私室にしか存在しない“調香刻印”。

 つまり、香油が途中で“すり替えられた”。妃の調香が、麗月院の関与を受けた……」


 


 第一皇妃の症状は、単なる精神の揺らぎではなかった。


 計画的に記憶の曖昧化と自我の崩壊を狙う“薬物操作”だったのだ。




 煌璃は、妃に優しく語りかける。


「鏡の中で笑ったのは、妃様ではなく、“記憶を操られた別の人格”です。

 けれど安心してください。薬の効果は、今日で断ちます。

 私が処方する薬で、妃様の体内から“蓮睡香”を完全に追い出します」


 


 妃の手が震えながらも、煌璃の指先を握った。


「……あなたは、毒を見抜く目を持っているのね」


「毒は恐れるものではありません。正しく知れば、毒もまた“癒し”になります」


 


 そのとき、煌璃の背後で足音が鳴った。


「相変わらず、見事な処方だな。煌璃」


 現れたのは──帝・黎珀れいはく


「妃の様子を聞いて、私も来た。……眠れぬ夜を過ごす妃の姿が、昔の“ある人”に似ていてな」


 


 煌璃が振り向くと、帝の瞳には微かな哀しみが宿っていた。


 それは、亡き妃を想う男の、それでも消えない罪と愛の記憶だった。


 


 そして帝は、静かに言った。


「次は、蓮華楼に“かつて処刑された毒姫”の記録を調べる。

 ──私の記憶が正しければ、その毒姫は……“煌璃”という名に、よく似た娘を残していたはずだ」


 


 煌璃の瞳が揺れる。


 母の名。毒姫と呼ばれていた女。

 そして、帝が語る“かつての罪”とは──

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ