第3話:妃の肌が焼けただれる?──香炉に仕掛けられた日焼け毒
「きゃあああああっ!!」
その叫びは、早朝の後宮を震わせた。
高貴妃・華鈴付きの侍女が、あわてふためいて蓮華楼に駆け込んできた。
「高貴妃様のお顔が──火傷のように赤く腫れて……!」
煌璃は、診察具一式を包みに詰めると、すぐさま現場へと急いだ。
「……これは“火傷”ではありません。“薬品性光過敏反応”です」
煌璃は、高貴妃の頬や首筋に浮かんだ赤い発疹を丁寧に観察しながら言った。
肌は薄く爛れ、表皮がわずかに剥がれているが、熱傷の典型症状とは違う。
「何を言っているの。私は何も飲んでいないし、毒など……!」
「飲んだのではありません。吸ったのです」
煌璃は寝室に置かれた香炉へと視線を向けた。
「昨夜、妃様はこの香を焚かれていましたね。侍女たちの証言によれば“気分を鎮めるための薫香”だったそうですが……」
彼女は香炉の灰をすくい、鼻に近づける。
「──やはり。“蓮葉丹”が混ぜられていました」
「蓮葉丹? それは――」
「“光を吸収しやすい体質”を引き起こす毒です。吸収後、短時間で皮膚が紫外線に異常反応を起こす。つまり……」
煌璃は、障子から差し込む朝日を一瞥し、言った。
「この症状は、“香によって仕込まれた毒”と、“朝日”が合わさって生じた“後宮式の呪い”なんです」
「……華鈴様がこの香を使われたのは、誰の勧めだったのか」
煌璃は、侍女たちを一人ずつ調べ、香料の保管壺と使われた炭の種類を確認していった。
そして、香炉の底から──**香包**の破片を発見した。
「この香は“調香師の手製”ですね。市販のものとは香の調合が違う。……あ」
煌璃はわずかに目を細めた。
「この香に混ざっていた“蓮葉丹”、分量が不自然です。“自然乾燥”ではなく“熱乾燥”。つまり──本来の香に後から混ぜた痕跡です」
「後から……となると?」
「“妃様に好まれている香”に、“毒を混ぜて仕込んだ”ということになります」
そして調査の末、侍女の一人・茜が口を割った。
「わ、私は……“調香師の葉霜様”から、香を預かっただけで……っ!」
「葉霜……帝に献上された香を担当していた人物ですね。確か、最近“宦官に近づきすぎた”と噂になっていた」
煌璃は静かに言った。
「つまり、“毒香”の仕込みは、調香師からの横流し。
毒の使用意図は“高貴妃の容姿を損なうこと”。
それにより、“第一皇妃を皇帝の寵愛から外す”計画──」
後宮では、美は武器。容姿の損傷は、命取りだ。
煌璃は、高貴妃に塗る冷却薬を調合しながら、ぽつりと呟いた。
「……香は人の心を穏やかにするけど、逆に“見えない刃”にもなる。
でも安心してください。これで皮膚は三日で落ち着きます。香の毒なら、香で治すのが筋ってものです」
そうして、再び蓮華楼に戻った煌璃を待っていたのは――
黒衣の内官と、王命を記した金札だった。
「蓮華楼侍医女官・煌璃、“帝の枕元診察”を命ず」
帝が倒れたという報せが、届いたのだった。