第2話:鳥籠の中で死んだ小鳥──その羽毛に仕掛けられた毒
その朝、蓮華楼に届いたのは、王命による特命診察だった。
診察対象は──一羽の小鳥。
「……また妙な依頼ですね、煌璃さん」
師匠である侍医・淵月がため息をつきながら指令書を閉じる。
「皇太后様が愛しておられた“紅羽雀”が、今朝突然死したそうだ。
しかも、先日皇太后に献上されたものだったらしい。これは、ただの鳥の病気では済まんぞ」
煌璃は無言で包みを開いた。
中には、真っ白な絹に包まれた、わずかに赤い羽を持つ小さな鳥が、目を閉じて眠るように横たわっていた。
「死後硬直は少し残ってます。死んで三刻(約6時間)以内……内出血や傷はなし。
ただ……この羽根、少しざらついてますね。通常の羽毛に比べて、粉末状の異物が」
煌璃は、指でそれをすくい、嗅いだ。
「……香料。けれど、これは鳥に使う香じゃありません。“皮膚に浸透する型の毒”。
しかも──“人間用”。」
「……つまり、その毒は“鳥を殺すため”ではなく……?」
煌璃は、死んだ紅羽雀の爪に目を留めた。
「この子、首にリボンをつけてた跡があります。おそらく、誰かの“腕に止まって遊ぶ”習慣があった」
そして、小さくつぶやいた。
「──これは、“鳥に触れた誰か”を殺すための毒です」
場が静まり返る。
「この鳥は、“運ばされた”。
毒を運ぶための、愛らしい生きた“器”として──」
煌璃は薬研を持ち出し、羽の粉末を潰し、液体に溶かして観察を始めた。
「使用されたのは“遅効性の接触毒”。効果が出るまで二〜三日。
鳥が死んだのは、おそらく毒素の残留を消すための“証拠隠滅”。
毒の反応に加えられているのは──天蠶絲。高級な繭粉末です」
淵月が目を見開く。
「天蠶絲……それ、貴妃クラスの化粧品にしか使われんはずだ」
「はい。そして皇太后様と頻繁に接触できる者で、紅羽雀に“天蠶絲入り香料”を振ることができたのは──」
煌璃は静かに立ち上がった。
「第二妃・蘭英様の侍女、《綺音》──
彼女が皇太后に“献上鳥”を渡す役を任されていました」
それは、後宮の“贈答役”という重要な任であり、毒物混入の最大の機会。
煌璃は皇太后付きの女官へ要請し、綺音の爪に残った香料を微量採取し、薬反応を調べた。
──結果、紅羽雀と同じ香料毒の成分が一致。
「綺音様は、献上の香りとして“手ずから鳥に香を炊いた”と証言しました。
けれど、その香には“本来使用されない種類の油”が混じっていた。
“毒を混ぜた香”を使い、それが羽に染み込んでいたのです」
煌璃は口を引き結び、言った。
「……これは“皇太后を静かに殺す”ための計画だった。
鳥を介した毒──しかし、皇太后がその日たまたま手袋をしていたため、致命傷には至らなかった。
だから、“証拠の鳥”だけが死んだ。つまり──毒殺未遂」
淵月が、重い声で呟く。
「……綺音は毒の専門知識を持っていたとは思えん。誰かに“指示された”な?」
煌璃は頷き、薬壺のふたを閉じた。
「そう、“まだいる”。“毒を知る者”が、この後宮のどこかに──」
紅羽雀の亡骸に、白い布がかけられた。
毒は、すでに動き始めている。
煌璃もまた、その渦中に足を踏み入れてしまったのだった──。