第10話:蓮華楼の毒姫、その出自と忘れられた処刑記録
煌璃はその夜、帝の私室──【清心殿】に呼び出された。
そこはかつて、毒姫・璃霞が最後の夜を過ごした場所でもある。
「……お前の母は、かつて“蓮華楼の毒姫”と呼ばれていた」
帝・黎珀は、静かに語り出した。
「十数年前、後宮で連続した妃の死。病とも毒ともつかぬ症状に、誰も原因がわからず、混乱した」
「……そのとき、母は自ら調べ、治療法を提案したと聞いています」
「そう。だが、最初に毒を見抜いたのも璃霞であり──同時に“毒を使える女”として恐れられるようになった。
“治せる”ということは、“殺せる”ことと同義だったのだ」
帝は、机の引き出しから一枚の文書を取り出した。
それは、「毒姫・璃霞の処刑命令書」。
署名の下には、当時の太后・華皇太后の印。
「璃霞は、罪状として“後宮毒殺の首謀”とされた。証拠は曖昧だったが、太后の判断は早かった。
当時、権力の均衡のために、“医師局出身の妃”を排除したい者がいた」
「母が……“誰かの都合”で処刑された?」
「私は、止められなかった。──いや、“真実を知らなかった”のだ」
煌璃は拳を握りしめ、沈黙した。
「母は、最後に何か残しましたか?」
帝は机の奥から、もうひとつの箱を取り出す。
中には、香の処方と薬理式、そして──小さな和紙に包まれた一枚の手紙。
『毒もまた、癒しとなる。
この子には、私の目と手を託す。
毒を恐れるのではなく、正しく見極める者に。
──璃霞』
「……この子、というのは──」
「お前だよ、煌璃。
私はその時、璃霞が“娘を残していた”ことも、知らなかった。
彼女はお前を庶民の村へ隠し、医師局の一人に託したのだ」
煌璃の視界がにじむ。母が、自分を守るためにすべてを捨てたことが、ようやく繋がった。
「毒を操るのは、恐ろしいことです。でも、“毒を知る者がいなければ、人はもっと多く死ぬ”……私は、そう思います」
帝は静かに頷く。
「だから私は、今度こそ守ると決めた。毒を知り、恐れずに戦うお前を。
──それが、璃霞への贖罪であり、お前への誓いだ」
数日後、煌璃は蓮華楼の奥に封じられていた記録庫を開き、“毒姫の研究録”を発見する。
そこには未完成の薬理式と、“禁断の処方箋”が記されていた。
『帝の命を救う薬──だが、この薬は、わずかな分量差で“毒”にもなる。
だからこそ、“選ばれた者”にしか処方してはならない。
選ぶのは、この手だ』
「……この処方が、母の最後の研究。そして──」
煌璃は呟く。
「これが、第10番目の“処方箋”。
母は、帝を救う薬を完成させようとしていた。
その意志を、私が継ぎます」
だがその薬が、いま“すり替えられている”としたら──?
医師局内部に潜む、真の裏切り者とは誰か。
帝の命を狙う“毒の処方箋”の正体とは。