第一話:毒入りの湯?それは、ただの薬草の選び方の問題です
現在連載中の作品の『蓮華楼の毒姫』 ──この香り、嘘の匂いがします。に新しい要素を盛り込んでリメイクしてみました。
「これは毒です! 皇帝陛下を狙った謀反の疑いが──!」
その叫びが、朝の後宮を震わせた。
第一皇妃付きの女官が、皇帝の入浴前に用意された湯から異臭を嗅ぎ取り、湯の中に“毒草”が沈んでいたという。
それを聞きつけ、やってきたのは──
蓮華楼の最下級侍医女官、**煌璃**だった。
地味な青緑の衣をまとい、髪をゆるく結ったその少女は、
現場に集まる官女たちの視線を気にも留めず、湯桶を覗き込むと、鼻をひくつかせた。
「ふむ。これは……」
煌璃は、指先で湯をすくい、その匂いをかぎ取った。
そして、あっけらかんと言い放つ。
「これは毒じゃないですね。単なる選び間違いです」
「な、何を言っているの!これは毒草の“マオウソウ”!皇帝陛下が入っていたら──!」
「いいえ。これは“マオウソウ”ではなく、“マナカツサイ”です。似ているようで、香りも葉脈も全然違う。しかも、解熱作用があるので、むしろ“陛下の体調を気遣った”湯ですね」
「……なっ……!」
煌璃は、誰に聞かせるでもなく続けた。
「使い方を間違えれば薬は毒になります。でもそれは、“毒を使った”んじゃなくて、“使った人の知識不足”なだけです。……ああ、あと」
彼女は湯の中から、一枚の葉を拾い上げ、
それを口元に近づけて──ペロリと舐めた。
「おいっ!? それは毒かもしれんのだぞ!!」
「大丈夫ですよ。これ、ちょっと舌が痺れるけど苦味の方向が違う。
こういうの、味で見分けられないと後宮じゃ生き残れないんです」
女官たちは騒然としたが、そこに、煌璃の直属の上司である中医師が駆けつけた。
「煌璃、また勝手な真似を──!」
「師匠。この薬草、先に提出された調薬指示に反してます。誰かが無断で“入れ替えた”可能性も」
師匠の顔が険しくなる。
「……つまり、これは“誰かが陛下の湯に、わざと違う薬草を入れた”と?」
「はい。ただの選び間違いか、意図的なすり替えか。それを判断するには──調薬記録、女官の手順、あと……“香の反応”を見ないといけません」
煌璃の目が、真っ直ぐに現場の奥──湯殿の壁際にある香炉に向いた。
「この香、ほんの少し“炭の温度”が高すぎた。それに、香の種類が“神経刺激系”に偏ってる。もしかしてこれ──“誰かを興奮状態にさせる”ための香かも」
女官たちの顔色が変わる。
「……まさか、それって……」
煌璃は静かに言った。
「はい。毒を盛ったわけじゃない。“陛下を誘惑する準備”を、誰かがしていたのです。
問題は──“誰が”その香を炊いたか、ですね」
湯殿に、張りつめた空気が漂った。
そのとき、彼女は“後宮の本当の闇”を、まだ知らなかった。
薬と毒が交錯し、嘘と真実が塗り重ねられる陰謀の中に──
少女は、己の知識と舌ひとつで挑むことになるのだった。
薬か罠か──それを見分けられるのは、“毒を知る者”だけ。