もう逃げねぇ、もう一人じゃねぇ
大会を目前に控えたある日の放課後。
グラウンドで自主練していたダイヤの元に、数人の影が現れた。
「おい、ダイヤ。お前最近、真面目になっちまったらしいな?」
現れたのは──北鳳工業の不良グループ。
かつてダイヤとつるんでいた、葛西タケルを筆頭とするメンバーだ。
「オレらはさ、お前がどこまで“逃げ足”で行けるのか、試しに来ただけだよ」
「……やんのか?」
ダイヤの表情が一瞬で変わった。
仲間も、陸上も、そんなの全部忘れそうになる──
だけど──
数日前──
ある日の放課後、ダイヤは偶然街中で葛西と鉢合わせた。
「おい、オレらのこともう忘れたんか? お前が今さら陸上とか笑わせんなよ」
「……うるせぇよ」
葛西の一言がスイッチを入れた。
ダイヤは思わず殴りかかってしまい──
──停学処分。
部活停止。大会出場も白紙。
「マジかよダイヤ……」
「せっかく良くなってたのに……!」
仲間は何も言わなかった。
ただ、距離を取るようになった。
──現在。
ダイヤは、ひとりグラウンドに立っていた。
「……くそっ。オレ、何してんだよ……!」
走る。誰もいないトラックを、ただひたすらに。
フォームなんて気にしていられない。ただ、悔しくて涙が出た。
(逃げるのは、もうやめたかったのに……)
その夜。
コンビニ帰りの路地で、再び奴らが現れた。
「よぉ、黒崎ダイヤさんよォ。今度こそ、走って逃げねぇのか?」
「……逃げねぇ。てか、もう逃げらんねぇよ」
殴られ、蹴られ、地面に這いつくばっても、立ち上がった。
──そのとき。
「おい!!」
──成瀬。
──レイジ。
──そして、柊先輩。
「誰がこいつに手ぇ出していいって言ったよ」
「ダイヤはオレらの仲間だ」
3人は何の迷いもなく、ダイヤを囲むように立ち塞がった。
「……なんで来たんだよ」
「お前、バカだからだよ。ほっとけねぇだろ」
葛西たちは舌打ちをして去っていった。
「……また大会出れなくなるかもな」
「それでもいい。オレは……もう逃げたくねぇ。絶対、もう一回戻るから」
柊はうなずき、ひとこと。
「だったらまず、走れ。走って、証明しろ」
数日後。
まだ部活には戻れない。
でも、ダイヤは朝早く、誰もいないトラックで走り出す。
独りじゃない。今はもう。