陸上部、舐めてかかるな
「……ってことで、今日からダイヤがうちの陸上部に入る」
そう紹介したのは、あのときダイヤを追い詰めた先輩──柊 瞬。
2年のスプリンターで、100mの自己ベストは10秒台。部ではエース格だ。
「マジかよ、見た目バリバリのヤンキーじゃん」
「しかも、今日もピアスつけてんじゃん…てかその髪、校則違反だろ」
部員たちの視線は冷ややかだ。
だが、柊だけはにやりと笑っていた。
「走りゃわかるよ、こいつのヤバさは」
その言葉通り、ダイヤは最初の50mの流しから異様な加速を見せた。
「おいダイヤ、お前100m計ってみろ」
「へいへい、計ればいいんだろ」
校庭の脇にあるボロい電光計測機を使い、ダイヤはスタートラインに立つ。
ピッチもフォームも我流だ。ただ全力で前に進む。
──ゴォン!
スタート音とともに地を蹴るダイヤ。
その背中に、部員たちは目を見張った。
「なんだあの加速……!」
「まじで素人かよ…?」
──タイム:11秒20
静まり返る空気。
まだ入部初日、ストリート育ちの素人が叩き出した記録。
「マジかよ、あいつ……」
「高校一年で…しかもノースパイクでこれはヤバすぎる」
だが、本人はケロリとしていた。
「へへっ、別に全力じゃねーし」
その態度に、ある男が近づいた。
短髪で笑顔が爽やかな中距離選手──成瀬 駿太。
「なあ、お前名前は? ダイヤ? 面白ぇじゃん、俺は成瀬。中距離だけど、よろしくな」
次に現れたのは、ぽっちゃり体型だけどハードルの天才──山口 レイジ。
「逃げ足だけでこのタイムって…俺たちの仕事奪わないでくれよな、マジで」
少しずつ、ダイヤは「仲間」と呼べる存在と出会っていく。
でも──
練習が終わると、ダイヤはすぐにタバコの自販機横に直行。
制服も着崩し、昼の弁当も食わず、周囲とはあまり喋らない。
「なーんかまだ不良って感じだな、あいつ」
「でも…オレは期待してる」
柊は、ひとりグラウンドでフォームを確認するダイヤの背中を見ながら、静かにつぶやいた。
「ダイヤ、お前が本気で走ったとき──この部は変わる」
まだ始まったばかりだ。
逃げ足だけで生きてきたヤンキーが、世界の頂点を目指すなんて──誰が信じる?
けど、それがダイヤの物語の始まりだった。