第7話 俺も鍛えるか
「……なんか、俺だけ楽してないか?」
夜。
屋敷の書斎で一人、帳簿とにらめっこしていた俺は、思わずそんな言葉を口にしていた。
カリヤは毎朝、剣を振ってる。
リリアは魔力制御の訓練をして、最近は俺に隠れて回復術の応用まで練習してるらしい。
ヴァルナは体幹トレーニングに、魔力強化に、夜まで自室で自主稽古。もう筋トレが趣味みたいになってる。
みんな、努力してる。
「……なのに、俺は“見るだけ”かよ」
才能を見抜くだけ。
口を出して、買って、育てて、それで満足してるだけ。
それじゃあ、まるで“他人任せの王様”みたいじゃないか。
俺は机の引き出しから小さな手鏡を取り出し、鏡面をじっと覗き込んだ。
「……鑑定」
目の奥がわずかに熱を帯び、視界に淡いウィンドウが浮かび上がる。
【鑑定対象:オージ・グランファルム】
年齢:14歳
職業:奴隷商人(転職済)
◆ステータス
攻撃:SS
防御:S
魔法:S
身体:SS
魅力:SS
知力:S
◆才能
・鑑定眼 SSS
・交渉術 SS
・金銭感覚 S
・育成指導 A
・心理掌握 A
・戦略設計 A
・精神耐久 E
・武術適性 F
・貴族礼儀 D
「…………わぁ、典型的な“後方支援”マンじゃん」
いや、分かってた。体力も筋力もないし、剣振ったら手の皮すぐ剥ける。
でも、こうして文字にされると、ちょっと凹むな……。
その反面、情報処理とか商売に関する才能がずらりと並んでいる。
“鑑定眼SSS”“交渉術SS”“金銭感覚S”――そりゃ稼げるわけだ。
でも、気づいた。
「これ、全部“才能止まり”じゃねぇか」
鑑定できる。でも、正しく育てられるとは限らない。
交渉術がある。でも、場数を踏んでなければ、ただの数字だ。
育成指導A……? リリアたち、なんとなくで教えてたけど、ちゃんと“導けてる”か?
今まで、才能があるからって満足してた。
でも――それだけじゃ、きっとこの先、通用しない。
「……だったら、才能を活かせばいいだけの話だよな」
口角が自然と上がる。
自分を鑑定して、何が足りないのかを知る。
そして、それを補うために動く。鍛える。磨く。
「奴隷たちに“努力しろ”って言う資格があるなら、俺も動かなきゃダメだろ……!」
まずは、現場に出よう。
市場での交渉術を、実戦で磨く。
老練な商人相手に、理不尽な価格交渉でも挑んでみる。
あとは……ちょっと体力トレーニングも始めてみるか。
朝の散歩ついでに、カリヤと一緒に軽く剣でも振ってみよう。
カリヤには負ける未来が見えるけど、まあ、それもまた経験だ。
机に置いてあった手帳に、大きく書き込む。
「自分の才能を信じて、“使える”ようになること」
オージ・グランファルム。奴隷商人SSS。
誰よりも才能に恵まれたこの俺が、誰よりも努力してみせる。
「やってやるさ。俺の才能は、俺自身が一番信じてるんだからな」
◆ ◆ ◆
翌朝。
俺は目覚めてすぐに執事に告げた。
「今日から俺、外に出て“仕入れ”の実地研修する。あと、朝は庭で体も鍛えるから!」
「お坊ちゃまが……鍛錬を……?」
使用人たちがざわついたが、気にしない。
俺は今日から、自分を鍛える男なのだ。
◆ ◆ ◆
午前十時。
王都でも有名な高圧系老商人、“サルヴィオ爺”の店にやってきた。
この人、交渉術Sの持ち主で、俺が鑑定しても“プロの駆け引きモンスター”って感じ。
でも、だからこそ学べることもあるはず。
「……また来たのか、小僧」
サルヴィオ爺がぶっきらぼうに迎える。
何度か奴隷の仕入れで世話になってるけど、毎回ぼったくってくるのが特徴だ。
さすがだぜ。
「今日は“勉強”しに来たんです。交渉の……実戦を」
「……ほう」
「仕入れ希望、これ。三人まとめ買いで“銀貨十五枚”。妥当でしょう?」
俺はあえて相場より少し安めのラインを突いて出す。
もちろん、見抜かれて値上げされるのは織り込み済みだ。
「バカを言うな。こっちは銀貨二十枚じゃ」
「いや、手足に軽度の外傷がある個体ですよ? 市場では“十五”が妥協点です」
「見えてねぇのか? こいつらの筋骨の張りと、顔の造形。売れば二倍は堅いぞ」
言葉の応酬が続く。
表情を崩さず、視線をぶつけ、時に沈黙を挟む。
(……くそ、情報が揃ってる相手だと、プレッシャーがえげつねぇ……!)
それでも俺は、負けじと食らいついた。
癖のある口調、間の取り方、言葉の選び方――全部メモした。
「十八枚が限界です。これ以上出せば利益が出ません」
「十七で手を打とう。“交渉は信用と継続”じゃ」
「……ありがとうございます、サルヴィオさん」
(勝ったとは言わん。でも、“戦えた”)
今まで“才能でなんとなく有利”だったのが、今回は完全に“経験の差”で殴られた。
けど、ひとつひとつが生きた教材だった。
「お前、やればできる顔になってきたな、小僧」
「そりゃ、天才奴隷商人なんで」
「ぬぅ……腹立つな、なんか」
◆ ◆ ◆
翌朝、屋敷の裏庭。
俺は木剣を握って仁王立ちしていた。すでに汗だくで、息があがってる。
「ぜぇ……ぜぇ……おい、カリヤ、ほんとに元メイドか? 元軍人の間違いじゃないか?」
「オージ様が“本気で修行したい”なんて言うからです。このくらいで甘ったれないでください」
カリヤの目が鋭い。普通に怖い。
軽い素振りのつもりが、すでに肩が上がらなくなってる。
「よろしい、では次は防御の構えです。打ち込みますよ?」
「いやちょ、まだその段階は――わああああああ!!?」
バシンッ!!
木剣が肩に食い込み、俺は見事に転倒した。地面がめちゃくちゃ固い。
「……オージ様、せめて基本の受け流しくらいは覚えてから挑んでください」
「ごめんって! 今のは殺意あったろ、なぁ!?」
「ありません。普通です」
この冷たさ。
でも、なぜか心地いい。
普段はおとなしいカリヤだが、こういうときは本気だ。
それが俺もなぜかうれしかった。
俺は立ち上がる。肩は痛い。でも、顔は笑ってた。
「もう一回だ。次は勝つ。いくぞ、カリヤ!」
「……はい! 来てください!」
手加減のない訓練と、容赦ない交渉。
でも今の俺には、それが“ちょうどいい”。
この努力が、俺を“本物の商人”にするんだ。
(奴隷を育てるだけじゃねぇ。俺自身も、育ってやるさ)
俺の物語は、まだ始まったばかりだ。