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第6話 欠損奴隷を売りまくろう


「やっべぇ……マジで金がねぇ……」


 帳簿を前に、俺は頭を抱えた。

 あれだけ鑑定で稼いだってのに、もうこんなに減っている……。


 カリヤの武具代にリリアの研究用薬草費用、ヴァルナの訓練器具に食費も馬鹿にならない。

 どいつもこいつも才能は最高なんだが、維持費がかさむってもんだ。


「このままじゃ、次の奴隷も買えやしねぇぞ……っ」


 才能を見抜いたところで、育てられなきゃ意味がない。

 商人として、このまま資金ショートするわけにはいかないんだ。


 俺が頭を抱えてうなってると、ノックと共に執務室に現れたのは、情報屋のゼブルだった。


「オージ様、金策についてご提案がございます」

「ほう……聞こうか。今の俺は、金の匂いに飢えてるぞ」

「“欠損奴隷”に目を向けてみては如何でしょうか」


 欠損奴隷。名前からして、なんかヤバそうな響きだが……。


「手足を失ったり、大きな怪我や障害を抱えた奴隷たちです。通常、商品価値はゼロ……ですが」


 ゼブルが意味ありげに言葉を切る。俺は察した。


「……リリアの回復魔法で、治せる……ってことか?」

「はい。身体を治せるとなれば、価値は一気に跳ね上がります。仕入れ値は二束三文、利益率は極めて高くなるかと」


 なるほど、理屈はシンプル。

 傷ついた奴隷を安く仕入れ、リリアの治癒魔法で治す。そして高値で売る。


「……それ、めちゃくちゃ儲かるやつじゃん」

「おっしゃるとおりです。ただ、倫理的な指摘を受ける可能性もございます。『人を商品として扱っている』と」

「それ、今さらじゃねぇ?」


 苦笑しながら立ち上がる。

 俺は“奴隷商人”だ。綺麗事じゃ、生きていけない。

 そこへリリアが、そっと扉の向こうから顔を出した。


「オージ様、私……そのお仕事、お手伝いさせていただいてもいいですか?」

「いいのか?」

「はい。もし、誰かの傷を癒して、また生きられるようになるのなら……それだけで、嬉しいです」


 ああもう、ほんとに天使かよ……。

 その純粋さにちょっと胸がチクッとしたけど、ここは俺も乗っかるしかない。


「よし、決まりだ。ゼブル、市場の場所を教えろ。今日中に仕入れる」

「承知しました。“第七奴隷区画”の、欠損専門ラインへご案内いたします」


 

◆ ◆ ◆


 

 王都の外れ、第七奴隷区画。

 石畳もまばらな、ほとんど廃棄されたような市場の片隅に、それはあった。


 “欠損奴隷専用”の檻。

 足を失った者、腕のない者、顔に火傷を負った者――その誰もが、薄汚れた布をまとい、無表情にただ座り込んでいる。


「……こりゃまた、思ってた以上に地獄だな」


 言葉が漏れた。

 けど、俺の“鑑定眼”は、彼らの中に確かな光を見出していた。


(才能が……ある。こんな状態でも、確かに“光って”る……!)


 治せば、活かせる。

 活かせば、売れる。


 これは“商売”だ。そして“救い”でもある。


「リリア。出番だぜ」

「はい、オージ様」


 俺たちは、再生と利益の両立を目指し、腐敗した市場の奥へと足を踏み入れた。

 次なる“宝の原石”を、見つけ出すために。


 薄暗い市場の奥――。


 そこにいたのは、もはや“人”というより“残骸”とすら見なされていた者たちだった。


 片腕を失った少年。

 脚が腐って膝から下がない少女。

 声を失い、ただ虚ろな瞳で天井を見つめる黒髪の娘。


 だが俺の鑑定眼は、彼らの頭上に、はっきりとした“光”を見ていた。


(腕のない少年:才能《木工師 A》《造船士 A》)

(足のない少女:才能《軽戦士 B》《槍術適性 A》)

(声を失った娘:才能《歌唱 A》《精霊共鳴 A》)


 こいつら……とんでもない逸材じゃねぇか。


「三人まとめて買う。銀貨十枚でいいだろ?」

「え、ええ!? 本当にいいのかい? ……し、ししし処分前で良かったぁ〜〜!」


 奴隷商は驚きと歓喜で顔をくしゃくしゃにしながら手続きを進めてくれた。

 処分予定の“ゴミ”を引き取ってくれる相手なんて、そうそういないらしい。


 俺たちは三人を荷馬車に乗せ、屋敷に連れ帰った。


 

◆ ◆ ◆


 

 リリアが、そっと手を差し伸べる。

 まずは片腕を失った少年からだった。


「大丈夫です、すぐに楽になりますからね……」


 彼女の掌が、断面に触れた瞬間――


 《癒しの光よ、欠けたるものに満ちよ――ヒール!》


 眩い光が少年の肩を包む。

 白く細い骨が現れ、筋が張り、肉が覆い、皮膚が滑らかに再生していく。

 数秒後、そこには――完全な右腕があった。


「……う、うそ……!」


 少年は指を、ゆっくりと、一本ずつ開いていった。

 小刻みに震える唇が、言葉を紡ぐ。


「指が……動く……! 木槌が、また……持てる……っ!」


 涙が、ぽろぽろと落ちる。

 彼はその場に崩れ落ち、顔を地面に擦り付けながら、叫んだ。


「神様……いや、オージ様ぁ……! 生まれ変わらせてくれて……! ありがどおぉおおおっ!!」


 うわ、泣くのか。いや、うん、まあ泣くよな。そりゃ。


「お礼はリリアに言ってくれ……」

 

 続いては、足のない少女。


「うぅ……わたし、どうせ無理だと思ってた……でも、でも……!」


 リリアが両膝に手を当てると、またしても温かな光が溢れた。

 ぼこりと盛り上がる骨の芽。そこから筋と皮が伸び、しっかりとした膝下が形成されていく。


「た、立てる……ほんとに……立てる……!」


 よろよろと少女が立ち上がった。


「……わたし、また走れるんですか……!? 剣、握ってもいいんですか……!? オージ様ぁあ……!」


 次の瞬間、バタンと音を立てて地面に土下座した。

 もうやめてくれ、俺の心が痛い……。


「い、いいって。商品価値を取り戻してもらっただけだし」

「売られてもいいです! どこへでも行きます! でも、またこうして生きられるのが嬉しいんですうううう!!」


 やばい、もはや拝まれてる……。

 そして最後に、声を失った黒髪の娘――レイ。


 リリアが彼女の喉に触れると、微かに青い光が灯る。


「癒しの光よ、澄みきった音を、この者に再び――ヒール」


 レイの喉が震えた。


「……あ……あっ……!」


 最初はかすれ声。けれど――


「♪ ああ……風が……歌う……♪」


 天上から降るような、透明なソプラノが響いた。


 その歌声に、空気が震えた。

 窓の外で鳥が鳴き、庭の花々がゆっくりと咲き始める。


 まるで、自然そのものが“歓迎”しているようだった。


「うそ……わたし……歌えてる……!」


 レイは両手で口元を覆い、堪えていた涙を溢れさせた。


「ずっと……歌いたかったんです……もう一度だけでも……! オージ様、リリア様……ありがとうございますっ……! この声、命を懸けて捧げますぅううう!!」


 ……だから、泣きながら誓わないでくれ。

 俺はただ、回復魔法を使える手駒がいて、商売してるだけなのに。


 けれど──


(リリア、すげぇな……)


 彼女の魔法は、ただ肉体を治すだけじゃない。

 “心”まで癒す力を持っているんだ。


 俺の仕事は、才能を見抜いて価値を上げること。

 でも、それを本当に“生かす”のは……仲間の力なんだな、って思った。


「……さあ、元気になったら、次は“働いて”もらうぞ? タダで治したわけじゃないからな」

「は、はいっ、喜んでぇえええ!!」


 三人の声が、驚くほど力強く、そして明るく響いた。


 もう、“処分対象”ではない。

 今の彼らは、確かに、未来を見ていた。


 「ようこそお越しくださいました、本日の目玉商品は――こちら、“奇跡の治癒奴隷”です!」


 拍手、どよめき、口笛が市場に響く。


 俺は今、王都の高級奴隷市場――通称ゴールデンパドックの中心に立っていた。

 そのステージ上には、かつて“処分対象”だったはずの三人が、美しく着飾って立っている。


 艶やかなドレスに身を包んだレイは、観客席に向かって一曲歌い上げる。

 その歌声に、マントを翻していた貴族たちが立ち止まり、耳を奪われた。


「これ……本当に元処分奴隷か?」「天使の声だ……」

「はい! しかも彼女、精霊共鳴持ちです! お抱え神官としても活用可能!」


 続いて前に出たのは、修復された右腕で木の剣を握る少年――ティル。

 鍛冶屋の息子という過去を持ち、腕を失ったことで絶望していた彼は、今やその腕で簡易椅子をその場で組み立ててみせた。


「ふむ……この構造……王城の家具班でも通用するぞ」

「どれ、見積もりは――金貨十五枚!」

「金貨十七枚!」

「二十枚ッ!」


 競りが加熱していく。

 そして最後に登場したのは、戦士少女マリア。

 片脚を失っていたとは思えない俊敏さで、模擬槍を振るい、型を披露する。


「軽戦士Bランク適性です! 鍛えれば前衛候補にも!」


 その瞬間――


「二十三枚!」「二十五枚!」「三十ッ!」

「三十五ッッ!! 即決で買おう! 今すぐ契約書を出せ!」


 ──カーン! 鐘が鳴り響いた。


 落札が決まった合図だった。


 

◆ ◆ ◆


 

「さて……本日の売上は、と」


 俺は帳簿を眺めて、静かにニヤける。


 レイ(歌唱SS) → 金貨42枚

 ティル(木工A) → 金貨18枚

 マリア(軽戦士B) → 金貨35枚


 合計、金貨95枚。


「ふっ……ふはは……ふははははははッッ!!!」


 屋敷の書斎で、思わず笑い声がこぼれた。

 ああ、これが“金になる才能”ってやつか……!


 銀貨十枚の仕入れが、金貨九十五枚の売上に化けた。

 粗利率、実に驚異の950%。これはもはや商売ではない、革命だ。


「見たか! ブラック企業の連中よ! こっちは異世界で“回復錬金術商法”を確立したんだよ! 金も儲かるし、人も救える! こんな一石二鳥な商売、他にはない!」


 気づけば屋敷中の奴隷たちが、俺を“神を見る目”で見つめていた。


「オージ様……」「まさかこんなに凄い人だったなんて……」

「いや、俺はただの“商人”だよ。ただ……ちょっと見る目があるだけだ。それに、すごいのはリリアだ」


 鼻で笑ってみせると、カリヤがこっそり耳元で囁いた。


「オージ様、顔がめちゃくちゃドヤってます」

「いいじゃねぇか! 儲かったんだからッ!」


 リリアがくすっと笑いながら、そっと告げた。


「じゃあ……次は、どんな人を治しに行きましょうか?」

「よし……次の仕入れは“怪我人限定のオークション”だ! リリア、癒す準備を。ヴァルナ、護衛頼む。カリヤ、お茶!」


「「「はいっ!!」」」


 こうして、俺たち“再生奴隷商人チーム”の名は、にわかに王都中に轟くことになるのだった――。


 ──が、その裏で。

 市場の異常な価格上昇を察知した教会の一団が、水面下で動き始めていた。


「……神の御業を、商売に使っている者がいるらしい」


 そして、“鑑定眼”を巡る、さらなる争いの幕が、静かに上がり始めていた。

 




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