第5話 鑑定屋オージ
「――え? ええっ!? もう金がこんなに減ってんの!?」
俺の目の前には、屋敷の帳簿と金庫の中身が広げられていた。
帳簿をまとめてくれたのは執事のクルス。やや猫背で神経質そうな中年男だ。
「はい。現状、当家の維持費・食費・給金・設備費用を差し引きますと、自由に使える運用資金は……こちらの銀貨百枚ほどとなります」
「ひゃ、百枚って……!? これっぽっち!?」
「はい、“子爵家の次男坊”であるオージ様に正式な予算が与えられていないのはご承知の通りかと」
「……いやまぁ、そうなんだけど……っ!」
あらためて数字で突きつけられるとキツい。
俺が奴隷商人としてやっていこうと思ってるのに、初期資金が百銀――つまり金貨一枚分ちょい。
カリヤとリリアとヴァルナの生活費と俺の腹を満たしたら、それだけで数日分が溶ける。
「いやいや、こんな金額でどうやって奴隷を買えと……!?」
「ですので、これまでのような“即買い”は控えていただかないと……」
「リリアとヴァルナは奇跡だったとしても……これじゃ次が続かねぇ……!」
俺は頭を抱えた。
カリヤを育て、リリアとヴァルナを覚醒させた――そこまではいい。上出来だ。
だが、そいつらの才能を活かす“仲間”をさらに増やすには、資金がいる。
(才能だけあっても、金がなきゃ買えねぇ……。俺のビジョンは金次第……!)
俺はふと、兄の顔を思い浮かべた。
「……兄貴から借りるか……いや、それだけは絶対に嫌だ……!」
あいつのニヤニヤした顔で「困ってるなら助けてあげてもいいよ、オージ♪」とか言われるとか、死んでも勘弁。
だったらスライムの内臓でも売って稼ぐ方がマシだ。
「よし、こうなったら――自分で稼ぐしかない!」
俺はテーブルをバンッと叩いて立ち上がった。
「おや、いよいよ“商売”を始められるのですか?」
横からぬるっと現れたのは、いつの間にか茶を注いでいたカリヤ。
紅茶がなみなみと溢れて、カップの下に池ができている。
「うお、あっぶな! ああもう、また皿がっ……!」
「あっ、ご、ごめんなさいいい……っ!!」
お盆をひっくり返して逃げるカリヤ。
だが、俺は慌てず言った。
「大丈夫。君はもう“皿運び”の人間じゃない。失敗しても怒らないって言ったろ」
「うっ……オージ様ぁ……!」
泣きそうな顔で胸に飛び込んできそうだったので、椅子を一つ前に出して受け止めを回避。
その横で、リリアが「またですかぁ……」と苦笑していた。
「……さて、と」
俺は紅茶まみれの帳簿をどけて、空のメモ帳を広げる。
「稼ぐっていっても、どこから手をつけたもんかね。よし――まずは金策プランの洗い出しだ!」
そう、才能のある奴隷を育てるためには、金が要る。
そして金を稼ぐためには、俺の【鑑定眼】を活かすのが一番。
奴隷を見抜くように――今度は“稼ぎ方”を見抜いてやろうじゃないか。
「うーん……」
俺は王都の中心街にある広場のベンチで、頭を抱えていた。
メモ帳には、ありとあらゆる“金策プラン”が書きなぐられている。
たとえば――
【案①:安物奴隷を買ってリフォーム転売】
→手元資金じゃロクな奴隷は買えず、回復にも金がかかる。初期投資が足りない。
【案②:闘技場にカリヤを出場させる】
→初戦で派手に勝てば大金が狙えるが、今の彼女にそんな酷なことはできない。まだ戦闘にも慣れてないしな。
【案③:リリアの治癒で“町の無料診療”】
→本人がやる気満々だが、宗教絡みの問題に引っかかりそう。教会の怒りは買いたくない。
「うーん……どれも微妙に詰んでるな……」
金を稼ぐってのは、才能だけじゃどうにもならん。
リスクと手間と信用――そういうのも必要なんだ。
「オージ様、あの……たとえば、王都の露店なんてどうでしょう?」
リリアが横でそっと提案してくれる。
「薬草を売ったり、占いをしたりしてる方も多いと聞きます」
「露店か……でも目立ちすぎるのも怖いしな。貴族の許可がいるケースもあるし……」
俺が唸っていると、窓の外から遊んでいる街の少年たちの声が聞こえてきた。
「なあなあ、おまえ、剣士になりたいって言ってたけど、本当に向いてんのかよ?」
「し、知らねーよ! だって、俺んち貧乏だから訓練なんて無理だし……!」
「おれ、ギルドの兄貴に“狩人”勧められたけどさ、弓とか当たる気しねぇんだよな……」
(……あれ?)
そこで、俺の脳内にピコーンと音が鳴った。
そういや――
【案④:才能鑑定を商売にする】って、あったよな?
(ギルドでも神殿でも、“才能”まではわからない……)
見えてるのは、俺だけだ。
(これ、俺だけの“武器”じゃねぇか……!)
「ちょっと、やってみるか……」
まあ、話題になりすぎて騒ぎにならない程度になら、大丈夫だろう……。
◆ ◆ ◆
その日の夕方、俺はこっそり街外れの掲示板に、1枚の紙を貼りつけた。
【あなたの本当の才能、見抜きます】
進路に迷う者、力に悩む者へ。
診断料:銀貨10枚
《才能鑑定屋 オージ》
※完全予約制・秘密厳守・暴力禁止
「……なんか怪しい占い師みたいになってきたな……」
やや不安はあったけど、翌日にはすぐに効果が出た。
◆ ◆ ◆
「オージ様~! 来客ですっ! 一番最初のお客さんですっ!」
「よし、通して!」
俺の屋敷の応接室――とはいっても、今は半分“診断室”として改装されている。
最初の客は、ちょっと不安げな青年だった。
「……は、初めまして。あの、俺、ずっと戦士を目指してたんですけど、ぜんぜん上達しなくて……」
「うん、わかった。じゃあ、ちょっとこっちを向いて――」
俺が視線を合わせた瞬間、鑑定ウィンドウが浮かび上がる。
名前:ハルト
年齢:16
現職:見習い剣士
才能:剣士:E/採集士:B/調理師:A
「……ふむ。ハルト君。君、剣士の才能は……Eだね」
「っ……やっぱり、そうっすか……」
「でも、代わりに“調理師”としての素質はA。加えて“採集士”もBと出てる」
「……ちょ、調理師!?」
「そう。君は剣を振るうよりも、包丁を振るったほうが断然向いてる」
俺がそう断言すると、ハルトはポカンとした顔をしていたが――
「た、たしかに……俺、料理するのは好きで、よく宿屋の手伝いしてて……。あのときだけ、よく褒められたなぁ……」
「だろ? 才能ってのは、勝手に輝くもんじゃない。磨く“正しい場所”に立たないと意味がない」
ハルトは目を見開き、それから何度も深く頭を下げた。
「ありがとうございやす……! 本当に、救われた気分っす……! ちょっと調理師の方向で進路考えてみます!」
そして、彼はテーブルの上に銀貨を置いて帰っていった。
(――これだ!)
俺の“目”にしか見えない“本当の道”。
それを、必要としてるやつは想像以上に多い。
「ふふふ……これが“俺だけのビジネス”ってわけだ……!」
この日を境に、“才能鑑定屋オージ”の名は、王都の片隅でじわじわと広がり始めた。
それから数日。
俺の屋敷の応接室――いや、“鑑定室”には、連日ひっきりなしに相談者が訪れるようになった。
「オージ様、お次の方をお通ししてもよろしいですか?」
メイド姿のカリヤが、スケジュール帳を持って汗だくで駆け込んでくる。
「ちょ、ちょっと待ってください、もう午前の予約だけで十五人って……!」
「ふふっ、でも皆さん、本当に嬉しそうに帰っていかれますよね」
リリアが庭から薬草を運びながら、優しい笑みで言う。
彼女は診断に来た客が動揺したときの“癒し係”として大活躍中だ。
「“鑑定屋”って、こんなに需要あるもんなのか……」
俺は、もはや銀貨の山と化した机を眺めながら、軽くため息をつく。
職業や進路に悩んでる奴ら、
いまの仕事に違和感を感じてる奴ら、
ギルドの推薦に不安を感じてる新人冒険者――
みんな、“本当の自分”を知りたがっている。
俺の鑑定眼が、それを一発で見抜くってんだから、そりゃ人気も出る。
最初は銀貨10枚だった相談料も、いまじゃ人気のあまり銀貨50枚になってる。
「これはもう、事業化のフェーズ入ってるな……。職員雇うか……? いやでも見れるのは俺だけだしな……」
「オージ様、そろそろ休憩とられては……? 顔色が少し……」
「ああ、サンキュー。じゃあ、今日の分の帳簿整理は頼んだ。報酬は昼のケーキな」
「わぁい!」
カリヤが飛び跳ねて喜んだ。
このあいだまで皿すら満足に持てなかったのに、今では事務処理までこなしてくれてる。
失敗ばかりでドジばっかりのカリヤだったけど、自信がついたのだろうか、それなりに自分のやり方を見つけて、働いてくれている。
苦手だったことも、人なみにできるようになっている。
それは、一つの自信ある分野が確率できたから、なのだろう。
(才能が開花するってのは、こういうことだよな……)