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第4話 魔法の剣士


 ある日の冒険者ギルドからの帰り道、カリヤと二人で市場を歩いていた。


「やっぱりさ、遠距離攻撃ができる仲間がほしいんだよな。君は前衛としては十分頼りになるけど、突っ込んだときに後ろが薄いのはキツい」

「後衛……つまり、リリアさんでは火力不足ということでしょうか……?」

「いや、リリアはサポートと回復で輝くタイプだよ。攻撃魔法系の相棒がほしいの。魔導士とか、弓使いとかさ」

「なるほど……それで今日は奴隷市場へ?」

「うん。どうせ才能を見るなら、素性のわからない奴隷のほうが掘り出し物があるかもしれないしな」


 そんな軽口を交わしながら、俺たちは王都の裏手にある“低ランク奴隷市場”へと足を運んだ。


 高級市場とは違って、ここは全体的に空気が淀んでいる。

 土臭い匂いと、擦れた声、鉄の檻の軋む音――生きている“商品”たちの気配だ。


「さて、今日の“お宝”はどこかな……」


 俺は通路をゆっくりと歩きながら、一人ひとりに鑑定眼を走らせていった。

 ステータスウィンドウが、半透明のプレートとして視界に現れる。


(戦闘向きがほしいけど、今のところパッとしないな……)


 魔法適正C〜D、弓の才能もせいぜいB止まりの者ばかり。

 唯一Aランクの少女がいたが、攻撃魔法ではなく“お掃除”に特化した清掃魔法適性という残念っぷり。


「オージ様、あちら……」


 カリヤが指差したのは、一番奥の薄暗いエリア。

 見れば、大きく『処分価格』『問題あり』と札がぶら下がった檻があった。


 その中に、腕組みして座っている――女。


 ボロボロの衣服、露出した肩や腹にはいくつもの戦傷跡。

 髪は短く、目つきは鋭い。細い体を想像していたら、実際はかなりの筋肉質だった。


「……あいつか。見るからに問題児って感じだけど――」


 俺は目を凝らして、ステータスウィンドウを開いた。


 

名前:ヴァルナ

年齢:16

性別:女

職業:奴隷(元・見習い剣士)


【基礎ステータス】

攻撃:B

防御:B

魔力:A

身体能力:A


【才能】

剣士:F

槍士:E

攻撃魔法:SS

火霊親和:S

魔剣術(隠し才能):A


 

 ――きた。


(これ、完全に“魔法剣士”の素質持ちじゃん……!)


 しかも“剣士F”ってのがまた……。

 才能ないのに、必死に剣の道を極めようとして傷だらけってことか。


「よう、ちょっといいか?」


 声をかけると、ヴァルナが顔を上げた。

 まっすぐな、真剣な眼差し――ただし、めちゃくちゃ警戒心MAX。


「買わねぇなら話しかけんな。邪魔だ」

「いや、買う気はあるよ。ちょっと話を聞かせてくれ」

「俺は女じゃねぇ。剣士だ。そこんとこ、勘違いすんじゃねえぞ」

「……それ、自己紹介なのか?」

「女扱いは慣れてねぇんだよ。だいたい俺はな――」

「剣を愛してる。生きるためじゃなく、勝つために剣を振るってきた――って顔してるよな」


 ぴたりと、ヴァルナの口が止まる。


「……なんでそれ、わかるんだ?」

「見たらわかる。“その目”をしてるやつを何人か知ってるから」


 嘘だけど、鑑定眼の力だ。

 俺がウィンドウを閉じて立ち上がると、奥から奴隷商人がやってきた。


「お客さん、この子っすか? 剣ばっか振って、言うこと聞かないし。そのくせ弱い。戦でも役立たずだってことで返品されてきた商品で……いやぁ、ほんと処分価格っすよ!」

「……で、いくら?」

「銀貨3枚でいいっす。値切り交渉アリで!」


(安っ……!)


 このスペックで銀貨3?

 むしろこちらが恐縮するレベル。


「買った」

「即決!?」

「でも一つだけ条件を出す。剣士じゃなく、“魔法使い”にする」

「なっ……ふ、ふざけんなッ!!」


 ヴァルナが立ち上がり、檻に手をかけてガン!と殴る。


「俺は剣士だ! 誰が魔法なんて――!」

「だったら、もう一度聞く。“弱い剣士”として生きるか、“最強の魔法剣士”になるか、どっちがいい?」


 その言葉に、彼女の目が揺れた。

 怒り、戸惑い、悔しさ――そして、かすかな希望。


「……お前が俺に、“剣を捨てるな”って言ってくれるんなら――ついてってやる」

「よし、交渉成立だ。別に、俺は剣を捨てろとは言ってないからな。別の道を示してやる」

「ほんとうか……」

「それじゃ、こっちの馬車に乗ってくれ。君の部屋は用意してある」


 奴隷市場での購入手続きは、あっさりと終わった。

 相場の半額以下だったせいか、商人は嬉々として書類を出してきたし、周囲の奴隷たちからも「あいつ買われたの!?」と驚きの声が上がっていた。


 けど、そんな周囲の視線なんて、ヴァルナは気にしていない。

 むしろ、「あーあ、また買われたか。次はどんなクソ貴族かな」くらいの目をしている。


「……この荷馬車、お前のか?」

「そうだよ。俺の屋敷で暮らしてもらう」

「ふん……言っておくが、女扱いはすんじゃねえぞ」

「わかってるって……そんな気は起こさないよ……」

 

 ぶっきらぼうに荷馬車に乗り込む彼女を横目に、俺もその隣に腰を下ろす。

 カリヤとリリアも一緒に乗っていて、すでに屋敷へ戻る準備は万端だった。


 

◆  ◆  ◆


 

 屋敷に戻ってすぐ、俺はリリアに声をかけた。


「リリア、すまん。彼女の身体を診てやってくれ」

「はいっ!」


 リリアは迷いなく頷き、ヴァルナの前にしゃがんだ。

 ヴァルナは警戒していたけど、リリアがふわっと笑うと、少しだけ肩の力が抜けたようだった。


「その……身体、かなり傷ついてますよね。ちょっと、見せてもらってもいいですか?」

「……別に、構わねぇよ」


 ヴァルナは黙って上着を脱ぐと、傷跡だらけの上半身があらわになった。

 刃物の切り傷、焼け焦げたような火傷、骨がずれて固まったような古傷まである。

 てか、俺もいるのに躊躇なく脱ぎやがったぞこいつ……。


(おいおい……まるで、戦場に何年もいたみたいじゃねぇか)


「リリア、頼む」

「はい。……《癒しの光よ、痛みと苦しみを、優しく包んで――ヒール》」


 リリアの掌から、ふわっと淡い光が広がった。

 その光がヴァルナの身体を包み込むと、見る見るうちに傷が薄れていく。

 皮膚が再生し、痣が消え、動かなかった右肩がすっと動いた。


「なっ……!? えっ、これ……!? 本当に治ってる……!」


 ヴァルナが目を見開き、思わず自分の身体を触る。


「信じられねぇ……俺の肩、もうずっと、まともに動かなかったのに……」


 リリアは優しく笑って、静かに言った。


「剣でついた傷も、無理した訓練も、きっと“何者かになろう”として頑張った証ですよね。……でも、それ以上に大事なのは、“あなた自身”が輝ける道です」


 ヴァルナは、ぽかんとした顔でリリアを見つめたあと、思わず目をそらす。


「……なんだよ、それ。……やさしすぎるんだよ、あんた……」


 声が、震えていた。


 そのときだった。

 ふと、ヴァルナの身体から――かすかに、熱気のような魔力が立ち上ったのを、俺だけが察知した。


(これは……魔力が流れ始めてる。もう、下地はできてるな)


 俺は軽く頷くと、立ち上がって言った。


「ヴァルナ。今から、転職の神殿に行くぞ」

「……っ! ほんとに、“魔法使い”になるのか? 剣は捨てないぞ……!?」

「いや、あくまで“剣を魔法で強化する戦士”になるだけさ。君は剣を捨てなくていい。むしろ、今の君には“魔法で剣をより強くできる力”がある。それを活かすだけだ」


 ヴァルナはしばらく黙って、そして――笑った。


 それは、皮肉でも、照れ隠しでもない。

 ただ純粋に、“未来が見えた”ときの、あたたかい笑みだった。


「へっ……なんか、ワクワクしてきたな」



◆ ◆ ◆

 


 王都の西端にある《転職の神殿》。

 大理石造りの厳かな建物で、内部には転職を司る《神託の台座》が安置されていた。

 俺は神官に必要な登録手続きを済ませ、ヴァルナを連れて台座の前に立つ。


「……本当に、ここで俺の“職業”が変わるのか?」

「そう。職業が変わると、魔力の通り方も変わる。才能の目覚めに必要な儀式だ」


 ヴァルナは少し不安そうに眉をひそめたが、それでも一歩前に出る。

 足元に描かれた魔法陣が淡く光を放ち、彼女の身体を包み込んだ。


「――“見えざる運命の神よ。この者に、新たな道を示したまえ”」


 神官が祈祷を唱え終えると、魔法陣の輝きがひときわ強くなる。


 そして――


 ぱあっ、と。

 ヴァルナの身体を覆うように、赤く煌めく魔力が放たれた。


「……熱い……なに、これ……身体の中から、燃えるような感じが……!」


(来た……! 魔力の流れが、“攻撃魔法適性SS”に反応してる!)


 その瞬間、鑑定ウィンドウが更新される。


 

職業:魔法剣士

才能:攻撃魔法:SS

火霊親和:S

魔剣術:A


 

 神殿の祈祷が終わると同時に、ヴァルナの周囲から火の精霊が微かに姿を現した。

 赤い蝶のような炎が彼女の肩に留まり、くるくると回っている。


「……これは……俺の魔力に、反応してる……?」

「火霊親和の証だ。君は、火の精霊と相性がいい。“火を纏う剣”が使えるようになるはずだ」

「……火を……纏う剣……」


 ヴァルナがゆっくりと腰の剣を構える。


「……できるかな……いや、やってみたい……!」


 その声には、これまでの棘がない。

 ただ、自分を信じたいという願いが込められていた。


 俺は一歩前に出て言う。


「剣を振るうとき、刃先を意識して。魔力を、指先から流すように。熱の流れを感じて――」

「……こうかっ……!」


 ヴァルナが息を吸って、集中する。

 そのとき。

 

 バシュッ!

 

 剣の刃が、一瞬にして炎をまとった。


「なっ……!?」


 ごぉぉぉぉぉっ――!


 刃に燃え盛る紅蓮の炎。

 それはまるで、真紅の剣が生まれ変わったような光景だった。


「できた……俺、炎を……剣に宿せた……!」


 ヴァルナの目が、驚きと歓喜に震えている。


 彼女は剣を構えたまま、俺に向かって叫んだ。


「オージ様……! ありがとう……!」

「……お、おう」

「俺、本当に剣を捨てずに……もっと強くなれるんだな……!」


 泣きそうな笑顔だった。

 剣士として全てを否定されたと思っていた自分が、

 “新しい剣の形”を手に入れた瞬間だった。


「お前……ほんと、すげぇな……信じてみてよかった……」


 その一言は、たぶん本音だった。


 ヴァルナは剣を納めて、深く頭を下げる。


「これからは……俺、“魔法剣士”として、オージ様の力になります。この命、拾ってくれた恩――戦場で返します」


 照れ隠しのように言ったその言葉に、俺はただ一言だけ返す。


「期待してるよ、ヴァルナ」


 

◆  ◆  ◆


 

 こうして、俺のパーティに新たな仲間が加わった。


 カリヤが前衛、ヴァルナが中衛、リリアが回復。


 だが――。


「さて……そろそろ問題が出てきたな……」


 俺は屋敷の机に広げられた帳簿を眺めて、頭を抱える。


 金。

 このままじゃ、足りない。


「奴隷を買って育てるにも、生活させるにも、全部“資金”が要る……」


 そう、次の戦いの前に――俺はまず、“稼がなければ”ならない。



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