第3話 メイドから冒険者へ
「――カリヤ! またやったの!?」
朝の食堂に、怒号と共に皿の割れる音が響いた。
「ひゃっ……す、すみませんっ!」
床に散乱する陶器の破片、その中心で小さくなっているのは、いつものドジっ子メイド・カリヤだった。
どうやらスープのトレイをひっくり返したらしい。皿は全部アウト。しかもスープがカーペットにまで飛び散っていた。
「あなた、今月だけで皿を何枚割ったと思ってるの!? もういい加減にして!」
叱っているのはメイド長のマリベルさん。
厳しいけれど、働き者で人望のある人……なんだけど、怒るとこっちがビビるくらい怖い。
「ご、ごめんなさい……私、気をつけてたんです……でも足が引っかかって……」
「“でも”じゃありません! あなたはいつもそう言って、毎回同じことを繰り返してるのよ!」
バシン、とテーブルを叩く音。
「もう限界です! あなたには、メイドの才能なんてないのよ!」
その一言が、カリヤの表情から血の気を引かせた。
「……わ、私……クビ……なんですか……?」
涙をこらえるような声。
しゅんと肩を落としてうつむく彼女の姿が、なんとも言えず不憫だった。
俺は食卓に座っていたけど、そこで静かに立ち上がる。
「そこまでにしとこうか、マリベルさん」
「……オージ様?」
「気持ちはわかるよ。けど、“怒って叩いて伸びる才能”なら、もうとっくに花開いてたはずでしょ」
「ですが……これでは仕事になりません」
「仕事にならないのは、“合ってないこと”をやらされてるからだよ」
俺はカリヤに近づいて、優しく言った。
「カリヤ。クビじゃない。むしろ“昇格”だ」
「え……?」
「今日から君は、“冒険者”として転職してもらう。俺の専属だ」
「…………はぇっ!?!?!?!?」
◆ ◆ ◆
馬車に揺られて転職神殿へ向かう道中。
カリヤはずっと混乱した顔のままだった。
「え、えっと、オージ様……あの、冒険者って、あの、戦うやつ……ですか……?」
「そう。モンスターと戦ったり、依頼を受けたり、ダンジョン潜ったりする仕事。まあ、メイドとは180度違う方向だね」
「な、なんで私がそんなことを……!? 私なんか、皿すらまともに持てないのに……!」
「だからだよ」
俺は静かに答えた。
「君は、メイドとしての才能は――残念だけど、Fランク。でも、冒険者としての才能は……SSSランクなんだ」
「え、えす……? SSSって、いちばん上の……?」
「うん。俺の“目”には、君の才能がちゃんと見えてるからさ」
そう、鑑定眼で見えたのは、まぎれもなく〈冒険者:SSS〉。
メイドとしては完全にポンコツな彼女だけど、未知の才能が眠っていた。
「こればっかりは、生まれつきのもんだから。合わない職に縛られて苦しむより、向いてる場所で輝いたほうがいい」
「……でも、私……戦ったことなんてないし、武器も持ったことないし……」
「大丈夫。君にはちゃんと“その道のための才能”がある。やってみよう。きっと、今よりずっと楽になれるから」
「…………」
カリヤは、しばらくうつむいたまま黙っていたけど、
やがて、小さく息を吸って、頷いた。
「……はい。やってみます。失敗しても、怒りませんか……?」
「怒るもんか。むしろ、失敗してからが本番だよ」
◆ ◆ ◆
転職神殿では、神官がいつもどおりの儀式を進めた。
台座にカリヤが手を置き、光が淡く舞う。
「これで正式に、“冒険者”に転職となります。登録手続きは、冒険者ギルドでお願いします」
神官はごく事務的に、淡々と告げた。
そう、俺にしか才能は見えていない。神官にも、誰にも。
でも、俺の“目”にはちゃんと映っている。
さっきよりも少し自信を取り戻した顔をして、こちらを見るカリヤ。
その頭上には、こう書かれていた。
名前:カリヤ
年齢:17
職業:冒険者
――才能――
冒険者:SSS(隠しスキル:影歩き)
戦闘反応:A
回避特化:A+
(やっぱりな……この子は、戦える)
そして俺は確信した。
この子も、きっと“世界を変える”ピースになる。
◆ ◆ ◆
冒険者ギルドの建物は、王都のメインストリートに面した立派な二階建てだった。
黒鉄の看板に、交差した剣の紋章。扉を開けると、中はざわついた酒場のような雰囲気。
武骨そうな男たちや、軽装の女性冒険者、見習いっぽい若者たちが、あちこちで談笑している。
カリヤは完全に縮こまっていた。
無理もない。昨日まで食器を磨いてた子が、いきなり“戦場”に来たようなもんだ。
「は、はぅぅ……むりかも……」
「大丈夫。俺が一緒にいる。最初は登録だけだし、すぐ終わるよ」
「は、はい……」
俺はカウンターに歩み寄り、受付嬢に声をかけた。
「初登録で、ひとり冒険者を連れてきた。書類、頼む」
「はい、かしこま――あっ……!? お、お客様、その紋章……!」
俺の左胸のブローチ――グランファルム家の家紋を見た瞬間、受付嬢がピシッと直立した。
「貴族様でしたか!? し、失礼いたしました! ご案内いたします!」
「いや、堅くならなくていい。俺はただの“奴隷商人”だからね。登録するのは、俺じゃない」
そう言うと、受付嬢は一瞬、言葉を失ったようだったが、すぐにカリヤを見て、微笑んだ。
「……なるほど。あちらの方が、新人さんですね?」
「そう。カリヤ。さ、自己紹介しときなよ」
「は、はいっ! か、カリヤですっ! ……よ、よろしくおねがいしますぅ……!」
頭をぶんぶん下げるカリヤ。
その勢いで髪飾りがすっ飛びそうになってる。
受付嬢はクスッと笑って、書類を渡してくれた。
「ふふ。緊張しなくても大丈夫ですよ。まずはこの登録書に記入を。初回はFランクからのスタートになります」
「え、えふらんく……?」
「そう。冒険者ランクはFから始まり、実績を積んでD、C、B……と上がっていきます。Fランクなら、比較的安全な“下水路ネズミ駆除”の依頼が多いですね」
(おっ、ちょうどいい。実戦テストにはうってつけだ)
「じゃあそれ、受けよう。今日、初仕事してもらうよ」
「ええぇ!? い、いきなり!?」
「何事も経験だよ、カリヤ」
それに、カリヤの才能なら、眠らせておくほうがもったいない。
これだけの才能があれば、実戦を積めばすぐに花開くだろう。
◆ ◆ ◆
――数時間後。
俺たちは王都の下層にある、古びた下水道の前にいた。
「ひぃぃ……な、なんか、くさいし、じめじめしてるし……暗いですぅ……!」
カリヤが涙目で俺の服の袖を引っ張る。
ちなみにリリアもついてきてる。サポート役としてだ。
もし怪我をしても、彼女の回復魔法ですぐに治してもらえる。
「が、頑張りましょうカリヤさん……! 私、後ろから回復魔法で支援しますからっ」
「り、リリアさん……!!」
謎の女子友情が芽生えつつある。なんか尊い……。
俺は二人にうなずいて、薄暗い通路へと足を踏み入れた。
しばらく進むと、ガサッ、ガサガサッ……と不穏な物音が響く。
「な、なにかいますぅ……!」
「落ち着いて。前に来た。ほら、あそこ」
通路の奥から、のっそり現れたのは――
ネズミ。……だったんだけど、普通じゃなかった。
肩まである大きさ。牙は犬みたいに尖り、目は血走ってる。
毛は脱け落ち、皮膚が赤黒くただれてる。いわゆる、『感染種』ってやつだ。
「な、なんですかあれ!? あんなの聞いてないんですけど!?!?!?」
「おそらく依頼内容よりも上位種。……まあ、よくあることだよ」
(こっちの鑑定眼には、もう“Cランク相当”って出てるし)
俺はさりげなくリリアに目配せした。
「魔力、すぐ回せるように準備。回復優先な」
「は、はいっ!」
そして、カリヤに向き直る。
「カリヤ。ここが、君の初陣だ」
「わ、私ぃ!? む、むりむりむりむり――!」
「落ち着いて。怖くない。君の中には、すごい力がある。……見せてやろうぜ、“冒険者”としての君を」
「……っ!」
俺の言葉に、カリヤが目を見開いた。
そして――その瞬間だった。
ネズミの一匹がカリヤに飛びかかる。
だが――カリヤの体は、まるで“影のように”それをすり抜けた。
「――っ!? な、なんで!? 私、動いてないのに……!」
そう、“影歩き”。
カリヤの持つ隠しスキルが、無意識のうちに発動していた。
そして次の瞬間、彼女の手にしたナイフが、正確にネズミの首を断ち切った。
スパッ、と音を立てて、感染種ネズミが崩れ落ちる。
――静寂。
カリヤ自身が、いちばん驚いた顔をしていた。
「え……わたし、今、やった……?」
「やったよ。完璧だった」
「す、すごい……! わたし……倒せた……!」
ネズミはまだ複数残っている。だが、カリヤの顔にはもう怯えはなかった。
「い、行きます! 見ててください、オージ様!」
目が輝いていた。
自信を得た少女の姿に、俺はそっと微笑んだ。
(ほらね、俺の“鑑定眼”は、間違ってなかった)
「はあああぁっ!!」
カリヤのナイフが、次々と飛びかかる巨大ネズミを斬り伏せていく。
恐怖で固まっていた最初の一撃から一転、いまの彼女は完全に“冒険者”の顔をしていた。
影のように滑るような動き――スキル《影歩き》の発動だ。
敵の攻撃を予知しているかのように自然にかわし、迷いのない足運びで懐に飛び込み、的確に急所を狙う。
「す、すごい……! カリヤさん、すごいです……!」
リリアが震えながらも、カリヤの背後から回復魔法を送り続ける。
淡い癒しの光が彼女の動きをさらに支える形となっていた。
(うん、最高の初陣だ)
俺は奥で腕を組みながら、冷静に戦況を見守っていた。
最初はドジばかりのメイドだった彼女が、こうして才能を発揮して躍動する姿――
やっぱり、“適職”ってやつは人生を変える。
やがて、最後のネズミがカリヤの刃に沈み、騒がしかった下水路が静寂を取り戻す。
「……ぜぇ、ぜぇ……お、終わった……?」
「全滅確認。初任務、完了だ。おつかれさん、カリヤ」
「わ、わたし……やれた……!? わたし、やれたんですか!?!?」
「ああ。文句なしの、大勝利だよ」
「やったぁあああああぁぁ!!」
カリヤはその場にへたりこみ、へにゃっと笑った。
その笑顔は、これまで見たどんな笑顔よりも――楽しそうだった。
◆ ◆ ◆
「えっ、感染種を? 新人さんが? 一人で!?」
冒険者ギルドに帰還して、依頼完了の報告をしたとき――
受付嬢の目が、マンガみたいにまんまるになった。
「う、うん……なんか、戦ってたら、身体が勝手に動いてて……」
カリヤはまだ半信半疑って顔で状況を説明している。
横ではリリアが「すごかったんですよっ!」と熱弁中。
「いやぁ……確かに感染種はCランク相当の危険対象。通常ならDランク昇格どころか、推薦付きでもおかしくないレベルですよ……!」
「推薦って?」
「えっと、上級職やギルド幹部から“才能あり”と判断された場合、特例でランク昇格の推薦が出るんです。本来は何十件も依頼をこなしてようやく上がれるんですが……」
「まあ、あいにくそんなコネはないんだけどね……」
肩をすくめる俺に、受付嬢が「でも!」と前のめりになる。
「冒険者ギルドとして、今回のような“予想を超える働き”にはしっかりと対応すべきです! カリヤさんには特例昇格を申請させていただきます!」
「え、ええぇ!? 昇格……ですか!?」
「はいっ。今回の功績により、Fランクから一気に【Cランク】に昇格です!」
「し、C……! Cって、あの、強い人たちのいる場所じゃ……!?」
「強いですよ。でも、カリヤさんなら絶対にやっていけます! これだけの実力があるんですから!」
「ひえぇぇぇ~~……!」
カリヤが嬉しさと混乱の狭間でぐるぐるしてるのを、リリアと俺は微笑ましく見守っていた。
(ふっ……これでまた一人、“本当の才能”を開花させたな)
◆ ◆ ◆
その夜。
ギルドの帰り道、俺たちは屋敷に戻る馬車の中で少しだけまったりしていた。
リリアは窓辺でもたれながら小さな鼻歌を。
カリヤは毛布にくるまり、どこか夢見心地な表情で窓を見つめていた。
「……オージ様」
「ん?」
「ありがとうございました。私……なんにもできないって思ってたのに……。今日、初めて……“できることがある”って、思えたんです」
「……そうか。それはよかった」
「これからも……もっと強くなりたいです。オージ様の役に立ちたい。……だめ、ですか?」
カリヤの瞳が、かすかに揺れている。
不安と期待、どちらも含んだその光を、俺は静かに見つめ返した。
「ダメなわけがないさ。これから、どんどん強くなろう。君の力が必要になる日も、きっと近い」
「はいっ!」
俺は、主人公に破滅させられるわけにはいかない。
そのために、なるべく強い仲間を集めておきたい。
この鑑定眼の力があれば、それができる……。
◆ ◆ ◆
同じ頃、王都のとある高台にある教会の尖塔――。
白銀の僧衣をまとった神官が、祈祷室で小さく息をのんだ。
「まただ……あの奇跡の波動。しかも今度は、“二つ”同時に……?」
窓から見下ろす王都の闇の向こう。
何者かが、“常識外れの才能”を動かし始めている。
「調査隊を。……“鑑定眼”の噂も含めて、真偽を確かめる必要がある」
静かに、世界は動き出す。
そして、オージ・グランファルムの名が、じわじわと――“本物の強者たち”の耳にも、届き始めていた。
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