第22話 兵士団を訓練しよう
屋敷に戻ってのんびりしていた俺の元に、珍しく“きっちりした来客”がやってきた。
髭をたくわえた、ガタイのいい男。
背筋がピンと伸びてて、姿勢からして軍人ってのが一目でわかる。
「突然のご訪問、失礼いたします。私、近衛第二兵士団の団長を務めております、ゼグラムと申します」
名前も見た目もいかついな、こりゃ。
「おう……で、俺に何の用だ?」
「……実は、貴殿の“鑑定眼”とやらが、街の一部で話題になっておりましてな」
あー……やっぱり噂、広まってたか。
まあ、最近ちょっと目立ちすぎたからな。
「率直に申し上げます。我が兵士団の訓練に、あなたの鑑定を活かせないかと考えています。兵士たちの特性を見抜き、それぞれに合った指導を――」
「ほう。鑑定士としての俺を雇いたいってわけか」
「もちろん報酬はお支払いいたします。……いかがでしょう?」
面白そうだ。
個人を鑑定するのは慣れてきたけど、“集団を導く”ってのは初めてだ。
俺も自分の能力でどこまでやれるのか試したい。
それに、今後破滅フラグが立ってしまった場合のことを考えると、ここで兵士団に恩を売れるのは大きいだろう。
いざというときにこのコネが役に立つかもしれない。
「いいぜ。ちょっとその兵士団ってやつ、見せてもらおうか」
◆ ◆ ◆
というわけで、翌日。
俺はゼグラム団長に案内されて、兵士団の訓練場兼宿舎にやってきた。
「おうっ!」「この人が噂の鑑定眼だってよ」「マジかよ……本当に人の才能が見えるのか?」
集まっていたのは、十人ほどの兵士たち。
見た目はバラバラ。ムキムキの大男もいれば、痩せた俊敏そうなやつもいる。
団長が一歩前に出て声を張る。
「本日、特別指導としてお招きしたのが、オージ・グランファルム殿だ! 諸君の中には、“俺は不器用だ”“才能がない”と感じている者も多いだろう。だが、本当にそうかは……この方に、見ていただこう!」
「……いや、ちょっとプレッシャーすごいんだけど」
やるしかねぇか。
「ま、とにかく。俺が今からお前らを見て、どんな方向に伸ばせばいいか教える。強くなりたいって気持ちがあるなら、全員前に並べ」
◆ ◆ ◆
「まずは……お前からいくか」
一番右にいた、槍を持った大柄の青年に鑑定眼を向ける。
《鑑定対象:グレイス・ハーン》
【攻撃】A 【防御】C 【魔法】C 【身体】A
《才能》
・槍術適性:A
・突撃術:A
・魔法適性:E
・精密操作:D
(おお、こいつは割と素直な突撃型タイプだな)
「お前、今までどんな訓練してた?」
「はっ、前衛で防御役を任されてました。……が、すぐ吹き飛ばされます……」
「そりゃそうだ、防御Cだからな。お前は“受け止める”より、“先に叩く”方が向いてる。持久戦じゃなくて、短期決戦。突撃槍兵の訓練に切り替えろ」
「え……! そんなこと、一度も言われたことなかった……!」
グレイスの目が、ぱっと開いた。
「次。そこの痩せてるお前」
《鑑定対象:ネル・フィンリー》
【攻撃】D 【防御】D 【魔法】B 【身体】D
《才能》
・地形察知:A
・索敵術:A
・心理読解:B
・前衛戦闘:E
(なるほどな……こいつ、完全に“戦うタイプ”じゃない)
「お前、どうして兵士になった?」
「兄が兵士団で活躍してて、同じ道をって思って……でも、訓練ついていけなくて……」
「お前に向いてるのは“敵を殴る”ことじゃねぇ。“見つける”ことだ。索敵、追跡、待ち伏せ、地形把握。そういう分野の訓練に特化しろ」
「……そんな道、あるんですか?」
「あるさ。優秀な偵察兵は、百の剣より強い」
ネルは驚いた顔で、こくこくと何度も頷いていた。
次に目に入ったのは、背が高くて真面目そうな青年。
見た目はよく鍛えていて、剣さばきもそこそこらしい。
「名前は?」
「ハルド・レイバーです。剣術訓練は誰よりもやってきたつもりですが……いまいち成果が出なくて」
「ふむ、見せてもらおう」
《鑑定対象:ハルド・レイバー》
【攻撃】C 【防御】D 【魔法】B 【身体】B
《才能》
・個人戦適性:C
・小隊戦術:S
・連携術:SS
・補佐指導:A
(あー、なるほどな……“一人で戦う才能”はないが、“チームを活かす才能”がピカイチだ)
「ハルド、お前、ソロで戦うの向いてないわ」
「……っ、やっぱり……」
「でもな。お前、味方の動きに合わせて戦う“連携の達人”だ。仲間の背後を取ったり、斜線を作ったり……小隊戦でお前がいると全員が輝く。補佐役に徹すれば、部隊の勝率が跳ね上がるぞ」
「ぼ、僕が……補佐で、そんな……」
「その控えめな性格も含めて、適正バッチリってこった」
ハルドの目がじわっと潤んだ。
「そ、そんな役割が……自分にも……」
◆ ◆ ◆
続いて声をかけたのは、小柄で口数の少ない青年。
最初は名乗ろうともしなかったが、団長の一声でようやく口を開いた。
「……ユン。……前衛です。いつも黙ってやってます……」
無愛想だけど、雰囲気は悪くない。
鑑定してみると――意外な一面が出てきた。
《鑑定対象:ユン・ミルド》
【攻撃】C 【防御】D 【魔法】B 【身体】A
《才能》
・前衛戦闘:D
・斥候行動:S
・情報潜入:A
・幻影魔術(補助):A
(……お前、完全に“隠密特化”じゃねぇか)
「ユン、お前……前衛やってるって聞いたけど、全然向いてねぇ」
「っ……ですよね……」
「けどな、隠密行動に関しては、お前が一番の逸材だ。敵陣潜入、斥候、間者、罠探知――それこそ、お前の舞台だ」
「…………」
「それに、幻影系の補助魔術の素質もある。“支援斥候”としては一流になれる」
ユンは少しだけ、表情を緩めて頷いた。
「……はい……やってみます」
◆ ◆ ◆
さらに一人。
今度は、恰幅の良いおっさん兵士。年齢もやや上っぽい。見た目はどうにも鈍重で、あまり動けそうにない。
「よぉ、名前は?」
「フラン、です。昔は盾兵でしたが、動きが鈍くて除隊寸前で……今は雑用ばかりです」
「ほう。じゃ、見せてもらうか」
《鑑定対象:フラン・ベクター》
【攻撃】C 【防御】B 【魔法】C 【身体】C
《才能》
・建築:S
・防御陣設計:SS
・罠設置・解除:S
・守備陣形指導:A
(おいおい……現場の“防衛プランナー”じゃねぇか)
「フラン。お前、動きは鈍いかもしれんが、防衛陣地を作る才能が天才的だ。罠、障害物、陣形の設計……その知識と勘、もっと活かせる」
「……そ、そんな能力が……オレに……?」
「実戦じゃなくて、戦場を作る側に回れ。君の一手が、百人を守ることになる」
フランの目には、うっすらと光がにじんでいた。
「……ありがてぇ……ありがてぇよ……!」
兵士たちの反応は、まちまちだった。
驚き、戸惑い、納得――でも確実に言えることがある。
自分自身の“伸びる場所”に気づいた瞬間、人間ってのはこんなにも顔が変わる。
(全員が剣の才能を持ってるわけじゃない。でも、だからこそ――俺の鑑定眼が活きるんだ)
全員の才能を見終えたところで、俺は前に出て声を張った。
「よし、これからは“個別訓練”だ。お前ら、それぞれに合った育て方を始めるぞ」
兵士たちはざわつきながらも、真剣な顔でうなずいた。
「まず、グレイス。お前は突撃専用の足腰強化と、瞬間加速の体術を叩き込む。防御に割く余裕はないから、当たる前に倒す、を意識しろ」
「は、はいっ!」
「ノイは支援術と指揮技術を鍛えろ。発声練習から始めて、自信を持って声を張る訓練だ。仲間を信じて、導くのが“お前の戦い”なんだからな」
「……了解しました!」
「ユンは迷彩訓練と匂い消しの練習、そして幻影魔法の精度強化。他人の視界に入らないことを美学にしろ。できるよな?」
「……はい」
「ハルドは連携訓練の中心になれ。二人一組、三人一組の小隊で動いて、仲間の動きに合わせる呼吸を覚えろ」
「は、はいっ!」
「そしてフラン。お前には特別に、訓練場の一角をやる。そこで罠の設置、陣形の組み換え、防衛配置の実践をしてくれ」
「へっ、こりゃ面白ぇ……やってやりますとも!」
◆ ◆ ◆
そこから三日。
俺は毎日兵士団の宿舎に顔を出し、訓練の進捗を確認した。
最初はぎこちなかった彼らの動きが――日を追うごとに、みるみる変わっていった。
突撃役のグレイスは、無駄な動きが減って“鋭い一突き”が板についてきたし、
ノイは少しずつ自信を持って指示を出せるようになっていた。
ユンは気配が消えすぎて、何度も見失うほどだし、
ハルドの連携は、同僚たちが「動きやすくなった」と感心していた。
そして、フラン。
「よーし、ここに杭打って、罠を二重に――よし、隊長、来たら動線変わりますぜ」
構築した防衛ラインは、模擬訓練で敵役をしていたカリヤですら突破できなかった。
「くっ、見事です……!」
「へへっ。まだ鈍い体でも、使い道はあるってこった」
見てて、素直に嬉しかった。
俺の鑑定眼が――誰かの人生を変えてるんだって、実感できた。
しかも、一度にこんなに大勢の兵士を……。
◆ ◆ ◆
その日の夕方。
訓練場の片隅で、団長ゼグラムが静かに俺に頭を下げてきた。
「オージ殿……貴殿には、本当に感謝の言葉もございません。我が兵士団は、彼らを“ひとまとめの戦力”としか見ていなかった……。だが、貴殿は“個”に目を向け、その真価を引き出してくださった」
「いや、俺は“見えたもの”を伝えただけです」
「それができる人間が、いかに少ないことか……」
背後では、兵士たちがまっすぐにこちらを見つめていた。
「オージ様!」
ノイが前に出て、拳を握って叫ぶ。
「ありがとうございました! 僕……もう、逃げたくないです!」
「オージさんのおかげで、自分にできることが見えました……!」
「まさか罠の設計で褒められる日が来るとは思いませんでしたよ……!」
「命、救われました……!」
「もう、俺たちのこと、“無能”なんて言わせませんからね!」
口々に感謝の言葉が飛び交い、宿舎に暖かな空気が広がった。
俺はそれを、ちょっと照れながら受け取る。
(ほんと、いいもんだな。誰かの“居場所”を見つけるってのは)
カリヤやリリア、ヴァルナたちが後ろで小さく拍手を送っていた。
それを見て、俺は心の中でひとつ、思いを噛みしめた。
(――これからも、俺は“見つける”。埋もれた才能を、隠れた価値を、誰よりも正確に)
俺の“鑑定眼”は、きっとそのためにある。
そしてこの調子でどんどん才能を見つけていけば……いずれ俺におとずれるかもしれない破滅フラグも、きっとへし折ることができるだろう……。
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