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第20話 眠れる料理人


 昼下がりの街を、なんとなく歩いていた。


 訓練日でもクエスト日でもない、ただの“空き時間”。

 たまにはこうして、目的もなくぶらつくのも悪くない。


「……ん?」


 ふと、路地裏の角に、小さな屋台が目に留まった。

 焦げたタマネギと香辛料の香り。胃袋がちょうど鳴ったタイミングだ。


 腹も減ってきたし、ここで軽く腹ごしらえするか。


 席について注文すると、厨房の奥からのそっと現れたのは――

 とんでもなく眠そうな少女だった。


「いらっしゃいませぇ……あっちの席でお待ちくださぁい……」


 声は小さく、目はとろんと半開き。

 まるで今にも寝そうな顔で、ぐにゃっと笑った。


(……だ、大丈夫か?)


 ちょっと不安になりながらも、言われた席に座る。


 しばらくして出てきた料理は――意外にも、うまかった。

 肉はちょうどよく焼かれ、野菜の火の通りも完璧。

 スープの塩味も出汁も絶妙で、香りまで整っている。


(……おいおい、味は一流じゃねぇか)


 けど、配膳のタイミングや立ち居振る舞いは完全に素人そのもの。

 客からも「こぼすなよ!」「遅いよ!」と怒鳴られ、厨房の親父にも叱られていた。


「ネムーッ! またボケッとしてんじゃねぇ! ほら次! 注文通ってんぞ!」


「はぁい……いま、いきまぁす……」


 少女――ネムと呼ばれたその子は、あくびを噛み殺しながら、のろのろと動く。


(……眠たげな動きと、味の精密さが、釣り合ってねぇ)


 これはなんか……引っかかる。


 俺は食事を終えたあと、店の片隅でひと休みしていたネムに声をかけた。


「よぉ。さっきの料理、君が作ったのか?」


「ん~……半分くらい、かな……。あとは、下ごしらえだけ……。盛りつけるとき、ちょっとだけ、味を整えるくらい……です……」


「ふーん……なんかその……眠いのか?」


「……めっちゃ、眠いです……ずっと……」


 うとうとと頭を揺らしながら、ネムは真顔で頷いた。

 ここまで来ると清々しいまでの眠気っぷりだ。


「でも……料理は好き、なんですよね……。食べるのも、作るのも……。でも立ってると、眠くなっちゃって……やっぱり、私ってダメだなって思ってます……」


「…………」


 なんだろうな、この違和感。


 眠たげな動作。対して、食った料理は繊細で正確。


 これだけ反比例してるってことは――才能の“偏り”だ。

 この違和感、俺の勘じゃない。もう“目”が騒いでる。


「ネム、ちょっと顔、こっち向けてくれ」


「え、な、なんですか?」


「すぐ終わるから。じっとしてな」


 俺は意識を集中し、鑑定眼を起動した。


 俺の視界に、ネムのステータスウィンドウが浮かび上がる。


 

 

《鑑定対象:ネム・クルト》


【年齢】:16

【職業】:屋台見習い

【適性職業】料理人SS


《料理適正》


・味覚調律:SS

・香気魔術:S

・素材感知:S

・火加減操作:B

・盛りつけ美学:C


《魔法適正》


・味魔法(味の均一化と補正):潜在A

・感覚強化(嗅覚):B


《備考》


※極端な低血圧体質により、活動時に強い眠気を伴う。

※辛味刺激・香辛系スパイスにより、一時的な興奮状態が発生し、能力が活性化。

→要因:味覚・嗅覚系の魔力経路が、覚醒状態でのみ正常に作動するため。


 

 

 ……これは、すごい。


 戦士でも魔術師でもない。

 けど、料理の世界じゃトップを張れる――いや、“伝説”になれるレベルだ。


(この子、味の天才じゃねぇか……)


 味覚だけじゃない。

 香り、素材、火加減――料理に必要な感性が、どれも飛び抜けて高い。

 ただ……問題は、その眠気だ。


「なぁネム、ちょっと変なこと聞くけど……辛いのって、苦手か?」


「うぅ~……はい……ちょっと食べると、口の中が……辛すぎて……」


「だよな。でも、これ試してみろ」


 俺は懐から、小瓶を取り出した。

 香辛商から仕入れていた“興奮系スパイスブレンド”――体が目覚める魔法調合の香辛料だ。


「これ、料理に使うやつ……? 食べていいんですか……?」


「舐めるだけでいい。ほんのちょっとな」


 ネムはおそるおそる、それを指先にちょんとつけ、舌先でぺろりと舐めた――


 その瞬間。


「…………」


 彼女の肩がビクンと震え、瞳がぱちりと開いた。


「…………う、うわっ……なんか……すごっ……目、覚めた……!!」


 今までとは別人のように、ぱちっとした声で叫ぶネム。


 瞳は冴え、姿勢もシャキッとしている。

 目元の眠気の影がスーッと引いて、やたらと気合の入った表情に変わっていた。


「やば……なんか、動ける……! 動けるよ私……!? オーブンの火力、少し上げて、あのスープは15秒後に味見、で、付け合わせは塩じゃなくてレモンが正解……!」


 矢継ぎ早に指示を出し、厨房に走るネム。


「お、おいネム!? どした急に!? ……って、うわっ速ぇな!?」


「ちょっと火が強すぎる、下げてください! あとこの肉、叩きが甘いです!」


 バタバタと慌てる店主をよそに、ネムはてきぱきと厨房を支配していく。


 さっきまで、ぼんやりと立っているだけだった少女が――

 今や、プロの料理長みたいな手際で、何品も一気に仕上げていく。


 俺はただ、口を開けて見守るしかなかった。


(……スパイスで一時的に魔力経路が活性化して、感覚系スキルが完全発動……!)


 つまりネムは――“目覚めてる間だけ”、とてつもない才能を発揮するタイプらしい。


 その制限こそあるものの、逆に言えば、適切な刺激さえあれば“短時間限定の最強料理人”として覚醒できる。


(なるほどな……この眠たげな子、ただの眠たげな使えない少女なんかじゃねぇ。封じられてた天才だ)


 ネムが作った料理は、次々と客の元へと運ばれていった。


「……うまっ!?」「なにこれ、味のバランスやばいって……!」


 店内は騒然とし、普段は文句ばかり言っていた常連客ですら、静かに目を見開いていた。


 その料理は――どれも、驚くほどに洗練されていた。


 素材のうま味を殺さずに引き出し、香りの立ち方までもが計算され尽くしている。

 まさに“魔法のような味”。一口ごとに幸福が広がっていく。


 やがて厨房からは、最後の一皿が出てきた。


 シンプルなスープに、焼き立てのパンと香草のソテー。


 だが、それをひとくち口にした瞬間――


「……なんだ、これは……」


 たまたまその場に居合わせていた、上等なローブをまとった紳士が、驚きに目を見開いた。


 その男は、店主とは明らかに異なる“品の良さ”をまとっている。


 気づいた店主が、慌てて彼に声をかけた。


「料理審査官様!? き、今日はたまたま……!」


「静かに」


 男は手を挙げて制止した。

 そして、料理を運んできたネムに目を向ける。


「このスープ……君が作ったのか?」


「……はいっ。いまは……目が冴えてるので」


 元気いっぱいとはいかないが、さっきとは比べ物にならないハキハキとした口調。

 ネムは背筋を伸ばし、まっすぐ男の目を見て答えた。


「すばらしい。調味の絶妙さ、香気の層……どれも只者ではない。君、興味はあるかね? 王都の料理ギルドで、本物の料理人を目指すことに」


「え……!?」


 ネムの目がぱちくりと開く。


「でも……わたし、すぐ眠くなるし……人に迷惑ばっかりで……」


「迷惑をかけてもなお、結果を出せる者が“本物”だ。君の味は……王都にこそ、必要だ」


 ネムはしばらく黙っていたが――やがて、ぎゅっと両手を握った。


「……行きたい、です。やってみたい、です……! 私の料理、もっと知ってもらいたい!」


 

◆ ◆ ◆


 

 その日の夕方。ネムは厨房で軽く荷物をまとめ、俺のもとにやって来た。


「オージさん……ありがとうございました。あのスパイス、なかったら……たぶん、目も覚めてなかったです……それに、才能も……」


「おう、それはよかった。気に入ったなら、もう少し持ってくか? まあ、王都ならまた手に入ると思うが……」


「……いいんですか?」


 ネムは驚いた顔をしたあと、小瓶を両手で大事そうに受け取った。


「この瓶、寝坊しそうな朝とかに、ぺろってしたら、すぐ起きれそうです……」


「常用はおすすめしないけどな。とっておきってことで」


 ネムはくすりと笑って、少しだけ顔を赤くした。


「……オージさんって、不思議な人ですね。眠ってたのって……わたし自身だけじゃなくて、たぶん“わたしの才能”もだったんだと思います。ほんとうに、ありがとうございました」


「今日のネムは、ちゃんと起きてたよ」


「……はいっ」


 彼女はぺこりとお辞儀をして、小さな荷物を背負い、料理ギルドの使者と共に歩き出した。


 夕陽に照らされたその背は、さっきの眠たげな姿とはまるで別人だった。


 まっすぐで、しっかりしていて、どこか誇らしげな――“夢を追う人の背中”。


 俺はポケットに手を突っ込んで、ひとりごちた。


「……眠れる才能は、目を覚ます。それを見つけるのが、俺の役目ってわけだな」


 残照の中、ひらひらと風に舞った小さな香草の葉が、ほんのりスパイシーな香りを残していた。





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