第18話 夜のリンクドライブ
夜の屋敷は静かだった。
戦いもなく、騒ぎもなく、平穏な日々が続いている。
とはいえ、俺の脳内は静かじゃなかった。
あの《リンク・ドライブ》の効果――
絆が深まるほど、相手の潜在能力を引き出す。
理屈は分かる。カリヤとの信頼関係は確かに強い。
でも、それにしても、ここ最近の彼女の成長率は尋常じゃない。
まるで“何か”をきっかけに、限界突破でもしたかのような。
……そして、その“きっかけ”になりそうな出来事は――
◆ ◆ ◆
――コンコン。
ノックの音が響く。
「オージ様。今、お時間……よろしいでしょうか?」
扉の向こうから聞こえたのは、聞き慣れたカリヤの声。
でも、どこか……いつもよりも、少しだけ震えているような、柔らかい声音だった。
「ああ、入っていいぞ」
扉が開いて、カリヤが一歩、部屋へ足を踏み入れる。
今日はいつものメイド服じゃない。部屋着――ゆったりとしたローブ姿だった。
「……その、お茶をお持ちしました。寝る前に温かいものを……と思いまして」
「気が利くな。ありがとう」
カップを受け取ると、甘く香ばしいハーブの香りが広がる。
でも、なにより気になるのは――
カリヤの手が、俺の手に触れたまま、ほんの一瞬、離れようとしなかったことだ。
「オージ様……わたしから、もうひとつ……お願いがございます」
「ん? なんだ?」
カリヤは少しだけ、目を伏せる。
「わたし、もっと……もっと、オージ様と絆を深めたいのです」
「絆……?」
「はい。わたしの力がオージ様の力になり、オージ様の力が、わたしの限界を超えさせてくれる――そのような絆を、もっと深く、強く結びたいのです」
「……それって、もしかして《リンク・ドライブ》のことを……?」
俺がそう問うと、カリヤはそっと頷いた。
「わたし……オージ様の力になりたい。もっと、もっと、傍にいたい。ですから――」
彼女は、静かに近づいてくる。
部屋の灯りが揺れる。カリヤの髪がきらりと光る。
「……今夜だけ、わたしを“ひとりの女”として、見ていただけませんか?」
ドクン、と胸の奥が鳴った。
それは命令でも、仕事でも、義務でもない。
ただ――心からの願いだった。
俺は、カップを机に置いた。
そして、カリヤの手を取った。
「……ああ。お前の気持ち、ちゃんと受け取った」
そのあとのことは――
部屋の灯りが静かに消え、夜が深くなるだけだった。
俺は、ここまでされて、応えない男ではない。
◆ ◆ ◆
――翌朝。
目覚めると、カリヤは隣で静かに寝息を立てていた。
その顔は穏やかで、昨日より少しだけ、幸せそうに見えた。
(……本当に、いいのかよこれで)
そう思いながらも、俺はふと視界の隅に現れたウィンドウに気づいた。
【スキル:リンク・ドライブ 発動】
絆ランク:MAX
対象:カリヤ
深層リンクが成立しました
▼ボーナス効果解放▼
・筋力+120%
・敏捷+150%
・反応速度+100%
・特殊スキル《剣技連動》解放中
「お、おいおい……マジかよ……」
思わず二度見した。
通常のステータス上昇とは別に、特殊スキルまで開放されている。
まさか――“絆”って、そういう意味だったのか!?
「オージ様……?」
眠たげに目を開けたカリヤが、俺の手をそっと握ってくる。
「わたし……とても、あたたかい夢を見ました……。……本当に、ありがとうございます」
そう言って、彼女はまた目を閉じた。
……これはこれで、たぶんアリなんだろう。
◆ ◆ ◆
その日の昼下がり。
俺が中庭でリリアと雑談していたとき――
カリヤが通りがかると、リリアがぴたりと動きを止めた。
「……カリヤさん、なんだか……ふわふわしてますね。髪もさらさらだし、肌もツヤツヤしてるし……な、なにかありましたか?」
「えっ!? い、いえ、その……な、なにも……っ」
慌てて顔を赤くして走り去っていくカリヤ。
リリアは、その後ろ姿をじっと見送ったあと、ぽつりと呟いた。
「……昨晩、オージ様と……何か、あったんですか?」
「えっ、な、なんでそうなる!?」
「だって、すごく……幸せそうな顔でしたから」
「う……」
言い返せない。
その後、リリアは一度だけ小さく息を吸ってから――
決意したように、まっすぐ俺を見つめた。
「オージ様……わたしも、“絆”を深めたいです」
「……え?」
「私の癒しの力も、もっと高められるなら……オージ様と、強く結ばれたいんです」
それは、まるで告白のような響きだった。
そして。
「おーいオージ様あああ!」
豪快な声とともに、今度はヴァルナがやってくる。
「なになに? みんな絆深めてんの? じゃああたしも仲間に入れてよ!」
「な、仲間って、お前な……!」
「えー? 昨日のカリヤの様子、見たら分かりますって。……“そういう”意味で絆深めたんでしょう?」
「うっ……」
「じゃ、今夜よろしく!」
ばしんと背中を叩かれた。
リリアとヴァルナ。
二人の視線が、こちらをじりじりと責めてくる。
「オージ様……今夜、お時間いただけますか……?」
「なあオージ様ぁ……せっかくだし“絆三倍ブースト”といこうぜ?♡」
「…………」
俺はそっと、空を仰いだ。
――嬉しい。けど、命がもたねぇ。
◆ ◆ ◆
――夜。
「失礼します、オージ様……」
先に部屋へ入ってきたのは、リリア。
パジャマ姿で、いつもの優しい雰囲気とは少し違う、どこか覚悟を決めたような顔をしていた。
「その……あの、えっと……はじめてなので……優しく……してくださいね……?」
「…………」
何も言えずに固まっていると、間を置いて――
「へぇ~、ずいぶんと先を越されたなぁ!」
と、ヴァルナが勢いよくドアを開けて入ってきた。
肩にタオルをかけ、気合十分。いつもどおり男前な笑顔。
てか、すでにほぼ脱いでる……。
「ま、いーじゃん、こうなったらみんなまとめて絆深めよーぜ。オージ様、オージ様がその気なら、あたしは全然オッケーだからな! なんでもしてあげるよ」
「ま、まって、おま――っ……!」
カリヤも、すでに隅で布団を敷いていた。
静かに、優しく、でも確かに、俺の手を取る。
「オージ様は……誰もひとりを選べないのなら、わたしたちが“あなたの全部”になります」
「……なにその発想!? ずるいっ!」
「ふぇぇ……私も……わたしも、同じ気持ちです……!」
「よっしゃ! 絆深めるぞ!」
「まって、待って待って! 一回冷静に話し合おう!?」
――けれど、そのあと俺が何を言っても、彼女たちの目の色は変わらなかった。
結局、その夜。
三人に布団を囲まれ、ぎゅうぎゅうの状態で――
部屋の灯りが、静かに消された。
……記憶は、そこでふんわりと暗転した。
◆ ◆ ◆
――翌朝。
「おはようございます、オージ様」
カリヤがキッチンから料理を運びながら、いつもより明るい声で挨拶する。
エプロン姿がまぶしく見えた。
その横で、リリアは湯気の立ったスープを盛りつけながら、
ふにゃっと笑って――でも、耳まで赤かった。
ヴァルナはパンをちぎりながら、豪快に言った。
「うーっす、朝から体が軽い! これが“絆ブースト”ってやつか~!」
俺はといえば――
――机に突っ伏していた。
「ちょっと……寝不足なだけだ……」
「顔が真っ白ですよ、オージ様……」
「目が据わってるぜ?」
「うぅ……命が……もたねぇ……」
◆ ◆ ◆
そして、脳内にまたしても例のアレが現れた。
【スキル:リンク・ドライブ】
深層リンク:3名 効果最大化中
▼ステータス同期:オージ
・筋力+300%
・敏捷+280%
・魔力+350%
・スキル発動率+250%
・戦術統率+200%
(……これが“絆”の力ってやつか)
強い。
これは確実に、無双できる手応えだった。
だけどその代償は――命が削れる思いだった。
「今日一日、休ませてくれ……」
そんな俺の言葉を、全員が笑って受け止めてくれた。
そして、朝の光が、穏やかに屋敷を照らしていた。
ティグには、ついにあの言葉を言われてしまった。
「ゆうべは、お楽しみでしたね……」
もう、どうにでもなれ……。