第17話 レベルアップ!
朝から、カリヤの様子がなんだかおかしかった。
「――きゃっ!? ……お皿を……また……」
カリヤが割った皿、今日で三枚目。
最近ミスが減ってきた彼女にしては、ちょっと様子がおかしい。
「おい、大丈夫か? なんか上の空っぽいけど」
俺が声をかけると、カリヤはびくっと肩を揺らした。
「はっ……! し、失礼いたしました! わたし、少し……その……考え事を……」
いつもより声が小さい。
それに、頬がほんのり赤いのは……気のせいか?
「カリヤ、熱でもあるんじゃないのか?」
「い、いえっ! 大丈夫ですっ!」
目をそらしてそう言う彼女に、ゼフとヴァルナがこそこそとヒソヒソ声で話していた。
「……なあ、カリヤってさ……」
「んー。あれは……完全に“そういう”顔だな」
「“そういう”って……何だよ」
「……“覚悟を決めた乙女の顔”だよ」
やめてくれ、その言い方はなんか怖い。
◆ ◆ ◆
昼下がり。俺は書斎で帳簿整理をしていた。
すると、コンコンと控えめなノック。
「オージ様、よろしいでしょうか」
入ってきたのは、緊張した面持ちのカリヤだった。
お茶の入ったトレイを手にしているが、なぜか足取りが固い。
「どうした? そんなにかしこまって」
「……あの、ひとつ、お願いがございます」
「……ん?」
カリヤは深く頭を下げた。
「わたくしを、正式に……“奴隷”としてご契約いただけませんでしょうか」
「…………は?」
俺は思わず聞き返した。
「……いやいやいやいや。何を言ってるんだお前」
「本気です」
「お前は今、冒険者として雇ってるんだぞ? 何も“奴隷”として扱う必要はないだろ?」
「……それでも、お願いしたいのです」
カリヤの声は、珍しく頑なだった。
「わたし、知っております。“異性の奴隷と契約を結び、絆を深めることで、能力がに上昇する”という噂を」
「……そんな話、初耳だが?」
「奴隷の間では、まことしやかに語られております。特に“主人の素質が高い場合”、上昇幅が格段に大きいと」
「…………」
「……わたしは、オージ様に拾われ、生かされました。今では、戦士として、ようやくお役に立てるようになったと自負しております。ですが……まだ足りないのです。わたしは、もっと……オージ様の役に立ちたい」
「カリヤ……」
「どうか……どうか、使役していただけませんか。“冒険者”としてではなく、“オージ様の奴隷”として――忠誠を捧げたいのです」
カリヤは顔を上げ、まっすぐに俺の目を見ていた。
その瞳には、恐れも、ためらいもなかった。
あるのは、ただ一つ。俺への信頼と、忠誠――そして、たぶん、少しの……感情。
「…………」
俺は、しばし黙り込んだ。
俺が奴隷商人である以上、“使役”という手段にためらいはなかったはずなのに――
今、目の前にいるのがカリヤだからこそ、戸惑っているのかもしれない。
「……わかった。お前がそこまで言うなら、俺も応えよう」
俺は立ち上がり、右手を差し出した。
「カリヤ。お前を、俺の“奴隷”として使役する。……その覚悟、受け取った」
「……ありがとうございます、オージ様」
カリヤはそっと俺の手を取り、膝をついた。
「この命、この力、すべてをオージ様のために――」
そして、微かな魔力が空間を満たし始める。
“使役契約”の儀が、いま始まる。
契約の儀式は、静かに始まった。
カリヤはひざまずいたまま、俺の手を取り、額をそっと添える。
それは、忠誠と敬意の証――“奴隷契約”の儀式的な所作だった。
俺の掌に、仄かな光が灯る。
そして――
カリヤの首元に、ほんのり淡い“印”が浮かび上がった。
鎖のようにも見えるそれは、痛みも苦しみもなく、優しく宿るものだった。
「……完了しました。これで……わたしは正式に、オージ様の奴隷となりました」
「…………」
カリヤはうっすらと微笑む。
悲壮感や卑屈さは一切ない。ただ、静かに、満ち足りた顔だった。
そのときだった。
俺の視界に、いつもの“システムウィンドウ”が突然現れる。
【ジョブレベルアップ】
《奴隷商人》のランクが上昇しました!
条件達成:忠誠度S級の奴隷 × 5名 使役
▼ 新スキルを習得しました ▼
・《使役共鳴》
→ 使役中の奴隷の能力値の一部を、自身に付与する
・《絆深層》
→ 信頼度が高い奴隷の潜在能力を覚醒・引き出す
「……おお……!?」
見慣れた画面だが、今回の内容はひときわ意味が重い。
“仲間の力”が、俺自身の力になる。
そして、“俺の信頼”が、仲間をさらに強くする。
――これは、まさに俺のためのスキルだ。
「オージ様……?」
カリヤが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「ああ、いや。今……ジョブレベルが上がって、新しいスキルを得た」
「……そう、ですか? それは、よかったです」
「お前たちの力を、俺の中に取り込める能力だ。そして、俺の信頼が強ければ強いほど、お前たちの力も覚醒する」
カリヤの目が驚きに見開かれる。
「それはまるで……絆の力そのもの、ですね」
「ああ。きっと……このスキルは、お前が願ってくれたからこそ、得られたんだと思う」
俺が言うと、カリヤはふっと微笑んだ。
「……それなら、光栄です。オージ様のお役に立てることが、わたしの誇りですから」
カリヤのステータスも、確かに変化していた。
筋力、敏捷、集中――すべてが大幅に上昇している。
それは確かな変化だった。
「……体が軽い……剣が、もっと振れる気がします」
「実際に上がってるんだよ。さっそく効果が出てる」
俺は静かに立ち上がる。
この力は、きっと今後の戦いの中で、大きな武器になる。
“支配”ではなく、“信頼”によって結ばれた仲間たちと共に。
俺は、この世界を駆け上がってみせる。
◆
「……ふぅ」
契約の儀式を終えたカリヤが、ほんの少し恥じらいを帯びた顔で立ち上がる。
その首筋には、淡く光る“契約の紋”が、名残のように残っていた。
「本当に……ありがとうございます、オージ様。これで、わたし……もっと、あなたのお役に立てます」
カリヤの声は清らかだった。
主従というより――何か、もっと深くて、静かな信頼に満ちていた。
「……こちらこそ。お前の気持ち、ちゃんと受け取ったよ」
俺がそう言うと、カリヤはほんの少しだけ、嬉しそうに微笑んだ。
◆ ◆ ◆
その後、食堂に戻ると、すでに他の仲間たちが集まっていた。
「おっかえり〜! って、ん? カリヤ、その首の光ってるやつ……もしかして――」
いち早く気づいたのはヴァルナだった。
彼女の目が、ぎらりと光る。
「うっそ……契約したの!? マジで!? 抜け駆けじゃんかー!!」
「ぬ、抜け駆け……いえっ、これはっ……っ!」
珍しく慌てるカリヤ。
その姿にリリアが口元に手を添えて、ぽつりと呟いた。
「……オージ様と、カリヤさんが……結ばれた……」
「ちょっと待て、なんか言い方が誤解を生むぞ!? 別に変な意味じゃないからな!」
「ふ、ふぇっ!? そ、そういう意味じゃないんですか!?」
「ちが……う、いや、近いけどちが……ってなんだこの流れ!?」
わたわたと混乱しているうちに、ティグがぽつりとつぶやいた。
「……オージ様って、すごいな。こんなに皆に慕われて……誰からも信頼されて……しかも強くて、優しくて、頼りになって……ぼ、ぼくも惚れそうです……」
「……ちょっと待てティグ、それは方向性がちが――」
「ティグ、お前は黙っとけ」
ゼフの低い声が入り、場がシュールに締まる。
◆ ◆ ◆
その夜、俺は一人、部屋でステータスウィンドウを眺めていた。
【奴隷商人:職業レベル6】
【使役共鳴】
【絆深層】
仲間が増えるたびに、俺は強くなる。
そして、俺が仲間を信じるほど――彼らもまた、強くなっていく。
それはまるで、“運命”を一緒に背負うような感覚だ。
「……面白くなってきたな」
気づけば、口元に笑みが浮かんでいた。
まだ見ぬ才能。まだ出会っていない“逸材”。
俺の鑑定眼は、それを見つけ出すためにある。
――そして、この世界の頂点へと至るために。
俺と、俺の奴隷たちの冒険は、まだ始まったばかりだ。